第26話 翔の目覚め

 アボ達が病院に駆けつけると、検査が丁度終わった所で、ドクター達が治療を始めようとしている。

「翔は大丈夫なの」

 真奈は香奈に聞いた。

「頭の怪我だから、出血が多かったけど、怪我自体は大した事は無いって。今、石で切った所を縫っているの。脳震盪で気を失っているけど、検査では脳に損傷はないし、頭蓋骨も大丈夫だって。だから念のため今日は入院してもらうけど、目が覚めたら退院しても良いっていう事よ」

「まあ良かったわねえ。大した事無くて」

「ええ。アボさんそういう話だから、心配しないで下さい。翔はじきに目を覚ますらしいです」

 香奈はアボに言った。

「良かった。翔が目を覚ますまで、此処にいようと思います。翔に謝ったら、アマズンに戻るつもりです。怪我をさせて申し訳ない。」

「アボ、帰っちゃうの、行かないでよ」

 由佳はアボを、引き留めた。千佳はさっきアボに必死で頼んだのに、その甲斐も無いアボの話しぶりにがっかりして、黙っていた。

 真奈は、

「まあ、二人とも。もうアボさんに懐いてしまったみたいね」

 と言って香奈を見つめた。香奈はどうするのだろうと、物問いたげな所である。

「翔がなんて言うかしら」

「どう言うか知らないけど、翔の意見は気にする事ないでしょう」

 すると、舞羅は、

「ママったら、あたしとシンの事は反対したくせに」

 と文句を言い出した。真奈は、

「その事は、前に訳は話したはずでしょう。思い出してね。さあ、翔は大丈夫らしいから、舞羅、もう帰りましょう」

 帰りながら、小声で、

「忘れたんだったら、車の中でもう一度言うから。アボは他の龍神とは違うの」

 等と言っていた。

 苦笑するアボ。どう違うのか、香奈も真奈の車に乗ってみたくなった。


 真奈達が帰った後、香奈は子供たちの元気がないことに気付いた。翔が怪我した所為だけではない気がする。アボに由佳が言っていた事が気になるが、アボに聞いてみる勇気は無い。

 一人と一龍は、黙って翔の側に付き添っていた。

 夜になったが、翔は目を覚まさない。

 千佳と由佳は翔のベッドの足元に寝かせた。香奈は、怪我人と一緒にするのは良くないとは思った。しかし、他に寝かすところは無いので、頭から遠ざけておいた。これで良いことにする。すると、アボが、

「ドクターが、大丈夫と言っているから、そうだろうと思うよ。皆疲れているようだから、一度家に帰ってはどうかな。翔は私がちゃんと見ているから」

「じゃあ、そうさせてもらおうかしら。同じベッドには寝かせちゃ駄目よね」

 香奈は子供たちをお風呂に入れて寝かせたくなり、翔の事はアボに任せて、家に帰ることにした。

 一夜明けて、香奈たちは病院に見舞いに来た。

 だが、朝になっても翔は目を覚ましてはいなかった。ドクター達も不思議がった。そこで、詳しく検査をする事となった。香奈の一家と、アボは心配で翔の検査を見守って、色々な検査室を付いて回った。

 検査が終わると、ドクターは香奈たちに、

「この検査の結果で言うと、眠っていると言う検査結果しか、出て来ないですね。特にこの脳波で言えることは、睡眠状態です」

「はあ」

 思わず呆れる、香奈たちとアボである。

 そして翔は、夕方になってもまだ、目を覚まさない。香奈は疲労感が増してきた。

 アボは翔が眠っているだけなら、霊魂になって何かしているのだろうと察していた。黄泉に迄、自分が飛ばしたとは、思ってはいなかったが。

「眠っていると言う事は、霊魂で、何か用事をこなしているのだろう。香奈さんは、帰って家で休んだ方が良いよ。この寝顔なら心配はいらないよ」

「甘えてばかりで、ごめんなさい」

 香奈はすやすやと寝ている翔を見て、アボの言うとおりにすることにした。

 ひとり残ったアボは、翔がこうもすやすや眠って無防備だと、魔物が狙ってきそうな予感がしていた。そしてその予感は現実のものとなった。

 夜中になり、魔物がはるか地獄の奥底からこの世に這い出て来るのが判ったアボは、身構えた。そしてそれは、覚えのある気配だった。忘れもしない、アボが若いころ戦って、始末したつもりになっていたが、仕返しにアマズン川に地獄の毒を流され、ひどい目にあわされた奴だと分かった。

『おのれ、またやって来るつもりなのか』

 アボは御神刀さえあれば、始末できると思った。翔の家にある。アボのいつもの技で手元に持って来たかったが、ひょっとするとその途中で、奴に奪われるかもしれないと思えた。

 窮地である。

 ところがその時、見知らぬご婦人が霊魂で現れた。手には御神刀がある。

『さあ、これであなたの今までの借りをお返しなさいな』

『ありがとう、あなたはどなたなのですか』

『私も、あいつには沢山の恨み、つらみのある者です。夫や二人の息子を、殺されてしまいました。私は翔の叔母、広永伊織です。この御神刀の行方が分からぬまま、広永一族は代々、地獄の輩と戦っていました。何とか始末が出来ていたのですが、私どもの一家の代で、とうとう魔王と思しき者がこの世に上がって来て、皆殺されてしまいました。多分、あいつが本当の魔王ではないでしょうか。なかなか姿を現すことは無いようですが、翔か眠っているので、この間に始末しようとでも思ったのでしょう』

 伊織がそこまで話し終わった所で、なんと、魔王の大きな手の爪が、伊織を突き刺した。アボは驚いて、その突き刺した爪の指を切り落とした。御神刀の威力は素晴らしいと言えるが、攻撃を未然に防がなくては意味がない。気の毒な伊織は、魔力のある爪の為、命を落とすこととなった。


 この悲劇より少し時をさかのぼった黄泉では・・・

 しばらく強と対戦していた翔は、何とかピンポンを五分五分に鳴らす迄に、こぎつけた。すると、極二が、

『もう、五分五分か。それじゃあ俺様が相手だ』

 強は、翔がせっかくの勝てる相手なので嫌がった。

『ちょっと油断したんだ。もう少し対戦したいな』

 しかし光一は強の希望を却下した。

『いや、翔は修行に来ているのだ。お前の遊び相手じゃあない。今度は極二が相手だ』

 すると究一が、

『おや、父さん。順番なら俺だろう。この前皆で、順列は俺が極二の次だと決めただろ』

『それは二人が対戦した場合だ。初めての対戦だとお前の方がランクは上だ』

 広永一家の気になる会話に翔は質問した。

『どういう会話しているの。どっちが相手さ。訳がわからん』

 光一が解説した。

『兄弟で対戦したら、昔からの習慣で、究一が極二に負けるのだよ。小さいころからの習慣でね。母親が究一に、負けてやれと言い聞かせておってな。今じゃあ互角だが。兎に角、翔の相手は極二からだ。翔は下手だが、実戦を沢山経験しているから隙が無いからな。そう言う事さ』

『それって、俺、褒められているのかな』

 翔が自惚れそうになると、光一に

『いや、褒めてないから』

 と言われてしまった。

 ちぇっと腐った所で、翔は嫌な気分になった。腐ったからではない。こういう気分の時はろくなことが無かった。嫌な予感と言うやつである。

 この世の方を見てみようか、見えるかなと下を探り見ていると。皆も、

『どうした、どうした』

 と一緒に下を覗いた。

 お花畑の間から下界が見え、丁度、シンが真下を通り翔の方を見て、目と目が合った。

『シンが通ったぞ。何かあったな』

 翔は皆の事が心配になった。

 強が叫んだ。

『あ、伊織さんがやられた。魔王だ』

 母親が殺され究極兄弟は、剣術どころでは無くなったし、翔も、

『まずいことになった。俺、戻るよ』

 と言うと、光一さんが、

『待ちなさい。修行が終わっていないだろう。戻ったら、もうこっちへ来られはしないぞ。アボはもう、お前を吹っ飛ばすことは無い』

『でも、御神刀は俺が居ないと盾にならないんだよ』

『少しの間、シン達には踏ん張ってもらわねばな』

 光一さんは翔をじっと見て、

『では、紅軍団の奥義だけは伝授しておこう。そんなに戻りたいならな。教えておけばお前は出来るようになりそうだ。はっきり言って、お前には技を見切る才能が有るようだな。これはお世辞ではない』

『褒めているの』

『事実を言った』

 そう言った後、光一さんは目にも留まらぬ速さで翔を切って見せた。シンよりも数段速いと見た。

『これが究極の紅軍団の奥義。名を≪龍神の煌めき≫という。およそ光の速さに似せた、人間の能力の究極の速さ。この速さで、敵を切る。今までこれを避ける存在は居らぬ。だが生憎、魔物はあの御神刀で急所をやらねば死なぬ。お前にそれが出来るかな』

『なるほど、練習するよ。ありがとう。俺、行かなきゃ。皆が待っているから。今度会う時は俺が死んだ時だね。7、80年後だよ。シンがそう言っていたから』

 翔は、焦って帰らねばと思ったが、どうやって帰るか分からなくなった。それで、佇んでいると、強が後ろから翔の背中を蹴って、

『あばよ、翔』

 と言った。


 わっと思いながら、気が付くと病院の真上だった。そこではシンとアボが、魔王を相手に睨み合っている所だった。

『動けないんだな。今度の奴は手強くて、多分やられちまいそうなんだ』

 そう思った翔は、シンに今習ったばかりの≪龍神の煌めき≫の技を知らせたかった。シンは烈の御神刀を持って来ていた。アボの手には翔の御神刀がある。そして、翔の手にはさっきまでのイメージの刀がまだあった。

 俺にあの技が出来るかな。しかしやるしかない。やって見せればシンは翔よりもっと察し良く、奥義が判るのではないかと思えた。 

 翔は光一のあの技の様子を思い浮かべ、思いっきりの速さでシンを切った。

『えーい』

 皆が必死で向き合っている事態に、あまりの行動である。

 一瞬の出来事であったが、魔王を含めて、皆呆れて翔を見た。しかし直ぐにシンは魔王に切りかかった。魔王は気が散っていると思ったのだろうが、以前より速さが増しているのが、翔にははっきりと分かった。魔王は深手を負った。

 だが翔としては、光一はもっと速かったと感じた。アボを見た。まだ呆れて翔を見ている。で、又、

『えーい』

 とばかりにアボを切った。前よりもっと早くなった。アボはやられたような素振りである。

『これ、イメージの刀なんだけど』

 アボの脳は、翔の程度と同等と知れる事となる。はっとしたアボは、深手を負った魔王の急所を刺し、見事復讐を遂げた。

 状況を長々と解説したが、すべてはあっという間の事である。

『とうとう片付けたな。アボ』

 そう言って、翔は解説した。イメージの刀を掲げ、

『これは、紅軍団究極の奥義。名を≪龍神の煌めき≫と言い、およそ光の速さに似せ、人間の能力の究極まで使った技だよ。光一さんから伝授された。で、君らにもこの技を見せたんだ。お蔭で魔王を倒せたな。この刀はイメージです。たぶん、実態に戻れば消えると思う。アボはアホだからやられたと思ったらしいが』

 それを聞いたアボは、

『もう一度、黄泉に行きたいのか』

 と言ったが、光一からアボはもうぶっ飛ばしはしないと聞いていたので、怖いものなしの翔となった。

 騒いでいる間に、伊織さんは消えて行った。 

 気の毒ではあるが、黄泉で一家に会っているのかもしれない。

 シンは、

『我はもう帰るぞ。成敗は終ったしのう』

 と、しらけムードである。

『あれ、俺の習得した技、シンは褒めてくれないの』

『主とは、しばらく会いとうない』

 シンはそう言って帰ってしまった。アボは、

『俺も帰りたいが、香奈さん達に挨拶してからにする。犠牲者が出たから、シンは気落ちしているな。あの人はお前の叔母さんだろ』

 そう言われて、翔は、

『倒れていたのに、よく見ていなかったけど、そうだと思う。強が言っていたし。アボ、軽くで良いから、ぶっ飛ばされたい気分なんだけどな』

『もう二度とはしないつもりだ』

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