第25話 新しいパパ

 翔は、予想通りお花畑迄飛んだ。辺りを見回すと、強が笑いながらやって来た。知らないお兄さんたち三人も一緒に来ていた。

『また来たんだね。翔。俺たち思いついたんだが、ここで俺らとしばらく剣術の修行をしようじゃないか。お前が悩んでいるのは知っていたから、また来たのは良かったよ』

『そうだな。で、そちらはどなたさんですか』

『あれ、知らなかったかな。会った事ないの。本家の広永さん一家だよ。御神刀が無かったから、皆、奴らに負けてしまったんだ。みんな同じくらいの年齢に見えるけど、この人は光一さんと言って俺の一番年上の従兄だ。死んだら皆二、三十歳代に見えるようになるんだ。そしてこの二人が、光一さんの息子達で、究一と、極二だ。合わせて究極。強烈と似たような発想の名だな』

 三人ともニコニコしながら翔を見ている。

『どうも、よろしくお願いします』

 何となく翔は挨拶した。ふわふわした気分だが、翔も修行出来るものならしてみたいと思った。このふわふわ感の中でやって、効果があるのか分からないが。

 急に強は言い出した。

『じゃあ始めようかな。レベル1って事で、俺からだ』

 気が付くと、皆刀を持っている。翔もだ。何処から出て来たのだろう。強は、

『この刀はイメージだからな。本物そっくりだが切っても切れない』

 強はニコニコしながら、いきなりかかって来た。あっという間に翔は切られた。何処からかピンポンと音が聞こえた。

『もうやられたのか。もうちょっと粘れよ』

 強がバカにするので、翔は悔しくなり、何とかふわふわ感を払おうと、頭を振った。極二が、

『ここに来たばかりで、まだ慣れていないんだ。ハンデをやらなきゃ不公平だな』

 ありがたいお言葉だ。しかしハンデとは何をくれるのか、

『じゃあ、5回でピンポンな』

 ピンポンはどういう意味だろう。直ぐ教えてくれた。

『ピンポンの回数が、しっぺの回数だ』

 翔は、ひょっとしたら今まで、四人でこういう剣術ごっこで、遊んでいたのではないかと思った。

 当分、翔だけがしっぺされてしまいそうである。道理で強の機嫌が良いはずだ。レベル1と言っていたから、今まで彼ばかりしっぺされていたのだろう


 一方この世では、翔が予想以上のダメージでのびてしまい、驚愕のアボ。翔を病院に運ぶ必要がありそうだ。霊魂のままでは、自分の姿を人間に見てもらえないと言う事で、慌ててアマズンの自分の実体の所へ戻った。そして慌てて、実態になり空を翔けて戻った。

 他の龍神とは違い、毒で不自由な体になっているので、速くは飛べない。今更ながらわが身を呪うアボである。

 それでも必死で急いで戻り、翔の状態を、もう一度見た。

 生憎、公園の樹々の中に倒れているので、誰にも発見されていなかった。しばらく放って置いた間に頭から血を流していた。

 アボは又ギョッとしてよく見ると、倒れた所が丁度並べられた石の上だった。自然の石を公園に持って来て、歩道の淵に並べてある。

 実の所、アボは翔を気に入っており、心配になり涙ぐみながら、丁度通りかかった年配のご婦人に、

「スミマセンガ、ケガニンガイマス。キュウキュウシャ、ヨンデクダサイ」

 と、お願いした。

 外国人に話しかけられ、驚いた近所のおばさんは、怪我人をのぞき込むと、

「まあ。香奈さんの弟さんじゃあないのっ」

 香奈の知人だったようだ。ほっとするアボ、

 彼女は、急いで救急車を呼ぶと、香奈の家の電話番号も知っていて、

「もしもし、香奈さん?裏の横川だけど、翔君が公園で大怪我して気を失っているの。今、救急車呼んだから、すぐ来て。あんたたちがさっきまで居た公園よ」

 そして、小声で、

「外国人のハンサムさんに頼まれたんだけど、きっと喧嘩ね。彼も泣きそうになっているから、はずみでしょうね。頭を怪我しているのよ。あ、切れちゃった」

 振り返った横川さん、愛想笑いをしながら、

「香奈さんにも連絡しましたから、この方のお姉さんよ。知っているかもしれないけど」

 と言って、アボの様子を窺う。察しの良い横川さんである。そして近所でも有名な情報通でもある。

 彼女にとっておきの情報を与えてしまった事を、アボは察した。とは言え、この際、香奈にも直ぐ知らせてもらい、有難いともいえる。

 家から香奈が走って来た。後ろから千佳と由佳も後を追ってきている。

「翔ッ。何があったのアボ」

「スマナイ。アボガワルイ。カナ、ユルシテクレ」

 涙ぐむ、アボ。

 横で横川さんが、興味津々で見ているが、仕方がない。

「カケルニ、ヒナンサレテ、ヒドイコトシタ」

 横川さんが、したり顔で、

「まだ、初七日も済んでないしねえ」

 としみじみと言う。でも、思いついたように、

「でも、御主人はもう亡くなったんだから、不倫じゃあないし、今時、喪に服すなんて、時代遅れかも知れないわね。相性の良い相手が何時現れるかは分からないから、良い人だと思ったら、付き合った方が良いわ。千佳ちゃん達には、父親が必要だと思うわ。ママだけで育てるのは今時、流行らないわね」

 滔々と意見を述べる横川さん。救急車の到着で、一先ず黙った。怪我人の処置の必要があるので、救急車には一人しか乗れないと言われ、

「真奈に連絡しておくから、皆は真奈の車で来てちょうだい。横川さんお世話になりました。貴重なご意見。ありがとうございます」

「いえいえ、おせっかいでしたかも」

 如才ない常識人の香奈は、そう言って救急車に一人乗って行った。

 香奈にあのように言われたのも、体裁が悪かったのか、横川さんはそそくさと立ち去った。

 あとに残された、子供たちとアボ。千佳は、

「おじちゃん、千佳達の新しいパパになるの?」

 横川さんの話をしっかり聞いていたようだ。

「どうかな。翔を怪我させたから、ママに嫌われたかもしれない」

「おじちゃん、さっきのしゃべり方とちがうねえ」

 三歳児の由佳に指摘される。

「さっきは普通の外国人のしゃべり方をしたんだ。あまりうまく話すのは、外国人にしては変だからね」

 千佳も不思議がり、

「ほんと、変ねえ。どうしてそんなにうまく話せるの?」

「おじちゃんには、話す才能が有るのだろうね」

「どうして才能が有るの?」

 由佳がまた聞く。三歳児の質問攻めが始まった。

「生まれつきだね」

「お勉強したからじゃないの?」

 千佳は念のために訊ねると、

「お勉強もした」

 千佳は話題にふさわしくない、お勉強の話はすぐ終えた。しかし、

「翔叔父ちゃんと喧嘩したの?」

 と、由佳が、嫌な話題に移る。

「した」

「どうしてしたの?」

「さあ、翔おじちゃんに聞いてみてね」

「翔おじちゃん病院に行ったの。ここには居ないの」

 由佳に又、指摘された。

「おじちゃんは良く判らないね」

「さっき、ママに言っていたよ」

 由佳の追及は続く。

「じゃあそれ、思い出してね。おじちゃんは忘れた」

「翔おじちゃんが非難したのよ」

 千佳は憶えていて、由香に教えた。さらに由佳は質問した。

「非難て何?」

「おじちゃんは外国人だから良く判らないな」

「おじちゃんがさっき言ったのよ」

 千佳も追及に加わって指摘した。アボが黙っていると、

「パパが死んで直ぐだからよ」

 千佳が教えた。由佳は納得がいかないようで、

「どうして、直ぐだからなの?」

 アボが黙っていると、千佳が答えた。

「翔おじちゃん、パパが死んで悲しいからじゃないの」

 由佳は、

「ママはこのおじちゃんが来て、悲しくなくなったみたいだったね。千佳ちゃん」

 不思議な事を言い出した。

「うん、にっこりしたね」

 千佳も答えた。アボは、

「さっき、ベンチに居た時の事かな」

 と、訊いてみた。

「うん、その前はママ悲しそうだったけど、おじちゃんが来たら機嫌が直ったね。あ、そう言えば、おじちゃん何処から来たのかなって思ったんだった。千佳、ママの方を見たら、おじちゃんが居たんだった。ねえ、公園の入口は千佳達のいた方だよ」

 千佳の追及は鋭い。それにしても、この子達は霊魂のアボが見えていたのだ。

「木が沢山ある奥の方に、前から居たんだよ」

「ふうん。ママ、おじちゃんのお膝で眠っていたね。お布団じゃあなかったから、寒そうだったね。ママを起こしていたら、おじちゃんは向うに行っちゃったね。そしてママが寒いと言って、千佳達は家に帰ったよ」

「そうだったね」

「千佳達と一緒に、お家に来たら良かったのに。喧嘩とかしないで」

「そうだね。行けば良かったね。ごめんね。翔おじちゃんに怪我させて」

「病院に行ったから、きっと治るよ」

「治ると良いね」

 アボがそう言うと、千佳はアボに抱きつき、

「おじちゃんは、何処にも行かないでね。きっと翔おじちゃんも怪我が治るし、きっとママも許してくれるよ。千佳達、ママの機嫌が良くないと、困るの。パパが死んで、千佳達、困っているの。居てくれる?」

「ママが良いって言ったらね」

 話ながら公園から出て、公園の側の歩道を歩いていると、そこへ、真奈の車が来た。ドアを開けると、

「あなたがアボさん?翔から噂は聞いているわ。さあ皆乗って」

 助手席には舞羅も乗っていた。舞羅は振り返ると、アボを見て、

「あなたが、香奈叔母さんの好みのタイプの龍神様なのねえ。翔叔父さんは時々アホな事言うけど、悪気はないのよ。アホなだけで。シンもそう言っているわ。相手にしたらダメだって、シンが伝えておいてくれって言っていたわね。ママ」

「そうねえ、頭怪我して、なおさら頭が悪くなったら、困るんだけど」

「ママ、マイナス思考は駄目よ。頭打ったショックで良くなると思わなきゃ」

 アボも、翔の頭が良くなることを願った。

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