第24話 未亡人の禁断の恋

 香奈は精魂尽き果てていた。しかし、今日はまだまだ終わらない。翔が来ると言うので、今からタクシーを手配するより早いと思って、待っていた。桂木の姉妹は、結婚して実家を出ても近所に暮らしていた。翔は実家から、急げば10分ほどで来るはずである。

 ぼんやり待っていると、翔の到着した車の音がした。

「皆、行くわよ」

「何処に」

 由佳は眠そうに聞いたが、寝かすわけにはいかない。ぐずぐずしていると、翔が家の中に入って来た。

「香奈ねーちゃん。ゴメン。俺ら神主の入っている分を始末した後、今度は、ちびのとこ行こうとしてたら、誰かがもう始末しているみたいだから、俺帰る途中だったんだ。シンも終わったと思っていたらしくて、黄泉に帰る途中で上空へ翔けていて、だから、祐市さんとこ間に合わなかった」

「あたし、あの宮司さんのマジなお祓いで、一時結界張れなくなっていたのよ。仕方ないよ。それに、祐市は自分のとこは結界要らないって言っていたし」

「でもゴメン。シンも気の毒がっていたけど、あいつ気に病みやすいから、もう帰ってもらった」

「そうらしいわね。あの龍神さんには、十分良くしてもらっているし。仕方ないって。祐市は、自分迄狙われるとは思っていなかったから」

 桂木家一の常識人とよく言われている香奈は、冷静だった。

 そんな話をしながら出発し、救急病院に着いた頃には由佳は眠ってしまい、翔が抱いて、千佳と香奈は手をつなぎ、集中治療室前に着いた。後ろから、両親や真奈達がやって来ていた。ガラス越しに様子を見ると、スタッフの方が祐市から医療器械類を除けていた。間に合わなかったのだ。もう手遅れだったのだろう。年配のドクターが、気の毒そうに、香奈たちの所に来た。

「手を尽くしましたが、ここに到着したころはすでに、手遅れに近い状態でした。5分ほど前に出血性ショックで亡くなられました。後、もう少し処置に時間が掛かりますので、そちらの部屋でお待ちください」

 指示された部屋に皆で入って待った。香奈は美奈に抱き寄せられ、少し涙ぐんだ。その部屋には、テレビが点いていて、丁度香奈たちが、皆で逃げている所が映っていた。美奈は、

「まあ、香奈ちゃん。あなた保育園児をみんな連れて逃げたのねえ。凄いわ、良くやり遂げたこと。それを全国放送で見せてくれて、私達、親として別にどうこう育てたわけじゃないけど、誇らしいわ」

 すると、真奈は、

「でも、これは目立ち過ぎよ。香奈、気を付けないと目を付けられたかもしれない」

 と指摘した。

「結界張っていた時点で、目を付けられているさ」

 翔が言うと、英輔と美奈は、

「どういう事?」

 と聞いた、そこで呑気な親達に翔は説明した。

「香奈は結界を張れるんだよ。自分達に害をなす物を跳ね返す。それを知らなかった神主が祓っている途中で、魔物に取りつかれたんだ。結界で香奈たち一家に寄り付かれないのが、地獄の奴らにはしゃくの種だったんだ。それを神主の分かって無い奴が祓うもんだから、一挙に襲って来たんだ。魔物たちがね。前から香奈は、向こう側では目立っていたんだ。真奈姉ちゃん」

「でも、今日は人間にも目立ったでしょ、あたしが言ったのはそう言う事」

「人間はどうって事ない。今日の通り魔は、地獄の奴に取りつかれた人間だ。操られて祐市さんを刺したんだよ」

「じゃあ、犯罪者は皆、地獄の奴に操られて悪い事をしているって事?」

「自分でやっている奴もいるよ。でも祐市さんは、操られた人間にやられている。魔物に狙われて、やられたんだ」

「じゃあ、あたしと結婚した所為で、早死にしたんだ」

「香奈の所為じゃあない、地獄の奴らの所為」

 翔が打ち消すと、美奈も、

「兎に角、香奈の所為じゃあないんだから、責任とかないのよ、挫けたら負けよ。あなたにダメージを与えたかったのよ、きっと。あなたは強いわ。負けて奴らの思う壺になったらだめよ」

 何時になく、すごく真面な台詞を吐く母親である。


 悲しみの中、葬儀は終わり、職場は一週間の忌引きとなっている香奈は、子供達と一緒にぼんやり過ごしていた。色々手続きが必要だが、パートだし、もっと休もうと思えば休める。

 何もする気になれなかった。千佳と由佳は、退屈らしく天気が良いから、公園に行きたがる。たまには外に出さなくてはと、仕方なく公園に付き合う事にした香奈である。

 遊んでいる二人を見ながら、香奈はベンチにぼんやりと座っていた。気配を感じて横を見ると、いつの間にかあの時の外国人が座っていた。確か、翔がアマズンの龍神と言っていた。

 名はアボで、シンがふざけて、翔にアホと教えたそうだった。思い出して、くすっと笑ってしまった。

「アナタ、ワラッタホウガ、カワイイヨ」

 と言われた。

「うふ。もう、可愛いだなんて言われる年じゃあないけど。嘘は止めてね」

 と答えると、

「ウソデハナイ」

 と言う。黒い瞳を見つめると、何故かうっとりしてしまった。はっきり言って、若いころから、香奈はこういうエキゾチックな顔立ちが好みだった。彼は香奈にキスした。気が遠くなったような気がした。

 やはり気が遠くなって、香奈は眠った。眠ると、アボに乗って空を翔ける夢を見た。龍神に有りがちな誘惑と言えるだろう。楽しく空を飛んでいると、子供たちに、

「ママ、ママ、いつまで寝ているの」

 と、起こされてしまった。空のデートはお終いである。うたた寝から覚めると、少し肌寒い。

「あら、寝ちゃってた。少し寒くなったわね」

 アボも、いつの間にか居なくなっている。三人で急いで家に帰った。


 一方、翔は先日の祐市のピンチに間に合わなかった件の後、香奈には責められず、そうなるとすっかり参ってしまっていた。

 刑事は止めてしまった為事件が起こらないと、手持無沙汰である。しかし事件が起こってみると、手に余る事態になる。

「実力も無いのに、強力な武器だけ持っているっていうのは、何だか情けないな。熊蔵爺さんは、もう教えることが無いと言っていたけど、困ったもんだな。この前みたいにタイミングが悪い事も又あるかもしれない。俺だけの場合だって有りえるし、対処できなきゃまた犠牲者が出るかもしれない」

 悩んでみても知恵は浮かばない。だいたい知恵事態、さほど無いと自覚している翔は、せめて体力ぐらい付けておかねばと、外に出るとランニングでもすることにした。香奈の葬式での様子から、どうしているか気になっていたので、香奈の家まで走って行ってみることにした。

 香奈の家近くを走っていると、千佳や由佳の声がした。どうやら公園の方角だ。きっと香奈も居るだろう。

 声のする方に走って行くと、皆居るには居たが、何とアボまで居た。そして香奈はベンチでアボを枕に眠っている。そんな香奈を、千佳と由佳が揺り起こしていた。アボはへらへら笑っている。どういう事?

 こういう事には鈍感な翔であったが、どう見ても、香奈とアボは付き合いだしたのではないか、と感じられた。祐市の葬儀からまだ六日しか経っていない。桂木家一の常識人、香奈には有るまじき事態と思えた。それとも、翔の思い違いなのか?

 翔は立ち止まって、もう一度しっかり様子を見た。偏見無しで、事実だけを目に映す。刑事になってから、状況を把握するために彼自身で会得した技である。

 その時、アボがこっちを見て、口パクで言った。

『あほう、お前の察した通りさ』

 翔は頭に血が上った。

「お前が誘惑したんだろう。香奈をなんかの術にかけて。祐市が死んでまだ六日だぞ」

『ナニオッ、オレガソンナヒキョウナヤツニミエルカ』

 アボも憤りを露わにした。翔の言った事に、本気で怒っているように見える。しかし葬儀の時の香奈の様子では、もう相思相愛になるとは、とても思えなかった。

 アボが怒ってこっちに来た。翔は身の危険を感じた。しかし、彼らが対等に付き合っているとは、どうしても思えなかった。なので、

「今回は見える」

 と答えた。〈今回は〉を追加したのは翔の苦肉の策である。

 アボのパンチが出た。翔はノックダウンでひっくり返ったが、霊魂の方は吹っ飛んだ。何処までも、何処までも、である。

 飛ばされながら翔は、

「また、強の所まで行きそうだな。まさか川は越えないよね」

 少し心配になった。


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