第23話 香奈 頑張る

 此処は翔のもう一人の姉、真鍋香奈と祐市の家。彼らは翔たちの一連の出来事については真奈から、逐一報告され承知していた。そして、ゾンビ明の行状については翔達よりもテレビに釘付けで十分把握していたし、警察から再三問い合わせが来ていた。何せ、当事者達は全員留守だったのだから。

 香奈は桂木家唯一の超能力者と言えた。知っているのは真奈と翔と、夫の祐市だけだ。一連の出来事ですっかり怯えた香奈は、真鍋一家に結界を張っていた。子供たちを保育園に入れて、香奈は駅前デパートのリビング用品売り場にパートで通っていたが、家を離れていても職場に結界を張ることが出来たし、子供たちにも。そして、祐市の機械部品を造る会社にも気づかないうちに張っていたらしい。

 今日、祐市は、

「香奈よう、俺の職場にまで結界張っていないか」

「まさか、あたしはそれほどの者じゃあないわよ」

「そうかな、今日俺の会社で、同業者が集まって、会議があるはずだったんだが、他の会社の人たちが皆、会議しに俺らの会社に入って来れないんだよな。車で来ようとした人は追突に遭うし、列車は急に予約した車両が不具合で運休して、来られないと言うし。飛行機で来る人は、飛行場に行く道が通行止めになって、間に合わなくなったからと欠席の連絡があった。直ぐ近くの会社の人は、腸捻転で緊急入院した。もう一社、近くに在るんだが、現場でボヤが出て、会議どころじゃアない騒ぎになっている。結局どこの会社も来ないんだよな。全部競争相手だからな。お前ちょっと結界が強すぎるんじゃあないかな」

「あたしのせいじゃあないわよ。偶然よきっと」

「嘘つけ、俺は判っているんだからな。結界は子供たちだけにしておけよ」

「でも、そういう区別出来ないみたいなんだけど。あたしは只、皆が家から出ても、外でも大丈夫ならいいなと思っただけよ」

「そんなに大雑把なのか」

 がっくりして祐市は、頭を抱えた。

「だって、子供たちが心配でしょ。あなただけじゃないのよ、あたしのとこも、困っているんだから、お客さんが苦情を言って返品に来ようとしても、中に入れないって電話がよく来るのよ。デパートの北口の近くで転んで、救急車に乗る事態になるんだって、その場所は呪いの入口って噂になって来たのよ。近いうちにお祓いするそうなの」

「へえ、お前祓われちまうのか、どうなるかな」

「きっと、名だけの神主さんだとは思うけど」

 そんな会話の数日後の事である。桂木一家、南国の島から帰還の十日後でもあった。その日、香奈の勤めるデパートの北口をお祓いすることになり、近隣の神社の宮司さんが呼ばれて、お祓いする事態となった。午前9時からと言う話だった。デパートの開店は10時なので、それまでに終わるための開始時間である。香奈はどうせ今時の宮司さんなんて、お祓いと言っても形だけだろうと思っていた。従業員で開店時間からの勤務の人は一応9時前に集まって、お祓いに立ち会う事になっていて、香奈も同じ売り場の人たちと一緒に、北口に集まっていた。宮司さんがおいでになり、いよいよお祓いの開始である。香奈はその宮司さんを見て、何だか見覚えがある気がしていた。

 若い宮司さんなので、会った事などある筈ないと思うけどと、香奈はしげしげと見つめていた。その内に何だか、紅琉川の神社で、香奈が子供の頃に見かけていた宮司さんに似ているのだと分かった。

『あの、宮司さんの息子さんかしら、それにしては若すぎるし、お孫さんかしら。だとしたら本物のお祓いかもしれないわね』

 そう思うと、少し不安になった。祐市から、お前祓われるのかと言われたこと思い出し、『あたし、祓われたらどうなるのかな』

 と思っていた。

 聞いたことも無い祝詞を上げている。はっきり言って、ありきたりではないお祓いのようだ。そのうちに若い宮司さんの様子が変になった。目をかっと見開き、大声で何か有難そうな祝詞を上げているが、はっきり言って何だか、以前外国映画で見た悪魔祓いっぽい雰囲気になって来た。

 感じ易い若い店員さんらは、怖がって後ずさり始めた。香奈も、何だか逃げた方が良いのではと思った。小声で側の同僚に、

「ちょっと、あの宮司さんでは無理だったんじゃあないかしら。逃げた方が良いんじゃないかしら」

 と言ってみた。

「私もそう思うけど、店長たちが見ているし」

 同僚も同感のようだ。香奈は、

「あたし達、パートなんだから。このデパートと心中する義理は無いでしょ」

 と言うと、同僚は、

「じゃあ逃げるわよ、せーの」

 と言い出したので、二人で一緒に翻ってダッシュで駆け出した。すると、似たような事を感じて居だのだろう、関を切ったように、若い女の子たちは香奈達を真似て、一斉に逃げ出した。ギリギリのタイミングだったようだ。後ろでは、店長たちの悲鳴が聞こえる。

 気になって振り返ろうとした香奈に、同僚は、

『様子を見る余裕なんかあるもんですか。真鍋さん』

 と引っ張られて、逃げる途中にあるロッカールームに行った。大騒ぎである。こんな時も主婦は貴重品を取りに行くのだった。若い子はさっさと南口から逃げている。年配のおばさんたちは、逃げ遅れたかと思いながら、南口へ行くがカーブで北口を見ると、宮司さんが店長たちを倒して、こっちを襲おうとやって来ていた。どうやら香奈の結界が破られて、地獄の者が宮司さんに乗り移って、香奈を襲いに来たようだ。香奈は結界が作れなくなった。

「あの宮司さん、本物だっただけに、始末が悪いわね」

 香奈は皆に紛れて逃げながら、自分の事はともかく、子供たちや祐市はどうしているかと思い、ぞっとした。ここの結界だけなら良いのだが。

 パトカーのサイレンが聞こえたので、気の利いた人が連絡したらしいと分かった。


 一方香奈の子供たちのいる保育園は、どうなっているのだろう。真鍋千佳ちゃん5歳と由佳ちゃん3歳は、ママのいるデパート近くの駅ビル5階、保育園メダカに居る。1,2,3階は駅で、地下と4階はショッピングセンター、5階が保育園となっていた。

 保育士さん達はデパートの方角が、騒がしい事に気が付いていた。

「デパートで何か事件が有ったみたいね。店員さんも逃げているわ。ここに預けてあそこに働きに行っている人、多いですよね。お迎え大丈夫でしょうかね」

 窓からデパートを見て話していたが、直ぐ他人事ではなくなる事態が来る。駅ビルからも人々が逃げ出しているのが判った。丁度真下が駅の改札口だったが、いつもの人の動きとは、全然違った。駅から出ると、人々は走って逃げている。逃げ足の遅い人は後ろから押されて倒れ、直ぐに大混乱になった。

 保育士さん達は、

「駅も事件がおこっているみたい。何があっているのでしょうね。困ったわね。子供たちの親に連絡して、迎えに来てもらわないと。でも、この様子では間に合うかどうか」

 責任者の一番年上の保育士さんは、狼狽して、

「兎に角、手分けして連絡だけはしておかないと」


 香奈はデパートを飛び出して、駅ビルの子供たちの所へ行こうとすると、何と、駅に居たらしい人も、逃げている。逃げる人をかき分け、駅に行くのは困難を極めた。職場の人たちは、駅から来る人に交じって、南の方角に散り散りに逃げ、はぐれてしまった。 

 それでも香奈は、必死で人をかき分け、駅へ急ぐ。すると、親切な老紳士が、

「あなた、駅は危険ですよ。見た事も無い大男たちや怪物が、人を殺しています」

 と忠告してくれた。しかし、

「御親切にどうも、でもあの上の保育園に娘を預けているんです」

 と答えた。

「それはお気の毒に」

 そう言って老紳士は逃げ出した。

 やっとの事で駅までたどり着くと、忠告通り怪物が駅の地下に通じる階段から出てきた。

 香奈は多分階段しか使えないと思って、丁度階段の方に走っている所だったので、鉢合わせである。しかし香奈はどうしても千佳や由佳の所へ行きたかった。すると、怪物は階段を、何故か転げ落ちた。また結界を張る能力が、戻って来たらしい。香奈の能力は尋常ではないと言えるだろう。

 転げ落ちる怪物を気にも留めず、香奈は階段を駆け上がった。怪物は大した奴ではないと分かっていた。保育所にたどり着くと、保育士さん達が、子供たちと一緒に、片隅に固まって困惑していた。香奈はその責任感に感動した。

 「ママー」

 千佳と由佳は香奈に走り寄った。

「ここは危険よ、皆さん子供達と一緒に逃げましょう。階段から逃げるしかないけど、私の側から離れないでね、出来るだけ固まっていた方が良いわ」

 年配の保育士さんは、

「千佳ちゃん達のママ、本当にありがとうございます。私達、どうすれば良いかわからなくて、何があっているんでしょう」

「言いにくいんですが、怪獣映画みたいになっています。そうだ。さあ皆、下で怪獣映画を撮っていますから、逃げだすシーンに参加しますよ。でもホントらしく急いで。怪獣が出ても、ぐずぐずせずに南に逃げるんですよ。ほら斜め前のお酒の看板のあるビルの方よ。知っているでしょ」

「わあい、知ってる」

 と言う事になり、香奈が先頭になり階段を急いで降りた。途中で怪獣と鉢合わせしたが、今度も下に転げ落ちた。

「キャー」

 と叫んだ子がいたが、

「ホントらしいわね」

 と言っておいた。一階にたどり着くと、今度は大男が居た。だが、香奈に会っても吹っ飛ばない。どうしよう、と香奈はぞっとした。想わずたじろいていると。後ろに居た千佳に、

「ママ本当に映画の撮影?」

 と言われてしまった。絶体絶命だ。だがそこに、不思議な外国人風の、黒装束の男が現れた。そして、超能力風に、その大男を吹っ飛ばした。香奈の能力の、十倍はあるだろう。

「まあ、御親切に。どなたかは知りませんけど、ありがとうございます」

 香奈は、外国の人なので言葉が解るかどうかとは思ったが、感動のあまり日の国の言葉で、お礼を言った。とっさには共通言語は出ない。それに他の姉弟の様に堪能にしゃべれもしなかったし。すると、日の国の言葉で、

『ドウイタシマシテ』

 とにっこり答えてくれた。しかし、耳から聞こえた訳ではなく、心に響いてきた。そして消えた。不思議である。

 後ろから、千佳と由佳が、

「ママ、今誰と話したの。今の大男が吹っ飛んだのはその人がしたの」

 と聞くので、

「あら、あんた達、あの人見えなかったの」

 と言うと、他の子供達も、

「千佳ちゃん達のママは、透明人間が見えたんだね」

 と、感心している。不思議だったが、透明人間と言う事になり、まだ他に大男が居たらまずいので、急いで子供たちを連れて、南の方行に逃げた。

 途中、香奈は後ろを、振り返ったが怪物や、大男はもう出て来なかった。きっとあの人が退治してくれたのだろう。その時、上からヘリコプターの音がした。香奈たちは固まってまだ、移動していたので、興味深かったのだろう、撮影している様だ。保育園児の男の子が、

「さっきのは、映して無かったのか。遅刻か、バカヤロー」

 とヘリに叫んでいた。

 警察の人は、デパートの捕り物が終わって、駅のほとぼりも冷めた頃、ぞろぞろ駅に走って行った。もう安全だし。

 保育園児の誰かがまた、

「警察はもっと早く来て、怪獣を撃たなくちゃ」

 と意見を言っていた。

 もう大丈夫だろうと感じた香奈は、保育士さん達と別れて、タクシーで帰ることにした。

 香奈たちが家に帰ると、真奈から電話が来た。テレビに映っていたと言うので、香奈は一部始終を真奈に話した。真奈は、

「そういうお方の事、翔は言っていなかったわねえ、今まで聞いた龍神の中には居ないわね」

「素敵だったのよう、エキゾチックでさ。二児の母で無きゃ惚れちゃっていたね」

「やめてよ、これ以上の禁断の恋は。香奈が我が家では一番の常識人でしょ。兎に角、まだあたしの知らない龍神が居るのかもしれない。ちょっと翔に聞いてみてから、折り返しまた電話するわね」

 と言って電話を終えた。

 横から話を聞いていた千佳たちは、

「あたし達、テレビに映っていたんだって。由佳。有名人になったよ」

「しゅごい」

 と、大騒ぎである。

 また、直ぐ電話か来たので、真奈にしてはやけに早いなと思って受けてみると、警察からだった。

「真鍋祐市さんの奥様ですか。実は祐市さんが、通り魔に襲われて、救急病院に搬送されました。紅琉救急病院です。至急お越しください」

「何ですって。夫はどんな具合ですか」

「至急ご家族様は、お越しください。念のためです」

 はっきり言わない所が、いっそう危なそうに思えた。香奈は真奈に電話した。

「あら、今、かけようと思っていたのよ」

「お姉ちゃん、祐市が、通り魔に襲われたって。危ないらしいの。皆に連絡して。紅琉救急病院よ」

「今、翔がそっちに向っている所なの。詳しく話、聞きたいって言って。着いたら連れて行ってもらいなさい。多分それが一番早いわ」

 そう言われた香奈は、翔を待つ事にした。

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