第22話 アホ龍
翔はあたりを探すが、
『どこに居ますか。ホントに居るんですか』
アバが言っている事は間違ってはいない筈だが、見あたらない。不思議に思う翔である。
アバがもう一度指し示した辺りを見回すと、やっと翔にも目に止まった。
岩と思っていた所に、こっちを見つめる目が有り、目と目が合った。以外にも、澄んだ黒い瞳である。
『あ、本当だ。居た。だけどこれは何、カビが生えているのか。カビが生えるほど身動きしなかったって事?これじゃあ、脳みそにこのカビが入ってしまったのと違うかな。それでアバを殺すことを思いついたんじゃあないか。カビ落とさなきゃ不味いぞ』
アバは呆れて、
「それは苔だ。カビではない」
と訂正するが、
『似たようなものと違うんですか。とにかくこんなもの体に生やしたから、脳が変になったんじゃあないかな。川の側なんだから、入って落とした方が良いぞ。何時からそこに居るのかな』
それにしても、翔はこのアホ龍が、老龍にしてはやけに小さいことに気付いた。極み爺や、アバの龍の姿を見ていた翔は、違和感がした。丸まっているが、小岩でしかない。
適当なところを掴むと、岩ではないのでつかめた。引きずってみると、翔の力でも十分引きずれるほど軽い。引きずって川に連れて行こうとすると、されるがままになっているので、川に引きずって行くことにした。
岩と思っていた体が解れると、いよいよ小さな龍である。翔は、尻尾を持って川に運ぶ。
アバは、
『そのアボはな。(やっぱりアボである)若いころ地獄の奴と戦って、地獄の毒を川に流され、殺されかけたんだ。死に損なったが、毒にやられて、身動きできなくなった。それで今まで飲まず食わずで、そんなに縮んでしまったんだ。実態はそんなだが、人型になれば霊獣だから俺と互角位に強いんだぞ。お前に良くも運ばれるままになっているものだな。だいたい川は嫌いなはずだが』
翔はアバの話を聞き、極み爺の死因の事も思い出し、なおさらアボを憎めなくなった。
『今は川には毒なんかない事、分かり切っているじゃあないか。魚が泳いでいるし、人間は飲み水にしている。とにかくカビを落とさないと』
川岸に丁度、岩が川に出っ張っている所があり、他の場所に比べて水深がありそうなので、そこまで引きずり、アボを川に落とし込んだ。
『やれやれ、これで良し。きっと水流でカビが自然と落ちるんじゃあないかな。あれっ、この川逆流しているじゃあないか。変だぞっ』
翔が驚くと、アバがまた言った。
『満ち潮で。海水が上がって来ているんだ。そんな事も知らないのか』
『知っているけど、こんなデカい川だと、変な感じがしたんです。それならアボも口を開けているだけで、プランクトンとか食えますね。良かった。良かった。少しは体力付けないと』
アバは傷が悪化して具合が悪そうにしているものの、翔の話に笑った。
『クジラじゃあ、あるまいし、俺たちはプランクトン何ぞ食わぬ。食うのは自然界の気だ。生き物ではない』
『気を食うんですか。初めて聞いた。だけどシンは人が食っているものを、一緒に食ったりしていたけど。あいつはかなり人間の真似が好きだったみたいですね。今にして思えば。それにしてもアボは水面に中々上がってこないけど、大丈夫ですかね。軽いから上がって来ると思ったのに、良く息が続くものですね』
『翔は全くもって、馬鹿か利口か分らぬな。俺らは呼吸の必要は無い。かなり上空を飛ぶことや、水に潜る事があるのは知っていように』
『馬鹿に近いと思います。そう言えばそうでした。アボはしばらく潜っているつもりなんでしょうね』
翔は御神刀の事を思い出した。さっきアボを引きずっている時、アボの下にあるのを見ていたので、戻って回収した。それにしても、アボの脳が正常に戻るのを確かめたいところだが、当分上がってこないかもしれないとも思えて、放って置くしかないと考えた。
『脳のカビが取れればいいけど』
翔が呟いていると、アバは、
『脳にカビは生えてはいまい。あいつは、俺を殺そうとすれば、返り討ちに合い、俺に殺されると思っていたのさ。龍は自殺など出来ないからな。上手く行かずにがっかりしているはずだ』
『どうしてそんな事をしようと思ったのかな。見た所、大部具合が悪そうだったからでしょうかね』
翔は話しながら、アバを見ると、こっちも大部具合が悪そうになって来ていた。
心配になっていると、リラがゼイゼイ言いながら、薬を持って来た。翔は慌ててリラを手伝い、薬を幹部に塗ろうとするが、抑えた手を退けようとすると、龍の血らしいものが、噴き出て来る。そこで、ガーゼに薬を塗り、ささっと傷口に置いてまたアバに手で押さえてもらった。出血を止めようにも、止めにくい場所だった。アバの力で抑えこんでいる状態だ。
リラは
『あたし達、何しにここに来たのかな。アバなら自分の面倒は自分で見れるっていうのは事実だし』
翔は、リラに言っておいた。
『多分、アボも救うためだな』
『やっぱりアホじゃあなかったんだね。シンったら、冗談ばっかり言って。翔は、どういう風に救ったって言うの』
『俺、アボが昔地獄の奴にやられて動けなくて、カビだらけだったから川に入れてやったんだ。飲まず食わずで、この辺に居るワニぐらいの大きさしかなかったんだぞ』
『そんなに小さいのに川に放り込んで、それこそワニにやられたらどうするのさ』
翔以上のリラのあほさに、翔は言ってやった。
『ワニよりは、相当強いと思うけど』
すると、アバは、
『まだ死ぬ気なら、食われるつもりかも知れぬな。翔、アボを川から上げてくれぬか』
と言い出すので、慌てて川に潜ってみた。リラがアバに、
『あの龍、死ぬ気でアバを殺そうとしたの』
と聞いているのが、翔はモグリながら分かった。失敗したかな。翔は焦った。
川底のアボは、リラの懸念通り、当にワニに狙われて食われる寸前だった。大人しく川に投げ込まれたのは、こういう計画だったらしい。翔は慌ててアボを抱えて川から出た。
『やれやれ、危機一髪だった。どおりでな。されるがままになっていた理由が判ったよ。でも、ワニに食われるっていうのはどうかな。ワニも消化不良になるんじゃあないかな。こりゃあ動物虐待と違うかな』
調子に乗ってしゃべる翔を、アボは近くの森に生えている大木のてっぺん迄、吹っ飛ばした。これがアボの実力の何十分の一かだと分かっている翔である。
もう一度、薬の付け替えが必要ではないかと考え、翔はヒョロヒョロ戻ってみると、知らないおっさんとリラとで、アバに薬を付け替えている。どうやらアボの人型のようだ。
『一緒に薬付け替えているんだ。もう血は噴き出ていないね。峠を越えた感じだねえ。良かったなあ』
吹き出しそうなアバと、じろりと睨むアボ。リラもほっとした様で、
『翔の馬鹿らしいおしゃべりも、もどって来たみたいだし。一件落着ッてとこで、あたしは家に帰るね。もうすぐ仕事の時間になるから。翔、後はお願い。アバさん、今日は御迷惑をかけてごめんなさいね』
『なんの、お蔭でアボも気が済んだらしい。礼を言うのはこっちの方だよ』
機嫌よくリラは帰ったが、女の子だから大目に見ているんじゃあないかなと思う翔である。これから、昼寝を邪魔された落し前を付けねばならないんではないかと思って、心配になる所だ。
『俺の事をアホと呼んでいたそうじゃあないか』
そこから来たかと思った。
『それは、シンが言い始めたんです』
『お前はアボだと分かっていたんだろう』
『ちゃんとでは無いです。ひょっとしたらってところですから』
『アホ龍とも言っていたよな』
『まあ、そう言ったかもしれません』
『アホ龍と呼ぶのはな、アホの龍と言っているのと同じ意味だよな』
『・・・・』
『アホだけなら名かも知れぬが、アホ龍では、アホの龍で、アホは名ではなく、お前ら日の国の言葉で愚かとでもいう意味になるよなあ』
『随分日の国の言葉に詳しいんですね。アボさん』
『アホ龍とはもう呼ばなくていいのかい』
『・・・・』
『アホ龍と呼ばなくて良いのか聞いているんだが』
『もう二度と言いませんから。どうもすみませんでしたっ』
『まあ、反省しているようなら、それで良いが』
『アボは川に浸かると、随分優しい気性に変わったようだな。翔が計画その2の手伝いをしたせいかな。ところで、俺の昼寝を邪魔したことについてだが、どういう了見で三人連れ立って騒いだかな』
『その事は、烈が来てからにしてはどうでしょう。もう来る頃では無いですかね』
『あいつは俺の薬を持って来てくれているから、罪は相殺だな』
『僕だってさっき塗るの手伝っていたでしょ』
『お手伝いも相殺に出来るかなあ』
『してくださいよ。僕らはただ、御神刀の行方が気がかりだっただけですから』
『俺を助けに来たんじゃあなかったのか』
『アバさんは御自分の面倒はちゃんと見れるお方ですから。俺らが助けるだなんて、おこがましくって、とてもそんな能力はありませんよ』
『そうかな、お前、アボを偽物の方で切ったろう。かなりの能力と見たぞ』
『あれっ、切れてましたかね。それにしては刀傷、無いみたいだけど』
『偽物だったから直ぐ再生出来たのさ。やられたぞ、バッサリとな。そうで無けりゃ人間を襲うつもりはなかった。結果的にアバを切ることが出来たがな』
『とても信じられない展開になって来たな。あ、烈だ。おおい、良かった。そろそろ次の付け替えだと思っていたんだ』
『そうか、間に合ってよかった。・・・その人、いやその龍神、まだ生きているの。翔が御神刀で切ったんじゃあなかったっけ』
『やっぱり俺、切っていたのか。あれは、ほぼ偽物で、龍神には切ったぐらいでは効き目が無くて、死なないんだ。直ぐ再生するそうだよ』
『そうなのか、龍神殺しにならなくて良かったな。俺らの島では理由はどうあれ、龍神を殺せば祟りに合うっていう話で、俺、ちょっと心配だった』
『やれやれ、じゃあ目出度く一件落着だな。そういう所で、薬を塗ろう』
『お前らもう良いよ。俺は自分で出来るから。とっとと家に帰ろ。眠くなって来たぞ』
『じゃあなおさら俺らが塗るよ。それからとっとと帰るから』
翔は、アボの澄んだ黒い目に何故か見つめられながら、アバに薬の付け替えをして、烈と二人でとっとと家に帰った。
烈は急所でなければ死なない御神刀は、自分が持つのにぴったりで安心だと言った。
それで偽物っぽい方は烈が持ち、龍神には危険な御神刀は翔が持ち、健闘をお互い称えつつ、別れた。
そんな間中、アボの澄んだ黒い目に、ずっと見つめられている気がする翔だった。
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