第18話 奪われた御神刀

 強の葬儀は南国の、翔達には初めて見る不思議な風習で行われていた。

 その葬儀の参加者たちの中で、奇妙に思われていたのは、一番涙している真奈の事だった。

 強の両親は事情が分かっているが、英輔や美奈は事情を知らないらしい。親としてはどうなのか。翔は彼らの呑気さは承知していたが、葬儀での能天気な様子が少し恥ずかしい。

「姉ちゃん、大概で泣き止まないと、俺らの親がみっともない。無関係の人と同じ表情だな。不思議がっているぞ」

「そうね、パパやママには一度も言った事なかったからね」

「舞羅は知っているみたいだな」

「飛行機の中で聞いたの。あたしとしては、あたし達のために亡くなった強さんの葬儀に行くつもりだったんだけど、ママにとっては違う理由があったのよね。何だか二人が可哀そう。あたしが生まれてくるためだったなんて、責任を感じてしまう」

 翔はため息交じりに、

「舞羅には全く責任はないぞ。姉ちゃん泣くの止めろ。根性出せよ。舞羅に心配させるな」

「分かっているのよ。でも強の一生を考えたら、目から自然に出て来るのよ」

 すると、どうやらまだ黄泉に行っていなかったらしい強がまたやって来て、

『同情はいらないぞ、真奈。それより、まだまだ問題が起こるぞ。俺はもう、お役御免でほっとしているんだ。生きているお前らは、せいぜい頑張ってくれ。じゃあな。俺は向うに行くから、広永の一家が迎えに来た』

 そう言って消えて行った。

 問題って?翔と真奈が顔を見合わせていると、真奈のスマホが、ぶるぶるし出した。電話だ。

「あら、香奈からだわ。何の用かしら」

 真奈はそっと葬儀から離れながら、電話を受けた。

「どうしたの。今葬儀中なのよ」

「真奈、ちょっと聞くけど。明さん死んだのよね。葬式無いけど」

「そうよ、忍びの一派の人でね、ちょっと色々あったの。何だかよく知らないけど、掟破りって事で、どこかの忍びの山の道場で儀式するって事でね。でも、道場が何処にあるかも言わないのよ。葬儀無しっていう決まりになっているからって言って、そこに遺体を持って行ってしまったのよ」

「そう言っていたわね。この間から。でもね、今、テレビで中継があっていてね、明さんみたいな人が人質を取って立て籠もっているのよ。DEFの放送局でね。だからDEFの独占中継よ。要求はね、舞羅ちゃんを連れて来いだって。多分家に行っても誰も居なかったからでしょうね。真奈達が何処にいるか分らないって事は、だったら、大したことない奴みたいよね」

「ええっ、どういう事。流派の人たちが何かしたのかしら」

「真奈ったら察し悪いわね。多分皆、あいつに殺されているんじゃないの。遠目に映ったのを見たけど、ちょっと異様ね。いわゆるゾンビっぽいわね」

「ゾンビっ」

 真奈が思わず叫ぶと、翔の方にも連絡が来たようで、いつの間にか翔も真奈の横に来ていて、翔が元山さんに、

「ゾンビじゃないんですか。死亡診断書は医師がちゃんと書いていましたよ。それか別人」

 等と話しているのに気付いた。

「翔にも連絡が来たみたい。もう切るわよ。そうだ、香奈も気を付けてね。妙な感じになって来たわね。こっちは魔物みたいなのに、翼が何度も取り付かれているの。もう香奈の子供たちは、保育園休ませた方が良いわね。結界とか張って立て籠もったらどう、出来る事はやった方が良いわね」

 香奈は小さいころから、結界と思しきものを張ることが出来た。香奈の嫌う虫が寄ってこないので、真奈は子供の頃から気が付いていた。隠れた能力だった。大人になると人間にも効いていて、香奈の事を良く思っていない職場の人など、何故か意地悪をしようとしても、側に寄り付けないという現象が起きていた。英輔や美奈はこの能力に、気が付いてはいない。まあ、この件は香奈に嫌われない限りは、気付きようがないが。

 二人してそろっと式場に戻ると、一番年輩らしいお婆さんが、

「日の国では事件が起こった様ですね。黄泉から御龍神様が退治に来られたようなので、これ以上の面倒は起こらないでしょうけど」

 とおっしゃる。翔は、随分流暢に日の国の言葉を話していると、不思議に思っていると、

「この島には日の国の人が、昔から大勢住んでいるのですよ。それで自然に覚えました」

 とこっちが言ってもいない事を察して、答えている。

 何だかシンと似たり寄ったりである。話はまだ続く。

「せっかく来られたので、どうぞごゆっくりしてください。と言うべきでしょうけど、あなた方はこの島にとって、災いの種ですね。葬儀が終わりましたら、日の国に早く帰って欲しいというのが、私の本音です。どうか気を悪くしないで下さいね」

 だろうな、と思った翔である。それに元山さんも早く帰って来て出勤しろと言われていたし、

「そうでしょうとも、葬儀が終わった事だし、そろそろ私どもは帰ります」

 と翔は言い、英輔達に目くばせした。ぞろぞろ一家で退場である。

「もう帰るの」

 リラは不満気だが、

「あの婆さんに帰れと言われただろ。ああ、はっきり言われちゃあここには、居られないだろう。それに俺ら目掛けて、地獄の奴が這い出て来てるし」

 翔は説明した。

「そうね、明さんが掟破りしたものね」

「それもだけど、舞羅の能力や、御神刀を狙っているんだ」

 一方、美奈は真奈に、

「今の電話、香奈からでしょ。なんて言ってきたの」

 真奈は小声で、

「明さんの死体に何かが取り付いて来て、ゾンビになってDEFで騒いでいたらしいけど。あのお婆さんの話ではシンが片を付けたみたいね。でも、もうさっさと帰らないとね。災いが来そうなんでしょ。あたしらにはまだまだね。この島で、騒ぎを起こして欲しくないのよ」

 英輔も、

「俺も皆から白い目で見られていたな。よっぽど死相でも出ていますか。と聞いてみようかと思ったよ」

 と言うと、美奈に、

「鏡見てごらんなさいよ。自分で」

 と言われている。

「あの後あまり寝てなかったからな。大概みんな疲労で寝るんだ。顔色悪いな」

 翔は少し英輔が心配になった。前途多難だが乗りかかった船である。腹を括るしかない。

 烈が後ろから付いて来て、送ると言うので、皆で少し遠慮したものの、英輔の調子が悪そうなので、好意に甘えることにした。

 空港で、別れ際、

「悪かったな。追い返すようで」

 烈は謝ったが、翔は、

「無理もないよ。気にするな。俺ら、この島では、疫病神一家だって分かっているんだ。シンが片を付けに来るから、烈はもうこの事にかかわるなよ。熊蔵爺さん達にも、もうお前しかいないんだから。じゃあな、元気でな」

「何言っているんだ。チームじゃないか。気弱になるなよ、お前の方こそ元気出せよ」

 等と別れの言葉を言った後、翔は御神刀を、どうやって飛行機に乗せるかについての問題を悩んだ。強が見つかりそうになったら、霊魂の場に持って行くと言っていたのを思い出した。と言う事は自分もそうするしかないだろう。寝てしまっている翔の体は、親父やリラに運んでもらうしかあるまい。

 翔は、親父を見たが、心もとない様子である。肉体労働は出来るのだろうか。次、リラを見る。十分翔の体を運べそうな腕力だが、世間体としてはどうなのか。

「何をじろじろ見ているのさ」

 リラから話かけてくれたので、相談だ。

「実はな、御神刀の運搬の事だけど。俺が霊魂になって運ぶから、リラに俺の体を飛行機に運んでもらえるかな」

「昼間から睡眠って、不自然じゃないの」

「だけどそうしないと、強じゃあるまいし、金属探知機を誤魔化せないだろ。俺、今から酒でも飲むから」

「酔っぱらって、大丈夫なの。魔物かなんかに奪われそうね」

「芝居だよ、ホントに酔っぱらわないって」

「それよりあたしが飲んで酔っ払ったふりする方が自然よ、あんたがあたしを運んでよ。飛行機に乗ってしまう間だけでしょ。乗ったら戻ってくればいいし、あたしは結構お酒は強いのよ。ちょっと飲んだくらいじゃあ大丈夫。御神刀しっかり持っておくわ」

 確かにその方が、設定が楽な事は確かだ。

「じゃあ、ぎりぎりまであそこの店で飲んでるふり、始めるか」

 と言う事になり、御神刀のバックを持って、二人してお酒を飲むふりをすることになった。

「せっかく来たんだから、南国のフルーツから造ったお酒ぐらい、飲んでおきたいわね」

 と言いながら、リラは先ほどから気になっていたお酒を注文した。翔はなんだかリラの良いように話を持って行かれた気もしたが、仕方ない。リラは飲むふりではなく、しっかり飲んでいる。ギリギリになって、美奈達から、

「あんた達早くしないと、置いてくわよ」

 とせかされ、飲んだくれて眠ったふりのリラを抱えて、手続きを済ませた翔。座席に座ったのにリラは起きてこない。

「妙だな」

 呟きながら、翔は嫌な感じがしてきて、霊魂になってみることにした。

 辺りにはリラはいない。

『畜生、何かあったな。御神刀奪われたかな。失敗しちまった。どうしよう』

 霊魂で無ければ、冷や汗をかいている場面である。雲の上まで上がって、辺りを見回すが、リラはどうなってしまったのか、見当たらない。

 翔は泣きたくなるところだったが、そこへ不機嫌そうなアバが、涙目のリラを連れて急に目の前に現れた。どうやったら出来るのか、物凄い能力である。

『以前お前を誉めた気がするが、あれは撤回だ』

『そうでしょうとも、あの時は身に余るお言葉と思っていたから、どうぞ撤回でOKデス』

 翔はリラが無事だっただけで、ほっとしていた。御神刀は持っていないのは覚悟していた。

『地獄に居る奴に、御神刀取られちゃった。ゴメンね翔』

『いいんだ、リラに任せちまった俺が悪い』

 翔はリラを慰めたが、アバに、

『ちっとも良くない』

 と言われてしまった。

『あれを、地獄の輩がどうして狙うか分るか。手に持てもしない奴まで欲しがるのが、どうしてか分るか』

『わかりませんけど』

『大バカ者』

『その通りで』

『あの刀が無ければ、あれで殺される心配が無くなる。だから、地獄の奴はこの世に際限なくやって来る。今頃、御神刀は業火の中にでも放り込まれて、溶けて無くなってしまっただろうな。こうなったらもう、俺は寝る暇も無くなるぞ』

 問題は、アバの寝る暇の事だったのか。翔は少しほっとした。しかし、それをアバに感づかれた翔は、アバの物凄いパンチを食らった。勢いで霊魂の翔は飛ばされた。遠くでリラが、

『かけるー』

 と呼んでいた。

 翔は飛んで行きながら、何処へ行くのかなと思っていると、何処かに着地した。勢いで、ころころ転がっていると、

『おや、こんな所まで来たのか』

 と、聞き覚えのある声がした。強である。ここは人間の行く方の黄泉なのか。ようやく、止まった様で、辺りを見回した翔は、綺麗なお花畑だと分かった。

 自分は死んだのかなと思った。アバの怒りを買ってしまった。あれだけ噂で、睡眠の邪魔は出来ないと言われていたのに。

 すぐ横に立っていた強は、

『まだお前は死んではいないぞ。あの川は渡っていないからな。俺は死んで間がないから、まだあちこちうろつけるんだ。お前が飛んで来たから、お前の側に来てみた。さっさと帰りな。アバに謝って助けてもらうしかないな。大露羅殿に代わりの御神刀を作って貰えよ。きっと何とかしてくれるんじゃあないかな』

『そう思うか、それなら良いけどな。そうだ、烈が持っていたのがあるなあ』

『それそれ、あれは小型だから、もっと大きくしてもらわないとな』

『うん、じゃあ烈にくれって頼んでみるよ。元気でな。あ、違うか』

『アハハ』

 強が機嫌良く黄泉で暮らしているのが分かって、翔は黄泉に飛ばされたにしても、会えてよかったと想った。翔は、帰り道が良く判らなかったものの、ふらふらこの世の方に戻っていると、リラや、アバの声が聞こえ出した。

 そして、リラがアバ様を、ビシバシ殴っている恐ろしい場面に遭遇した。

 怖いものなしのリラだ。

『ごめん、ごめん、ほら。もう翔は戻って来たじゃないか』

 何故か機嫌が良くなっているアバにほっとした翔は、アバに謝って、烈が持っているもう一つの御神刀を貰いに行くと言っておいた。

 すでに飛行機は日の国へ飛び立っていたが、烈のいる島に戻りながら、アバはひょっとしたらマゾなのかもしれないと思う翔である。


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