第15話 真奈と強
家に帰ってからは桂木家、大移動が待っている。
翔の両親、桂木英輔と、美奈は棺桶の準備をして、いらいらと翔が睡眠から、目覚めるのを待っていた。
翔は『こっちも、忙しかったのだが』と思っても説明するのも時間が掛かりそうで、止めた。
翔は検死担当の医師、城石ユウタに電話してみた。
「城石さん、今回はお世話になりました。広永強の検死終わりましたかね。引き取りに行きたいんですけど」
「桂木か。まあ一応終わったと言えるがな。死因は心臓麻痺にするつもりだが、腑に落ちない事があってね。このお人、いったいどうして死んだのかな。知っているんじゃあないのか君は」
『面倒は避けたいな、親父たちはイラついているし』と思った翔は、
「あれ、階段から落ちて、打ち所が悪かったんじゃあないんですか」
と言ってみた。
「いや、階段から落ちたと言っても、転がって踊り場まで落ちただけで、大した打ち身も無い。ただ、足に切り傷があるんだが、そこから、死亡推定時間からして、数分もたたないうちに、壊死が始まっていた。ありえない事だ。君も刑事なら、このくらいの事は知っているだろう。常識的に。どうしたものかな。死因は敗血症でもないんだぞ。心臓麻痺だ。これは確かだ」
「じゃあ、心臓麻痺で、処理してくださいよ。こっちは空港の、階段で発見しただけですから」
「と言うより、彼はバックを盗んだから、お前が追いかけていたんだろう。死体を発見する前に、会っていたろう。そして階段から落ちで、お前はしばらく気を失っていたが、気が付いてみると彼は死んでいたんだろう。報告ではそうなっている」
「そうでした。でもその報告書に書いてあることが、全てですから」
「じゃあ言い方を変えよう。この死体が欲しかったら、死因とそれの原因を言え」
「あんたにそんな権利は無いでしょう」
話の流れが判って来て、翔はうんざりしてきた。小物だが鬼が入っている。面倒だから、親父たちには引き取りに行くと言おうと思う。
《権利はあるんだよう。例の刀と引き換えだあ》
ぞくっとする声で言うので、
「ハイハイ、今からそっちに行くからね」
と言って、電話を切った。
「どうなんだ、翔。今晩の最終の便予約したんだ。間に合うか。棺桶積むこともあって、混んでいる時は避けてくれって空港関係者に言われたんだ」
「だからって検死があるのに、間に合わない可能性だってあるだろ。検死が終わって予約しろよ」
「だけど、御両親が待っていると思って。ねえ、あなた。早く会わせてやりたくて思わず、希望的予約をしたの。間に合わない様なら、明日一番の便にするわ。今から迎えに行くの?葬儀屋さんに連絡しなくちゃ。御親切に互助会に入っているから、空港まで運んでくれるそうなのよ」
「いやそれは待って、引き取れるようなら、ママに連絡するから。じゃ、行って来る」
翔は、出かけようとしていると、英輔が車庫まで追いかけて来て、
「それはそうと、御神刀が今、どうして要るのかな」
と質問した。
「それはね、棺桶にかくして、持って行くのよねえ」
リラがバックを持って来た。乗るつもりか?
「まだ空港には行かないぞ。検死官と話付けに行くんだ」
「聞いてたわよ、電話。あたしも一緒に行くの。チームでしょ」
「USBBに帰るんだろ。解散と違うのか」
「あら、チームは存続するのよ。烈だって南の島に居ても、用があるとき来るでしょ。それに帰る前に強の葬儀には行くつもりよ」
「そうかい。じゃ、検死官に入っている奴を片付けて、強を飛行場に連れて行こう。自分のバック持っているって事は、最終便に間に合わない時は、リラが一晩見張ってくれるのか。棺桶に入れた御神刀を」
「何言っているのさ。あんたもすぐ来るんだよ。あたしの見張りは、あんたが荷物取りに行く間だけだからね」
「はいはい」
そうこうしているうちに、警察の検査関係のビルに着き、受付で城石の居所を聞くと、検視は終わって、彼の部屋に居ると言っていた。
しかし部屋には居なかった。
「何だよ、居ないじゃないか。何処に言ったんだろ。やっぱり、強の遺体んとこじゃないかな。何が御神刀と引き換えだ。身の程知らずの、小鬼が」
と、翔は文句を言いながら、多分冷凍室だろうと見当をつけて、行ってみた。
「何か寒くなりそうだね。翔。羽織る物要るんだった」
「そんなに時間かけるもんか」
そんな事を言いながら翔は、死体を保管する冷凍室のドアを開けた。すると、
「きゃー、強を」
何と、今まさに強の足にかぶりついている、城石が居た。いや、城石に取り付いている鬼が居たと言うべきだろう。
「貴様、何してやがる」
翔は、必死で、強から引き離した。強も霊獣に近いと言われていたので、食えば霊力を得るとでも思ったのだろうか。しかし一応人間と言う事になっているはずだ。
「食ってどうなる。愚か者め」
と、翔は御神刀で急所を刺そうとしたが、するっと逃げられた。動けるとは、強を食った所為だろうか。他の奴は翔が触ると動けなかった。
「愚か者はそっちだ。鬼はお前の事は平気なのさ。前にも取りつかれたことがあったろ。お前がやっつけられるのは魔物さ。俺ら鬼はそう易々と、御神刀にはやられないぞ。今、こいつも食ったしな」
「ふん、人間食ってどうなるって言うんだ」
「何を、こいつは霊獣の一種だ。」
「ちがーよ、人間の一種だ」
「うげっ」
案の定、鬼の入った城石はとうとうゲロを吐き出した。と言う事で、鬼は取り込み中のようなので、翔はアッサリ急所を刺すことが出来た。
「どうするかな、この始末は」
翔は悩んだが、リラは、
「ほっとこうよ、のびてる事だし。目が覚めたら自分で片付けるよ、きっと」
「こいつ、強の壊死の足食ったんだ。御神刀で刺したとこだから、力が湧くとでも思ったのかな。普通、具合悪くなるだろう。やっぱりこいつの方が愚か者だな」
「何をごちゃごちゃ言っているのさ。可哀そうな強。死んでから迄酷い目に合って、鬼に食われて。早くここから出ようよ」
「わかった。ママに電話して、葬儀屋に来てもらおう。だけどここは見せられないな。表で待つ?それも変だし」
ストレッチャーに乗せ、何処に行こうかと廊下で悩んでいると、通りかかった親切な人が、
「遺体専用の出入り口があるんですよ。地下から行けます。向うに専用のエレベーターがあります」
と教えてくれた。それで遺体専用の出入り口に行くと、何故か真奈姉ちゃんが居た。
「ママが、あんたらが強を迎えに行ってるって言うから、あたしも来たの」
不信に思った翔は、真奈を観察しても、別に鬼に取りつかれている訳では無さそうだった。
「どうしたの、姉ちゃん」
「翔は知らなかっただろうけど、強は熊蔵爺さんが家に居た時、一度家に来たことがあるのよ。何か用事が在ったみたい。丁度あたしと熊蔵爺さんだけ家に居てね。家族の中ではあたしだけ会ったことがあるの。多分、家に誰も居ない時を選んだつもりなんだろうけど。その時あたしは高校を卒業して、大学に入学する前だった。いつもは遊びに行っている時間だったけど、その日は予定が無くてね。」
「へえ」
翔は気が付かないが、リラは直ぐ察した。
「そうなんだ」
妙にしんみり相槌を打つリラに気付いた翔は、
「何だよ、どういう事」
「察しが悪いね。だからあの時、強は真奈さんや舞羅の所に行ったんだよ。そん時付き合っていたんじゃないの。真奈さん」
「ううん、そんな時間無かった。ただ、お互い一目ぼれって感じだった。でも強には婚約者がいるって事は会った時直ぐ、熊蔵爺さんが言ったの。年頃の娘が二人居たからね。こっちには。でも、あの頃強は若くて、カッコ良かったのよ。今もだけど、前は擦れた感じは無くて、純粋だった。あたしも高校卒業した時で、今よか、もっと美人だったわね」
「あ、そう」
翔の気のない返事に、リラの蹴りが入って、大人しく聞くことにした。
「初恋だったわ。強もだと思う。用事が済んでも強は、直ぐには帰らなかった。それから親達には内緒で、あちこち行楽地とかに行ったりしたの。プロポーズして欲しかった。でも熊蔵爺さんが反対したの。ほら、向こうは奥さんの家系が能力者でさ、そっちの親類の娘と結婚するべきだってお告げがあったんだってさ。それで、泣く泣く諦めた。それから大学に入って、直ぐ、学校で明さんに会って、彼は最終学年だったから、自分が卒業したら、結婚してくれって言われたの。それで結婚することにした。だって、プロポーズしてくれたんだもの。強の事は忘れられなかった。でも、結婚してくれないんだったら、どうしようもないと思ったの。明とはそれなりに幸せに暮らしていたわ。でも知っているでしょ、もう。ちょっと、変だったのよね。時々一人で、ぶつぶつ、話をしているみたいだったけど。きっとあの時、召喚の契約みたいなのしている鬼と話していたのよね。もしかしたら、あたしと強の事、知っているかもしれないと、時々思ったりしていた。でも、終わった事だし、と思っていた。そしたらこの間から、強が翔たちと付き合いだしてさ。まだ、結婚して無いって分かった時、あたし腹が立ったわ。結婚しないんだったら、なんであたしにプロポーズしなかったの」
そう言って真奈は、強に突っ伏した。
「冷たいわ。暖かい強のときこうしたかった。でも、こっちは明と一年もたたないうちに婚約しちゃったし。知っていたかも知れないわね。あっちは能力者の家系だから。でもね、強が結婚してくれないからじゃないの。だから、プロポーズしてくれた明と結婚したのよ。どう思う、リラさん。あたし、いけない女だと思う?」
思いの丈をぶちまける真奈に、リラは、
「真奈さんは悪くないと思う」
と、相槌を打つしかないだろう。
しかし、そうこう騒いでいると、翔は、強の霊魂が来たのに気付いた。
『怨霊霊にでもなったのか』
『いや、俺は人間だからな、一応。霊獣の行く黄泉には、大露羅殿に呼ばれて行っただけだ。人間の方の黄泉に行く途中さ』
『姉ちゃんが、だいぶ文句言っているけど。強の言い分はあるのか。何なら伝えてやろうか』
『じゃあ、言っておいてくれ。婚約者はあの時生まれたばかりでね、まだ今でも15歳だからな。あっちの国でも16歳までは結婚出来ない法律だ。それに結婚に反対されたのは、俺の都合じゃなくて、真奈が明と結婚するためだ。そして舞羅が生まれてくることになっているらしかった。俺とは縁が無かったのさ』
『なるほど』
『だけど、舞羅の話は葬儀の席でこっちの親類に言われるから、黙っていろ』
『あれ、姉ちゃん迄葬式に行くのかな』
『舞羅ちゃんが行きたがっている』
『あ、そう。で、お前も行くわけか』
『そうだよ。葬式は皆、本人も出るらしいぞ。だから俺も黄泉からもどって来たんだ』
『興味深い話、ありがとう』
すると、それを聞いていたリラが、
「まあっ、真奈さん。今、強の霊魂が来てさ、真奈さんとは結婚できない運命だったらしいよ。舞羅ちゃんが生まれてくるためにね。婚約者はまだ15歳だって、あの時は生まれたばかりだったってさ」
「へえ、そう言ったの。どの辺にいる訳」
『おしゃべりが横に居たんだった』
「そこよ」
リラに居場所を教えてもらった真奈は、リラの説明はほとんど聞いていなかったのか、聴きたいことだけ聴いたのか、強の方に向って、
「赤ちゃんだったら、婚約破棄したって、どうって事なかったんじゃないの。んもう。酷い。お母さんたちの言う事ばっかり聞いて。あ、そうだ。姑との関係、最悪になりそうだったかも。結婚しなくて良かったかも」
やっと、真奈は自分で納得した。強も安心したようだ。
その時リラは思いついたことを口に出した。
「あれ、そう言えば真奈さんとこも明さんのお葬式じゃあないの。強のとこ行けるの」
「それがね、明さんの方の忍の流派の人たちが来て、明は禁じ手を使って死んだから、葬儀はしない掟だって言ったのよ。そして彼の遺体を運んで自分達の山に入ってしまったの。そこで儀式があるらしいのよ。祟りかなんかを防ぐらしいの。良く判らないけど」
「へえ、そうなんだ」
リラは変な話だとは思ったが、納得したような返事をしておいた。
翔もその話は丁度忙しくしている時で知らなかったので、『へえ、そうなんだ』と思ったが、そういう儀式で魔王との取り決め破りを、チャラにしてもらえるのか疑問だった。魔王は死んでしまったが、あのNO.2の言い様では、新しい魔王が現れそうな気がする。
だが、今から気にしていても仕方ないと思って、とりあえず忘れておこうと思った。
強が気づいて、
『お前、最近逞しくなったな。その図太さ、黄泉の皆が褒めていたぞ』
「へっ、煽てるなって。こちとら、煽てられる時はろくなことないんだ」
『お前がそう思っているだけだな。大概うまい具合に熟しているだろう。生きているのがその証拠だ』
霊魂の強に言われてしまっては、返す言葉もない翔である。
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