第9話 それから

 シンはそれから、紅琉川に戻り、住所として届けた神社の山の上に在る、昔、母龍である紅のせせらぎ姫の古い祠のあるところへ移った。

 そこには昔から行者が滝に打たれたりして、行をするための宿泊設備のある建物がある。そこに住むことにした。自分好みの家具を買い揃えた。

 そして、正式に運転免許を取りに行った。戸籍はちょっと誤魔化して作った。何を着々と準備しているのか、翔が居れば追及されるところだが、幸い何事も無く過ごせており、彼に会う事も無い。免許が手に入ると車を買った。そうこうしていたある夜、彼の所に麓に住む神主がやって来た。

「ここに勝手に住んでいるのは君かね。どういうつもりかね。不法侵入だぞ」

 いきなりドアを開けて言いつのるので、

「何を言う、ここは以前、私の母の住処だったところだ」

 最近シンは世慣れて、今風の話が出来るようになっていた。自動車教習所に通った後だから、慣れたものである。

 所で、神主さんは本当のシンの言い分とは、少し違う解釈をした。と言うのも、先代の神主の娘さんが結婚後、ノイローゼで戻って来て此処に住んでいたのだ。この家と周りの土地の名義は、彼女になっていたのも知っていた。それで、シンの言い分を聞き、誤解した。

「ああ、神木さんのお嬢さんのご子息でしたか、これは失礼しました。確か名義は彼女の物になっていたのでしたね。しかし一言、こっちにも言っておいてほしかったですね。氏子がこの家に明かりが見えると騒ぐものですから、不法侵入者と思いましたよ。そういう事でしたら、私の方から氏子たちに説明しておきますよ。お母さんの名は確か紅さんでしたね。お母さんは今、どうされているんですか。以前、病院に入院されたと聞きましたが」

 シンはテレパシーを巡らせて、

「まだ入院しています」

 と答えておいた。神主さんが帰って、調べると、本当に息子が居たが、他所で暮らしていた。こっちに戻る可能性は低いと思える。

「ここは実の所、我の物じゃが、買い戻して置いたが良かろうな。息子に言うて、買うしかあるまいな」

 シンは少し不満だったが、法律的にきちんとしておこうと思った。しかし何のために?

 翔に追及される気がしてきた。

 そんなある日、シンのスマホは、翔と真奈しか入れては居ないのだが、知らない番号から電話が来た。誰からかは判っていた。

「もしもし、本龍さん?あたし、舞羅です」

「この番号、良く判ったね。お母さんから聞いたの」

「・・・ママが居ないときに調べたの」

「ほう」

 シン、思わず、現代風のしゃべりを忘れそうになる。が、

「どうしてそんな事をしたの」

「あのね、聞きたい事があったの。本龍さん、ずっと前から舞羅の事見てなかった。見てたでしょ。あたし、分かっていたの、ずっと見てたこと。感じてたの。あたしのこと好きだって。この前会った時、あなただってすぐ分かった。あたしも好き。また会いたいの、会いに来て。直ぐに会いたいけど。来れる?パパもママも今いないの。パパは出張だし、ママは美容院に行ったの。来れる?会いに来てくれる?」

「行くよ。直ぐに」

 シンは車で舞羅の家に行った。舞羅は飛び出してきた。シンは受け止めて、家に入った。近所の目がある。

「私が見ているのが、良く判ったね。舞羅にはそういう能力があるのかな」

「そうみたい。会いたかったの。家に帰って来てからずっとよ」

「私も会いたかった。でも舞羅はまだ子供だからね。大人になっても、まだ会いたいかどうかは分からないから、あまり会わない方が良いと思う」

「ずっと好きなはずよ。大人になっても。分かるのよずっと一生好きなままよ。本龍さんは分からないの」

「シンと呼んでおくれ。お母さんは本龍と言っていたけれど、苗字は紅琉だよ、紅琉川の紅琉だよ」

「川の名前と同じなの。そういう人が居るんだ。知らなかった。それより、ねえ、誰も居ないの。あたしの部屋に来てよ」

「それは止めておこう、さあ、会ったからもう良いだろう。帰るよ、又明日も来るからね」

「もう帰るの。来たばかりよ。帰らないで」

「帰った方が良さそうだ」

「いやいや、帰らないで」

 舞羅は泣きながらすがりついてきた。振り切るのも、乱暴な扱いになりそうで、シンが困っていると、折悪しく父親の明が帰って来た。

「ただいま、舞羅。今帰ったよ。表に車があるが。内じゃあないよね」

 言いながら、リビングに入って来た明。

「貴様、何者」

 明は只ならぬ闘気をシンから感じた。

 実は明も、紅軍団である忍の枝分かれした流派の跡取りだった。なまじ心得があるため、シンが人ではない事を察した。そして状況から舞羅をたぶらかしていると誤解した。

 そしてまともに戦っても、勝てやしない事も見切った。どうすれば良いか、明の流派には究極の、最後の奥義があった。それは・・・

 明は、物凄い雄たけびを上げた。捨て身の技ともいえる。鬼の召喚である。シンは立ち去った。


 今日も翔の部署は平和だった。陽炎は捕まってムショの中だし、川田などは大あくびで、終業のチャイムを待っている。翔は、川田は今日の夜の見回りには、行かないつもりだろうかと、あきれていると、目の前に急にシンが現れた。ギョッとして周囲を見回すと、皆自分の書類仕事でうつ向いていた。翔はほっとして、小声で、

「急に現れるなよ、見ている奴がいたらどうするんだ」

「頼みがある、不味い事が起こっての、最悪な事じゃ」

「最悪って何が?」

「主の義理の兄の明だが。鬼が入った」

「何だって、契約違反じゃあないかっ」

「しっ、訳は行きながら話そう。実態がある方が良い。我が連れて行く」

 事務所を出ると首根っこをつかまれ、そのまま空を飛んで行こうとしていると、川田が、

「翔、夜の見回り係、さぼる気か」

 と追いかけてきた。

「今日は1人で行けよ。次はお前は行かなくて良いから」

「あったりまえだ」

 さっきまで川田の方が、さぼる気でいたくせに。しかし恩義は返さねばなるまい。

 その時急に空が搔き曇り、ありえないような大雨が降り出した。極み爺さん、怒りの登場のようだ。

「この雨で移動出来るのか」

「急を要するのじゃ。行くぞ」

 首根っこをつかまれ、空へ飛び出すと、物の数秒で、びしょ濡れである。

「雨合羽は用意できないのかよ」

『明は自ら鬼を召喚して戦いに利用する忍びじゃった。危険な技じゃ。あの一家が心配じゃ』

『ところで、その原因を言ってない気がするが』

『我と、舞羅が会っているのを見て、誤解しおった』

『ホントに誤解なのか。現場を押さえられたんじゃないのか』

『主、妙な物言いじゃな』

『おかしいじゃないか。舞羅の事にやけにご執心じゃあ無かったか』

『ほう、そう見えたか』

『図星じゃあないか』

『重とうなったな。雨に濡れたせいかの』

『落とすなよ。落としたら味方に付いてやらないからな』

 そうこうするうちに真奈の家に着くと、極み爺さんも到着していた。かなりのお怒りの様子である。せっかく機嫌が直りかけていたというのに、伯父不幸なシンである。

 家の中では、真奈と明が言い争っていた。

「別に隠すつもりじゃなかったの、説明する時間がないと思ったのよ。駅に行ったら全然開いた席は無かったの。あの時は翌日のイベントのせいでね。実家に行ってそこから始発の新幹線に乗りつもりだったけど。だからあなたに行った事は本当よ。翼を実家に預けて行かないと日曜だから保育園はお休みでしょ。嘘は行っていないわ。でも舞羅は始め誘われていなかったの。コネが通用しなくて、本当にオーディション受けることになって。あの子たちは舞羅を利用するつもりになったの。怒らないで、でも、オーディションを受ける前に、間に合うように連れて行けるとシンが言うから。断ったのよ、でも彼は連れて行ってくれたの。だから、もめることなく連れて帰れたの。帰るときは、舞羅はもうオーディションに興味なくなっていたから、あなたにわざわざ言って、蒸し返したくなかったのよ。その時シンに会って、舞羅は彼が気に入ったの。年頃の女の子には有りがちな事よ。一目ぼれってとこよ。あたしも子供の頃にはそんな事もあったわ。今は恋人気分でも、直ぐ気分は移って行くものなの。まだ幼いんだから。周囲が騒いでは逆効果なの。時間が経てば気が変わるのよ」

 ごもっともな真奈の説得が続く。これが人間なら、外の三人、いや一人と二龍はソロッと帰るところだが、相手には鬼が入っている。油断できない。

「うるさい、貴様。シンが何者か分って居らんようだな。あいつは人間じゃあない。俺にはすぐ分かった。化け物だ。お前たちは、たぶらかされているんだ。今度来たら始末してやる」

「いやよう、止めて。良い人よ。愛し合っているの。あたし達。邪魔しないで」

「何おっ、このバカ娘が」

 明が舞羅に暴力を振るおうとしたので、一人と二龍は慌てて、素早く止めに入った。

「貴様、又、のこのこやって来たな。只で帰れると思うなよ」

「黙れ。小鬼め」

 極み爺さんは、御神刀であっさり明を刺した。鬼の急所である。

「きゃあ、何するか。じじい」

 真奈も中々言うね、と思った翔。小鬼は地獄に帰るかと思えば、明から出たものの負傷したまま地獄に戻ろうとしない。戻れないのか?

「急所、外しましたね、伯父上」

 言いにくい事を、はっきり言うシンである。翔は、

「契約違反で、地獄に戻れなくなったんじゃないかな。兄さんには言ってなかったけど、俺ら地獄の魔王と、不可侵条約みたいなの約束したんです。俺らは地獄に行って奴らを殺さないし、奴らも地上にやって来ないって事。これを破ったとなると、向こうも立場上、この鬼は仲間から外したのかも知れませんね。でも、こっちが召喚したとなると、魔王はどう出るかな。困っちまうな」

「うむ、この鬼はどっち道、始末せねばなるまい。シン、主が急所をきっちりやればよかろう。わしは遠慮するぞ。元々、主の不始末から始まった事じゃ」

「それでは、仰せに従い、私めが始末しましょうぞ」

 ふて腐れながら、シンが御神刀を、構えると、

「ちょっと待った、この鬼は我ら一族と契約した、使い鬼なんだ。こいつを殺すと、もう究極の奥義が出来なくなる」

 翔は呆れて、

「このご時世、そんな奥義は危険だし、使う機会も無いでしょう。生かしていれば、ミスミス今日のような間違いが起きてしまいますよ」

「間違いだと、今日、俺が帰ったら、こいつは舞羅を抱いて、舞羅は泣いていて、今にも、えっと、とにかく此れは止めねばと思ったんだぞ」

「それが間違いだって言っているのよ。紅琉さんが帰るって言うから、舞羅は泣いて止めてただけ」

 舞羅が状況を言うと、

「泣いて帰るのを止めてただけ、だと。お前はいつの間にそんな、はしたない娘になったんだ」

「はしたないってどういう事」

 舞羅が聞くと、真奈は明に、

「だから誤解なんだってば。まだ子供なんだから、大人が考えるようなこと、想像するんじゃないの。年頃の子には有りがちな事よ」

 と言っている。

 シンは誤解では無かったのでは、と思ったが、ここは黙っておいた方が終了しやすいと思った。

「シン、さっさとやってしまえ」

 極み爺さんも、言っている事だしと、シンは素早く小鬼を殺した。

「わあっ」

 なぜか明も叫んで倒れた。

「あなた、どうしたの。しっかりして」

 翔も明の状態を見てみると、

「気を失っているな。昏睡状態と言ってもいい。大丈夫かな」

 シンも明の様子を見て、

「この鬼と、強く結びついていたようだな。おそらく修行と称して、何度もこの鬼を召喚していたのだろう。どうなる事か我にも分らぬ。伯父上どう思われますか」

「さあな、なる様にしかならぬ。こういう技は、歴史的に統一されて一つの国になってからは、御法度となっていた筈じゃ。それが今日まで奥義として残っておるとは、この一派の責任じゃ。とうの昔から禁じられた技じゃからな。法を破って居った報いとしか言えぬ」

 翔は、

「そんな、危ない奴とは見えなかったのにな。姉ちゃん、そういう事だから、気が付いても、廃人になっている可能性があるぞ。聞いたろ、法律違反だそうだからな。仕方ないな」

「翔は知らなかったでしょうけど、結婚してみたら、少し危ない感じの人だと分かったの。実家で、時々こぼしていたんだけどね。救急車呼ぼうかしら。病院に行けば何か病名が付きそうね」

 そう言って真奈は救急車を呼んだ。

 この時は誰も気付いては居なかったのだが、舞羅の能力は、レディー・ナイラが魔王から隠そうとしていた物だった。

 魔王が以前から探し、狙っていた、愛と希望を辺りに振りまく能力である。魔王は愛と希望の所を、自分たちの好む、恐怖と争い、疑いと殺戮の気分に置き換えて辺りに振りまく計画だった。

 その能力は舞羅が持っている事を、死んだ鬼を通して、とうとう魔王に知られてしまったのだった。

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