第8話 出会い2
真奈はシンに腕を捕まえられ、何するのよと言う間も無く気が付いたら、豊川市場らしき所にいた。びっくり仰天して辺りを見回すと、トラックの運転席にいたお兄さんも、こっちを見てびっくり仰天していた。おそらく真奈らが、急に現れたのを見たのだろう。
シンは気が付いて彼を眠らせていた様に見えた。人睨みで眠ったようだ。真奈はこいつただ者では無いなと感じた。やはり龍神と言うのは本当らしい。何だか空恐ろしくなったが、舞羅を取り戻すためには、彼の助けを借りるしかない。ここは割り切るしかないと思った。母は強しと言える。
「食堂は何処かしら。さっさと食べて戻らないと。あの子達、何時出かけるか分からないし」
「七時半ごろと言っておったのう」
「何でも知っているのね。とにかく話もあるから、さっさと食べて戻るのよ」
「承知した。何なりと仰せのままにしようぞ」
真奈も内心、市場を見物したい気はしたが、今日はそれ所ではないと心を決め、目に入った店に入ると、しかし一応、お勧めの海鮮丼を頼んだ。シンも同じものを食べ、おそらく食べ足りないように見えたが、直ぐに戻る事には同意してくれた。
戻ると時間は六時半になっていた。七時半に出るなら、もうおきているはずだ。
「行って来るわ」
「我は行かずとも良いかな」
「行ったとして、あなたは何をするわけ」
「舞羅の説得の加勢しかあるまい」
「どんな説得?」
「オーディションは、受けさせないのであろう」
真奈は先ほどシンが、トラック運転手を眠らせた事について、考えた。
「じゃ、付いて来て」
「承知ぞ」
真奈は、岡重家の八階三号室の前まで行くとシンに、
「あなた、ひょっとして舞羅が嫌がったら、帰る気にさせてくれる超能力があるんでしょ」
「無理に連れ帰っても後が困るぞ。説得の加勢じゃ」
「そうよね、分かったわ」
真奈は深呼吸をして、チャイムを鳴らした。
岡重璃々の母親が出てきた。
「まあ。もう来られたんですか」
「驚かれましたか。でしょうねえ。新幹線が満席だから、早くても例のグループのコンサート開演時間が過ぎる時間までは、来れないと思いましたかねえ。ちょっとお邪魔します。うちの子は親に黙って来ているんです。連れて帰りますので」
「そうですか、あら、後ろの方は」
「遠縁の、本龍さんです。彼に連れて来てもらいましたの」
真奈は岡重家にずかずか上がり、
「舞羅帰るのよ」
と叫ぶ。シンは彼女の紹介ぶりに苦笑しながら、
「お邪魔します」
と、卒なく上がり込んだ。真奈は舞羅の相手で忙しくしていたので気付かなかったが、後ろでは興味深い事が起こっていた。
璃々の母親は、シンにぽおっとなっていた。シンとしては最近新しい技を開発していた。早い話が、女性惚れさせ技と言える。シンは彼女がぽおっとなった所で、
「舞羅を利用しないで下さいね。田辺家では、娘のデビューは学校を出てからの予定ですから」
と言った。すると、ぽおっとなったまま、
「はい、そうですか。分かりました。うちの子もそうさせますわ。舞羅ちゃんが居なけりゃどうせ合格しないんだし」
それを聞いた、璃々は、
「ママ酷い。知らない人にそんな事教えるなんて」
その会話を聞いてショックを受けたような舞羅に、真奈は、
「聞いたでしょ、二人はだいぶ前からオーディションを受ける計画だったの、だけど親のコネが効かないのが判って、あなたを誘ったのよ。帰りましょ」
そう言って舞羅を連れて玄関へ向かった。シンを見て何故か衝撃を受ける舞羅。
「しまった」
何故か困ったようなシン。
真奈はちょっと首を傾げ、シンってよく見ると随分ハンサムねえと思ったが、気にせず、
「帰りは新幹線にしようかしら。舞羅が居ることだし」
シンに言うと、舞羅は
「あたし本龍さんの車で帰りたいわ。ママばっか乗ってずるい」
何がどう、ずるいのか不明である。
シンは皆が苗字を誤解しているのが可笑しくて、にっこりすると、なぜか真奈を除く四人全員がぽおっとなったのに気付いた。
『この技は封印した方が良いようじゃな』
と思って止めようとするが、何故か止め方がすっきりしない。
『止め方が判らぬのう。しまった。妖気垂れ流しじゃ。枯れるまで待つしかないかの』
舞羅は、
「おじ様の車で帰るっ」
と、シンにすり寄って来た。
「あたしたちも、乗せてえ」
お友達二人も同様である。
シンはすかさず、
「あ。悪いが今からおじさんは用事があってね、お母さんと帰りなさい。ではお邪魔しました」
と言って立ち去った。シンは舞羅が自分の術にかかったと思っていた。しかし子孫にこの術はかからないのだ。シンもそのことは承知していたのだが、舞羅はまだ幼いので彼女の様子から、術が掛かったと思い慌てて立ち去っていた。
だが、舞羅の理由は少し違っていた。彼女は以前から、誰かが見ているのをいつも感じていた。勘の鋭いのも、受け継いでいた能力だ。見られている気がして時々辺りを見回すが、分からない。誰かが見ている。しかも自分に好意を持っている男の人と、感じていた。好意を持っている人の視線はいつも、男の子たちに注目されていて、判っていた。
そしてさっきシンを見て、あの視線は彼だったと確信したのだ。そして見つめ合った時、恋に落ちた。恋っていうものは、今までは歌詞の中に出て来る言葉でしかなかった、舞羅だった。
そして今日、これが恋に落ちると言う事だと悟ったのだった。
真奈は随分素直に帰る事を承知した舞羅が、腑に落ちなかった。ぐずって欲しいわけではないが、引っかかるものを感じていた。
帰りの新幹線に乗り、しばらくすると舞羅は、
「ねえ、あの本龍シンって言う人、遠縁って言ったけど、舞羅は初めて見る人よ。今までどこにいたの」
「さあねえ、最近翔叔父さんと、付き合いが有るみたいよ。家もあたし達の家の近くに在るそうよ。だから駅であなた達が西京に行くところを見かけて、翔叔父さんに連絡して、翔叔父さんからママに連絡が来て分かったのよ。あんまり翔叔父さんをママが煩わすものだから、しまいには叔父さん、ママに本龍さんに直接話せって、電話番号教えられちゃったよ、アハハ」
「ママ、あの人の電話番号知っているんだ」
舞羅はそう言って黙り込んだ。そこで、真奈は急に、ある可能性を感じた。
「舞羅、あなたほんとにあの人に会うの初めて?」
「会うのは今日が初めて」
「あ、そう」
とは、言ってみても、母の勘は鋭い。『この子。あの人、じゃなかった、あの龍が好きみたい。何時からかしら。さっき会った時?それであっさり帰る気になったんだわ。それで納得だわ』と思った。
真奈は、『この事の方が、もっと不味いのではないかしら』と思い至った。
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