第7話 出会い1
翔の姪、姉真奈と明の娘である田辺舞羅は、今日も親友二人と将来の計画に、余念がない。
父親にも反対されたが彼が
「中学、高校は家から通うんだ」
と言ったのを聞き逃しては居なかった。
舞羅は、だったら西亰に引っ越せばいいんだと思った。パパはひと月に何度も西亰に出張していたし、年の離れた弟はまだ二歳、ママの仕事はパートの事務員だ。引っ越せるんじゃない?世界は舞羅を中心に回っているような心持だ。実際そうかもしれない。舞羅は気付いているだろうか。
岡重璃々の家は金持ちだった。大手岡重グループの中の会社の一つ岡重建設の重役の娘だ。西亰にもマンションを持っていて、娘を育てる目的だけで、紅琉川湖畔に大きな一軒家を建てていた。しかし中学からは西亰に住む予定だ。タレント希望でも、歌手希望でもOKの家である。
大河未由の方はそれほど裕福では無いが、地元有力者の家柄である。彼女の望みは、何でも叶えられる状態である。
放課後、三人は紅琉川下流にある、河川敷の公園に集まった。
璃々は、
「大ニュースよ、あたしんちの伯父さんがスポンサーのプロダクションが、新しい歌手を売り出すつもりなんだって、オーディションが、今度の日曜に有るの。昨日家に来てその話をしていたから、あたし達の事を言ったの。そしたらあたし達もオーディション受けて良いって。でも受けさせてくれるだけだって言われた。こういう事、伝手は聞かないの。実力がないと、デビューしても恥をかくだけだって言われたわ。だけどあたし達、実力あるもんね。タレント養成校の先生にも、ほめられたじゃない」
「わあ、チャンスよ。ひょっとしたら、来年からデビューかもしれない。日曜日行けるでしょ舞羅」
未由は有頂天に喜んだ。
「日曜の朝からよ。土曜に西京に泊らないと間に合わないよ。舞羅行ける?」
二人とも、舞羅の親が反対しているのは知らされていた。舞羅次第なのである。
実の所、歌って踊れるのは舞羅である。二人は歌う時はじっとしていないと、うまく歌えない。踊るときは踊るだけしか出来ない。今のところは。しかし二人は練習すれば、じきに出来るようになると思っている。
オーディションは舞羅が居ないと、始めから無理な話である。
「うん、パパとママを説得して、必ず行くから、応募しといてね。璃々」
そう言うしかないと思った舞羅である。
「うふ、もう応募しちゃってるの。あしたの土曜の学校が終わったら、ママが学校まで迎えに来ることになっているの。紅琉川駅から新幹線に乗るのよ。舞羅の学校にあたし達を乗せた後行くから、舞羅は校門で待っていてね」
そう言う事になり、あすの準備のため早々に解散の、金曜の放課後であった。
紅琉川に昔、母と住んでいたように、龍神の結界の中に住み、辺りを見回して暮らし始めた紅の新しきせせらぎの尊ことシン。鬼の気配は無くなった現在、自分の子孫達の幸せの気配を感じ満足の日々であった。
シンは千年近く北極の氷に浸かっていた為、紅琉川付近の様変わりに、最初に戻った時は驚いたものだったが、今では大体の人の暮らし方が判っていた。
紅琉川に戻って直ぐ、シンは翔の姉が近くにいるのが判った。時々様子を見ていた。舞羅を見て、可愛いので気に入って特に良く眺めていた。
舞羅の歌や踊りを見て、
「なかなか上手じゃ。芸能界と言うものに向いておるのう、『デビュー前からのファンでした』と有名になった時は言ってみようぞ」
などと呑気に独り言つのだった。
しかし、舞羅の仲良しの子をよく見ると、何と夕霧の敵達の子孫だ。時代は変わったのだと思って、感慨にふける日々だった。
ところが、先日の真奈や明の騒ぎによって気が付いた。舞羅は良く育っているが、まだ子供であった。
「困った事よの」
一人、真奈達に同情するシンである。シンが困ったところで、何の影響も無いのだが、段々舞羅に注意が向いてくる。以前のパターンになりつつある。
そんな時、もっと困った事になりつつあるのが判った。
『母上は以前、人間にかかわるなと言われたのう。だがご自分もかかわって居った事だし、父上も我と同じことをしておったの。翔の姪でもあるし、かかわるしかない様じゃ』
そう自分に言い聞かせ、翔に連絡することにしたシンである。以前はホテルに居た、どこぞの男のスマホを借りたが、今回は自分のスマホを手に入れようと思うシン。理由は何故か思い至らない。
住所は神社にし、銀行で通帳を作った。お金は、実はレディー・ナイラがくれていた。伯父上に例のオークション落札の為に渡していたお金であり、彼にやったお金だったから、シンへの遺産だと言っていた。伯父上が手に入れていた、ボディーガードの給料も多少ある。合わせて人が普通に暮らして、一生を送れるのではないか、と思える金額だった。
シンはスマホを買った後、気が付くと舞羅は璃々の母親の車に居た。西京に向うため、紅琉川駅に向かっていた。
知らない番号からかかって来たが、仕事柄、出ることにしている翔である。スマホを手に取った。
「翔か、これは我の番号じゃ。登録じゃぞ」
「はいはい、テレパシーは今風じゃ無いってか」
「まあな、それより大事な話がある。主の姉の子に。舞羅と言う名の娘が居ろう」
「居るけど、どうした」
「今、親に黙って西亰に行きおるところじゃ。姉上に知らせるが好かろう。オーデションを受けるつもりの様じゃが、姉上たちは反対して居る。岡重璃々の親の車に乗って居る。じき西京行の新幹線にのるぞ。遠い親類のシンが知らせて来たと言っておけ。誰から聞いたかと、どうせ訊ねられようからの。遠縁のシンじゃぞ。必ず言えよ。さらばじゃ」
言いたい事を言って、さっさと電話を切ったシンに呆れる翔である。
「どういう事」
内容を、反芻して、これは真奈に言っておくべきと判断し、直ぐに電話してみた。シンが言う通りに遠い親類のシンから聞いたと言ってやった。
「何ですって、あの子ったらもう、言う事聞かないんだから。でもそのシンって人、どうしてそれが判ったの」
「知らないよ、さっき電話して来たんだ。たしか、姉ちゃんちの近所に住んでいるみたいだから、見かけていたんじゃない。俺ら特徴のある顔だろ。舞羅にしても、駅ででもさっき見かけたんじゃないの。知らないけど。多分新幹線にもう乗ったと思うよ。追いかけなきゃね。オーディション受けさせたくないんだろ」
「そうなのよ、とにかくありがとう。知らせてくれて。その、シンって人には、日を改めてお礼するから、住所とかちゃんと聞いててよね。じゃあね」
真奈への電話が終わると、またシンからかかって来た。
「真奈が、礼を言っていた。何処に住んでいるか聞かれたぞ」
「紅琉川と言っておったろうが。それより我が調べたところ、岡重は西京にマンションをもっておる。おそらく今日はそこに泊り、明日、朝から、岡重グループの息のかかったプロダクションの、オーディションを受ける。名は〈OKプロ〉じゃ。姉上に伝えておけ。さらばじゃ」
翔は、真奈が又、それがどうして分ったと聞くだろうと思ったが、どうせ緊急事態なんだし、言っておけば助かるだろうから、伝えて直ぐ切るつもりで電話した。
「姉ちゃん、次の情報だ」
言うだけ言って電話を切った翔。
「知らねえから。今度シンが又電話してきたら、姉ちゃんの番号教えてやろう。自分で説明しろってんだ。昼休みが電話連絡で潰れたな。だけど舞羅、前は親に逆らう子じゃなかったのにな。岡重。欠片の入っていた奴の中に、同じ名があったんじゃあないか。まさかね」
思い出した翔、こっちからかけたくは無かったが、シンに連絡することにした。真奈の番号も、教えてやろう。
「何ようかな」
「シン、この岡重は欠片の入った奴の親類じゃあないか」
「そうよ、主も覚えがよいの。この一家には入っておらなんだが、それがどうした」
「何か問題は無いのかこの一家に」
「無い。今の所はな」
「今の所とはどういう意味だよ」
「意味は、い、ま、の、と、こ、ろ、しかないのう。主の姪の友達の苗字というだけじゃ」
「そうか、判った。それと真奈の電話番号を言っておく」
「なにゆえ」
「用が有ったら直接かけろよ」
「面識も無いのに、非常識であろうな。聞きとうない」
切れてしまった。ま、無理もない。この思い付きは却下されても仕方ないか。しかし、翔は、別に事件でもないのに、シンの動きが不思議で気になるところである。
真奈は翔から知らせを受け、慌てて西京行の新幹線の切符を買おうとした。しかし、今日の土曜日は満席で取れなかった。日曜に開かれる、外国から来ている人気グループのコンサート目当ての客が多い為、西京行は指定席のみで運行していた。そう言えばそんなニュースがあったのを思いだし、運の悪さを感じた。
しかし、と言う事は岡重さんは、何時切符を予約したのだろうか。だいぶ前だろう。考えただけで気分が悪くなる真奈だった。
仕方なく日曜の始発で行く事にした。車で高速を夜に走る自信は無かった。昼間でも行ったことが無いんだし。明に付いて来てもらうのも、止めておくべきだろう。明は、舞羅の事となると、感情的になる事がある。あちらのお宅で、みっともない騒ぎになる事は避けたい。
真奈は明に実家に用があると伝えて、2歳の息子を連れて実家に泊り、息子を母親に預けて、そこから、始発に乗る事にした。実家の近くの駅からなら、時間的にも余裕があるし、翔が家に居たらシンと言う人の事も聞きたい。
翔が夜遅く帰ってみると、真奈が待ち構えていた。ここから明日の始発で行く気だ。二歳の翼がいるのだから、こうなるのも予想できたはずだった。
「お帰り、待っていたのよ。翔、ちょっと、シンて人の事だけど、なんで舞羅の行動に詳しいわけ、ちょっと気になっちゃって。説明してよ」
「今頃言われてもね。明日早いんだろ、寝てればよかったのに」
「どうせ今晩眠れそうもないわ。知ってた?新幹線は明日のイベントのコンサートで満席なの。切符は相当前じゃないと買えないのよ。あの子があたし達に内緒で、随分前から黙って計画していたのかと思ったら情けなくてね。ところでシンって人どうして知っていた訳」
「知らないよ、真奈に電話したのは、シンからの連絡の直ぐ後だよ。感触としては彼も直ぐ俺に行ってきた感じだった。言ったろ偶然と違うか」
「でも、リラちゃんに言わせると、彼、超能力があるって言ってたよ」
「リラに聞いてんのかよ。だったらそういう事で寝てくれよ。もう日付変わるよ、5時ぐらいに起きなきゃならないんじゃない」
「でも、どうして、シンて人は・・」
「だったら、電話番号教えるから、本人にいや、本龍だった。本龍に聞いてみろ。言っておくが、奴は暇だから、夜中に電話したって構わないよ。ほらこの番号だ」
「あ、これね。あんた、ほんりゅうってどういう意味」
「奴は龍神だ。紅琉川生まれのね。昔話で有名なんだってね」
「あんた、頭おかしくなってない」
「全然。リラから、この説明は無かったようだね。まあ無理もない。姉ちゃんには言ってなかったけど、俺やリラは、奴に付き合って、色々あったんだ。もうおそいから、風呂入って寝たい。電話して本龍にあとは聞いてよ。奴は暇だろうから。あ、俺の勘では暇に任せて舞羅の観察をしていたのかもな、そして親に教えなけきゃ不味いことに気が付いたんだよ。きっと。俺の予想だからね。本龍に聞くのが一番はっきりするよ。ふああ、眠いから、もういいかな」
真奈は納得できなかった。彼の名は、本龍シンかしら、きっとそうだわ。あたしをからかっているんだ。でも、ひょっとしたら、リラちゃんが言っていたように、超能力で判ったのかもしれない。どうせ気になって寝られないんだし、と、リラは思い切って電話した。
「もしもし、本龍シンさんの電話ですか」
「ふっ。そうとも、そうでないともいえる。我の本当の名は、紅の新しきせせらぎの尊じゃ。昔話でも有名らしいのう。主の聞きたいことは、大体翔の言ったことでつきるのう。暇に任せて舞羅を見て居ったら、昨日あの岡重の娘に誘われたのじゃ。岡重は主の予想通り、ひと月前から考えて居った。しかし、舞羅が居らねば、オーディションに合格できそうもないと思い、昨日仕方なく誘ったのよ。舞羅の横に立てば、自分らがかすんでしまう事は判って居るが、合格して〈OKプロ〉に入りとうて、舞羅を誘ったのじゃ、舞羅は主が連れ帰るじゃろうと思っておる。つまり利用されておるのう。かわいそうじゃから、さっさと連れ帰るが良かろう。利用されたと知るのも、心に傷がつく。主が良ければじゃが、オーディションの前に連れ帰ることも出来るぞ。我が間に合うように、主を西京に連れていけるぞ、いやなら止めておくが」
「それ、どうやって行く事ですか」
あまりの事に真奈は腰が抜けそうになったが、舞羅が利用されているのも悔しくなり、一応聞いてみた。
「空を翔けるのよ。我に乗ってな」
「やっぱりね、無理そうなので遠慮します」
「そうであろうな」
今、翔と話したことを知っているので、超能力は在るようなのは判った。だが龍神と言うのが信じられない真奈である。龍に乗って空を翔けるのも、どこかで聞いた話であり、きっとからかわれているのだと思って、明日は早いし、と思い布団に入った。
すると、龍に乗って空を翔ける夢を見た。内心、あたしのバックはと思ったが、帰りも乗るつもりで、無くても良いかと考えて眠った。
朝、布団からおきるつもりで目を覚ますと、知らない場所にバックを持って立っていた。まだ、早朝のようだ。目を瞬かせると、横に知らない男が立っている。しかし知らないようでいて、どこか懐かしい気もする。
「あら、あなたは」
「我がシンじゃ」
「じゃあ、遠慮したのに龍の背に乗ってたのは、夢じゃなかったのね」
「それは夢じゃ。現実は龍の上に乗るのは危険じゃ。あれは冗談ぞよ。まだ眠っているうちに主を運んだ。着替えも支度も自分でしておったが、眠りながらで、覚えていない様じゃな」
真奈は一応バックの中の鏡を出してみた。
「あら、ほんとだ。顔を洗って化粧してる」
ほっとして、シンに聞いた。
「岡重さんちも、判っているんでしょうね」
シンは、横のマンションを示し
「八階の三号室」
と教えた。
「じゃあ、連れ戻してくる」
行こうとした真奈を、
「まだ五時半じゃ」
と忠告するシンである。
「早すぎるかしら」
「朝餉の後にしようぞ」
「こんなに早く何処が開いているの」
「ほれ、何とか言う有名な魚市場が有ろう」
「豊川市場ね。あなた、やけに世事に長けているけど、本当は人間と違うの。観光で朝市に行くつもりじゃない」
「観光ではないぞよ。舞羅の迎えが目的じゃ。どうせ主も朝餉が必要であろうが」
何だか、この二人もおかしなコンビの様である。
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