第6話 愛と希望を振りまく者
地獄の魔王らしき者が言った事は誰も信用はしていなかったが、ひとまず一件落着となり、葬式も終わった事だし、翔は家に帰ろうとしていた。
シンは刺された翌日ほとんど傷は完治していて、これからは紅琉川に住むと言って先に帰っていた。
問題は、リラはどうするのかと言う事だ。一時期二人は良い感じの時もあったが、翔の勘では、最近の翔の暴走で熱が冷めたようである。
結果良ければ全て良し、と言う無責任っぽい状態ではあるが、翔は後悔も反省もする気はない。翔のやった事は正解だったと思っていた。シンが必死で止めた事は、シンにとっては無理も無いが、翔としては同調出来なかった。それがリラには不満なのだろう。分かっていた。帰り支度が終わって、翔はリラのご両親に、
「それじゃあ、帰りますんで、休暇も終わった事ですから、これ以上は此処に居られないんです。失礼します」
「リラは行かないのかしら」
「どうやら、破局っぽいです。俺に口きかないので。じゃ、飛行機の時間が有りますから、お世話になりました」
外に出て、気が付き
「飛行場迄どうやって行こうかな」
と、呟く翔。ケインとアンリは学校に行っている。
呑気なのか、足りないのか。翔は自分では判断できかねる。
「送ってやろうか」
後ろから、リラがやっと話しかけた。
「そうしてくれる?こっちから先に頼むべきだったな」
振り返ると、リラの分の荷物も持って来ている。
「付いて来る気なんだ」
「シンの様子を見に行くの」
翔は内心、シンの第二の恋人になる気かなと思った。健闘を祈るが、シンも選ぶ権利はあるだろう。いやまて、シンも時々リラに好意的な態度をとっていたのだった。それを思い出した翔である。
皆、達成感と言うか、終わった感があり、それぞれ、普段の生活を取り戻そうとしているようだが、話はさらに続く予定である。
此処は翔の上の姉、田辺真奈と夫の明の家だ。先日の父親の従兄弟発見パーティーには来ていなかったのだが、彼らには小六の舞羅と言う女の子が居た。あの日は丁度中学受験の模試の日で翔や強烈兄弟とは会っていなかった。
彼らが舞羅に会って居れば、驚いたはずである。何に驚くかと言うと、明や、真奈は気が付かないようだが、はっきり言って、レディー・ナイラの愛と希望を辺りに振りまく能力が、何代か飛び越して、強く出ていた。
小6とは思えない美貌と良く育った、スタイル。舞羅本人もそれについては良く自覚していて、私立名門中学に願書を出してはいたものの、行く気は無かった。親友二人に誘われて、この秋タレント養成所に通う事にしていた。塾に行くように見せかけ、実は歌と踊りに明け暮れるつもりだ。
親には反対されそうで黙っていたが、何せ子供ですから、ついつい部屋で歌ったり踊ったり練習してしまっていた。
タンたらタンたら、ドスドス踊っていると、嫌でも気が付く真奈である。夕食の時間になり、タンたら部屋から出て来て席に着く舞羅、
「やけにご機嫌じゃないの、そういえば一昨日、塾で模試の結果くれたんじゃあないの。平坂さんのお母さんが言っていたわよ、あちらの坊ちゃんは危ないってこぼしていたわ、舞羅はどうだったの。ご機嫌だから良かったんでしょうね、ママにも見せて頂戴」
「あ、塾に置いたままだった」
「そう、で、どうだったの」
「忘れちゃった」
「やけに忘れっぽいわね、判っているんでしょ大体のところぐらいは、合格確実がAで、多分合格がB、頑張れがCで、頑張っても良いけど他も受けてがDで、受けずにランクを下げてがEだったでしょ、確か」
「勝負は時の運だって、先生が言っていたわよ」
「そう、でも準備も大切よ。どのランクだったかぐらい覚えているでしょ」
舞羅は隠し通せないと、観念した。
「覚えてられないのよ、だって受けてないんだもん」
「何ですって、じゃあ、あの日は何していたの、いっしょにおばあちゃんとこ来ればよかったのに、御馳走がたくさんだったのよ」
「お友達と約束があったの」
「何処のお友達」
「川西小学校に行った子達よ」
実は近所に団地が出来て、児童が多くなり、舞羅の小学校は昨年二つに分かれていた。紅琉小学校と、川西小学校である。
「そうなの、で、お名前は」
「大河未由ちゃんと岡重璃々ちゃんよ。あたしたち、本当は別れたくなかったの」
「そりゃそうでしょうよ、でもね、夏休みだったんだから、わざわざ模試の日に約束しないで、別の日に出来なかったの」
「未由は別荘に行くし、璃々は家族で海外旅行だって。だからあの日しかなかったの」
真奈はため息交じりに、
「今度からは、ちゃんと行先とか、本当の事言ってよ、嘘とかつかないでね。ママ、受験の事強く言い過ぎたかしら。ひょっとしてその子達と同じ学校が良いの」
「そうなのよ、行って良い?同じ所に」
「川西中の事」
そこは次の高校や大学に行くとき、少し不利になりそうだが、真奈は決断した。そこに行っても、舞羅なら何とかなるのではないだろうか。今はお友達が大切な時期なのだろう。だが、舞羅は、
「西亰の中高一貫芸能校なの」
「何、どういう事」
驚愕の真奈、
「あたし、アイドルになる。皆なれるって言ってくれているのよ。中学生になったらオーデション受けるの、だから今から練習もしたいわ、未由と璃々はタレント養成所に通うって、あたしも行きたいわ、誘われているのよ、三人でデビューするの」
真奈はがっくりした。
「やめてよ。そんな、大それた事言わないで。そういう事、皆から反対される。あんたは知らないでしょうけど、あたしが言わなかったんだけど、うちは普通の家柄じゃないのよ。すっごくお堅い家柄。忍びの末裔でね。忍びは忍んで暮らさなきゃいけないの。目立つのはダブーよ。本家から絶対止められるよ。これはママのせいじゃないから」
「なによそれ、訳わかんない。うちは本家じゃないんなら良いでしょ。別に、どうしていけないの」
「とにかく、全国放送でテレビに出たりとか、止められるって」
「みんなと約束したのよ。約束は破れないわ。パパも約束を破るなって言っているし」
「何の約束か言ってないでしょ。パパが帰ってきたら言ってみなさいよ。なんて答えるか」
と言う事になり、パパの帰りを待ち焦がれる舞羅である。パパとしてはめったに無い事だ。
幸いいつもより早目の帰宅だった明、玄関でお出迎えの娘に少し驚く。
「おや、珍しいな。何のおねだりかな」
「もおう、そんなんじゃないよ。あのね、パパはお友達との約束とか破っちゃいけないって言っているでしょ、いつも」
「うん、しかし約束によるね。始めから出来ないと分かっている事は、約束しては駄目だけどね」
「ほら、ごらんなさい」
「出来なくなんかないもん。きっと受かるって、きっとなれるって思うもん」
「どういう事かな。パパにわかる様に始めから言ってごらん」
「あのね、中学生になったら、川西小に行った未由ちゃんや璃々ちゃんと同じ学校に行きたいの。西亰の中高一貫の芸能校よ。そして三人でオーデションを受けて歌手デビューよ。きっと出来ると思うの。みんなも言っているんだから」
「それ、三人で約束したのか」
どんより聞くパパ。舞羅はその先のパパが言い出す内容は察した。
「お願いパパ。約束したの」
「あのね、舞羅。そういう大事な約束は親に聞いてからしなさい。でないと、約束を破ることになり、お友達の信用を無くす事になりかねない。今度からはね。そして、その約束についてだが、パパとしては、絶対に反対だね。中学、高校は家から通うんだ。何処を受けるにしてもな。これでこの話はお終いだ。今回の約束は破るしかない。以上だ」
けんもほろろなパパの言い草だ。ところで理由はママとは全く違う所にあった。パパとしては西亰の学校と言うのが一番の問題点であった。娘を中学から手放すことは論外であった。言い換えると、家から通うのであれば、歌手になろうが、絵描きになろうが、はたまたスポーツのプロ選手になろうが、構わないと思っていた。ここは考えどころの、舞羅である。
交渉の余地がある事に気付くだろうか。
「どうして、どうして。歌手になる」
「だめだ、あきらめろ」
「ほうら、ごらん」
しばらく、これを繰り返して今日の所は、舞羅の大泣きで終わった。
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