第4話 クールで美人でアホな黒髪の先輩と勘違い

八蜜はちみつさんは実家に帰らなくていいんですか?」

「えぇ。私の家は特殊というか、あまり家族仲がよくないのよ」

 そんな言葉すら怪しく聞こえてしまう。



 それは余談として。

 実家から帰ってきて早くも十日が過ぎようとしていた——。

 もしも八蜜さんが、本当に俺を裏切っているとしたら……そう思うとついつい怖気おじけついてしまい、いまだ訊けていない次第である。

 でも恋人同士のスキンシップは欠かさず行っていますテヘペロ!

大希たいきくん。少し話があるのだけれど」

 鴨がネギを担いでやってきた。

 まさか八蜜さんのほうから打ち明けてくれるとは……。

「なんでしょう……?」

「大希くん。私になにか隠していない……?」

「へ……?」

 隠していると言えば隠しているが、どちらかと言えばそれは八蜜さんのほうなのでは……?

「最近の大希くん、考え事してることが多いもの。なにか悩んでいるなら、正直に話してほしいわ」

「……」

 八蜜さんの言葉が優しすぎて、八蜜さんの気持ちを疑っているとは言えなかった。

「他に好きなができたとか、私の体に飽きたとか……そういう悩み?」

「いえ違います」

「も、もしかして私が強引なのが好きと言ったから合わせてるだけで、実は大希くんも強引にされるほうが好きだった……!?」

「それはそれでアリですが、そういうことでもないです」

「そ、そう……アリではあるのね……」

 八蜜さんのような美人にののしられたり無理やりされたりといったプレイには興味があ……いやそうじゃなくて。

「悩みがある……というのは、私の勘違いではないのね?」

「まぁ……はい」

「私に関係していること?」

「……はい」

 そう——八蜜さんは静かに言って、俺の隣に正座した。

「大希くんには、伝えていないことがあるの……」

「え……?」

 珍しく真面目な表情の八蜜さん。

「私はこれからそれをあなたに素直に伝えます。だから大希くんも、悩んでいることを素直に教えてください」

「は、はいっ……」

 八蜜さんにならって正座をし、八蜜さんの言葉に耳を傾ける。

 八蜜さんが俺に伝えていなかったこと……?

 それってやっぱり……。

「あれは五年前のことだったわ……」

 なんか回想が始まった。


      ***


 五年前——。

 当時高校二年生だった八蜜はちみつは、だれに対しても刺々しい態度をとるツンツン少女だった。

 相手が上級生だろうと教師だろうと気に食わなければ言葉で罵倒し、気づけば八蜜に話しかけてくる者はいなくなっていた。

 そんなある日のことである。

「せーんぱいっ!」

 見慣れぬ男子生徒が親しげに話しかけてきたのだ。

 これから下校しようという時間である。

「話しかけないでくれる?耳が腐ったらどうしてくれるの?」

「腐りませんよー。先輩の耳、すっごく綺麗ですし」

「女性の耳が好きなんて変態ね。将来ニュースに取り上げられるのを楽しみにしているわ」

「別に耳フェチというわけじゃないんですけど。んまぁ先輩の耳ならぺろぺろしてもいいかもですねー」

「本格的に気持ち悪いわねあなた……小学生からやり直したら?」

「いやぁ、もう一度やり直すのは勘弁です」


      ***


 俺は八蜜さんの回想にストップをかけた。

「どうしたの?」

「その回想って結構長いですか?」

「まぁそうね。五年分はあるかしら」

「長すぎぃぃぃっ!?」

 一日じゃ語り尽くせないやつやん。

「結論だけ教えてほしいんですけど……その男子生徒と俺と、どういう関係があるんですか……?」

「関係もなにも、その男子生徒というのはあなたのことよ?」

「え……?」

「え……?」

 互いに口をあけポカンとする。

「紆余曲折を経て私はあなたのことが好きになって、五年もストーキング……いえ追っかけをしていたのだけど……?」

 五年も!?それはなかなか筋金入り……いやそれよりも……。

「その男子生徒、俺じゃないと思いますけど……」

「え……?」

「だって八蜜さんが高二のときって俺、まだ中三ですし……同じ学校にいるはずないじゃないですか」

「え……?」

 今日の八蜜さんは「え?」が多い。

 記憶の中の男子生徒と俺を合致させて、五年も経った今その謎に行き届いたのだろう。

「そもそも俺、そんな会話したことないですし……」

「ちょ……ちょっと待って。じゃあ私は、別の人を五年も追っていたと……?」

「そうなりますね……」

 高校生と中学生をどこでどう間違えたのかは謎だが……そういうことになる。

「というか俺をストーキングしていたなら、中学生と知った時点で気付くべきでは……?」

 知る機会はいくらでもあったはず……。

「こ、恋は盲目なのよ……」

 盲目のレベルが違いすぎる。

「ちなみに、その男子生徒とはその後話してないんですか?」

 問題はそこだ。

 俺をストーキングしていたとしても、件の男子生徒と会話ないし顔を合わせていたなら、別人だと気づく機会は幾度とあったはずだ。

「恋は盲目と言ったでしょう……あなたしか見えていなくて、仮に話しかけられていたとしても、雑に扱っていたと思うわ」

 思い出の男子生徒……。

 ま、まぁ人違いはともかくとして、今ので合点がいった部分はある。

「飲み会のときに名前を知っていたり、婚姻届に俺の住所を書けたのは……」

「五年も前からあなたのことを知っていたからよ……別人だったみたいだけれど……」

 両親が親バカであることも、ストーキングしている間に知ったのだろう。

 もっとも既に両親は実の息子より義理の娘のほうが大事みたいだが。

「よかった……」

 八蜜さんが俺のことを裏切っているわけじゃないと知って肩の荷を下ろす。

 とはいえ想い人が実は別人でしたと知りショックを受けている八蜜さんとは、今後のことを話し合わなければいけない。

「八蜜さん」

「な、なに……?」

「思い出の中の男子生徒とは違うかもしれませんけど、五年も俺のことをストーキングしていたんですよね?」

「えぇ……哀れよね……好きでもない男の童貞を奪っていたなんて……」

「……んん?」

 童貞を奪った……?

 酔った俺が八蜜さんの処女を奪ったのではなく……?

「えっと……もしかして八蜜さんは、わざと俺を酔わせて部屋に連れこんで、意識が朧げなのをいいことに既成事実を作ろうとしたと……?」

「えぇ……」

 とんだ悪女だった。

 しかしその結果人違いだったのだから、八蜜さんの言うとおり哀れかもしれない。

「俺は八蜜さんと、これからも恋人でいたいです」

「でも……人違いなのよ……?」

 八蜜さんは涙目になりながらそう言う。

「きっかけはどうあれ、八蜜さんが五年も追っかけていたのは男子生徒ではなく俺なんですよね?なら、俺に対する気持ちのほうが強いんじゃないですか?」

「随分な自信ね……たしかに、その男子生徒の正しい顔も名前も思い出せないけど……」

 男子生徒かわいそす……。

「だったらもう俺でいいじゃないですか」

「も、もしかして私の体目当てとか……?」

「そう思うなら一ヶ月でも一年でも、八蜜さんが俺の気持ちを信じてくれるまでえっちはしません」

「それは私が我慢できなくなるから無理……」

 八蜜さんの性欲仕事しろ……!

「八蜜さんは俺に言いましたよね?乙女の純情を奪っておいて最低だって」

「言ったかもしれないわね……」

「でも実際は違った。八蜜さんが俺の純情を奪った——それなら、ちゃんと責任をとってくれないと困ります」

「うぐっ……一理あるわね」

「一理どころか百理ありますよ」

 童貞を奪われた挙句人違いでしたで捨てられては目も向けられない。

 それに、心も体も……とうに八蜜さんに染められてしまっている。

 今さら八蜜さんと離れることなんて無理だ。

「そういうわけなんで——」

 これまでの八蜜さんとの会話を思い出す——。

 強引なのが好きで、俺の『彼女』より『女』と言われるほうがドキドキする——。

 もちろんそれは好きな相手にされる場合に限るだろうけど、人違いだと知って五年も想い続けた相手おれへの好意が薄れたようには思えない。

 自意識過剰でなければ、八蜜さんに伝えるべき言葉はこれであっているはずだ。

「俺は八蜜さんが好きです——だから、俺の女になれ」

「い、いいの……?私、五年もあなたことストーキングしてたのよ……?」

「むしろ八蜜さんみたいな美人な女性に五年も想われていたと知って嬉しいくらいですよ」

 本心だった。

 ストーキングされていたことはたしかに驚いたが、適度な距離感を保ってストーキングしていたのか告白されるまで知らなかったし、もちろん迷惑になるようなこともされていない。

 さて、どこに非があるというのか。

「……人違い、だったかもしれないけれど……私の身も心も、とうにあなたに染められてしまっているもの……こちらからお願いしたいくらいよ」

「それじゃあ、改めてよろしくお願いします」

 握手を求める。

「えぇ……私たちの関係は、これからよ……!」

「打ち切り漫画の最終回みたいな言葉でシメないでくれます!?」


      ***


 おまけ。


「実は八蜜さんが悪いやつらと繋がってて俺をおとしめようとしているんじゃないかって疑ってたんですよ」

「私が大希くんを貶めるはずないじゃない」

「今ならですよねと言えます。でも、もしものために抵抗する手段は用意しておきました」

「というと……?」

「これです!」

「……それはなにかしら、大希くん」

「八蜜さんが隠し持っている玩具バ○ブです……!」

「別に隠しているつもりはないのだけど……それでどう抵抗するつもりだったの……?」

「八蜜さんに騙されていたとしても、八蜜さんを傷つけるのは俺にはできないと思って、これで体に直接お仕置きしてやろうかなと……」

「大希くん……」

「なんですか?」

「それはご褒美よ……!」


 おしまい。

(本編はまだまだ続きます)

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