第3話 クールで美人な黒髪の先輩とご挨拶

「結婚を前提としているのだし、大希たいきくんのご両親に挨拶へ伺ってもいいわよね?」

 という八蜜はちみつさんの申し出により、年末年始は八蜜さんと共に俺の実家へ里帰りすることとなった。



 そして来たる年末——。

「初めまして。鮎川あゆかわ八蜜といいます。大希くんとは真剣なお付き合いをさせていただいております」

 ポカンと呆気にとられている両親を尻目に、深々とお辞儀をして口上を述べる八蜜さん。

 普段は下ネタを連発しているから忘れがちだけど、八蜜さんって所作が綺麗なんだよな……。

「大希の……彼女さん……?」

「はい。まだ付き合いは浅いですが、お互い結婚を見据えて交際しています」

「けっ……こん……」

 絶望の淵に突き落とされたかのようにその場にうなだれ、目からは涙すら浮かべる我が両親。

 あまりにオーバーなリアクションに、さすがの八蜜さんも驚いて——。

「大希くんは、とても愛されているのね」

 いないだと……!?

 それにこの反応……まさか俺の両親が極度の親バカであることを今の短いやりとりで悟ったとでも言うのか……!?

「でも私は、ご両親以上にあなたのことを愛しているのよ?」

 親の前で恥ずかしいこと言わんといてください……!

「お母様、お父様。不束ふつつかな私ですが、末永くよろしくお願いいたします」

 両親はボロ泣きしていたが結婚は認めてくれた。



「なん……だと……!?」

 さて今度は高三の弟の登場だ。

「兄貴いくらみついだんだよ!?」

 八蜜さんを紹介するなりこの反応である。

「人聞きの悪い……そういうんじゃねぇよ」

「だってすげぇ美人じゃねぇか!?おっぱいも大きいしいい匂いもするしなんかエロい!?」

「ふふ。ありがとう、弟くん」

 お礼言っちゃった!?

 八蜜さんがエロいのは認めるけど——。

「俺の彼女のどこを見てんだよおまえはっ!」

「いだいっ!?兄貴痛いってあいいいあいっへ……!?」

 八蜜さんをエロい目で見た罰として頬をつねっておいた。

「俺の彼女……ふふ。私としては、俺の女——のほうが嬉しいのだけれど?」

「どこに反応してるんですか……」

「彼女さんは、兄貴とどこまでいってるんですか!?」

 まだ懲りてなかったこのエロガキ。

「そうね……」

 ちらりと八蜜さんが横目で俺の顔を窺う。

 さすがに弟相手に変なことは言わないだろう……たぶん。

「毎晩陽が昇るまでそれはもうずっぽずっぽと——」

捏造ねつぞうっ!?嘘を教えないでくださいっ!」

「多少は盛ったかもしれないけど、クリスマスの日は朝までしてたじゃない」

「それは——!」

 主に八蜜さんが求めてきたから——ではあるが、弟の前で言うわけにもいかず口をつぐむ。

「あ、朝まで……」

 なにやらつぶやいている弟へ目をやると、股間をおさえてそわそわしていた。

「八蜜さん、高校生には刺激が強いので自重してください」

「大希くんに『俺の彼女』と言われたことが嬉しくて、ついはしゃいでしまったわ」

 反省します——そう言って八蜜さんが耳元に顔を近づけてくる。

「はしゃいだ彼女にはあとでいっぱいおしおきしてね」

 小声でそんなことを囁かれる。

「だーかーらーっ……!自重しろよぉぉぉ!?」


      ***


 俺の実家で八蜜はちみつさんと新年を迎えるという、ひと月前には想像もしていなかった出来事が現実となった。

「ぜってーおかしい」

 それはそれとして。

 八蜜さんが母さんたちのご機嫌取りをしている最中、俺の部屋に弟の姿があった。

「おかしい……?」

「あんな綺麗な人が兄貴と付き合ってるとか、裏があるにちがいない」

 何を言い出すかと思えば……。

 たしかに綺麗すぎてドキドキしっぱなしではあるけど。

「なんだよ裏って」

「兄貴は彼女さんと結婚するんだよな?」

「まぁ、ゆくゆくはな……?」

「なら結婚詐欺だ!赤サギだ!」

「はぁ?」

「なにかこれまでの行動に怪しいところはなかった!?——たとえばお酒を飲まされて気がついたら彼女さんの部屋にお持ち帰りされていたとか!」

「まるで見てきたかのような的確なたとえだなぁおいっ!?」

 たしかに出会いはそうだったけど、八蜜さんに限って俺を騙しているなんてこと……。

「そういえば最初に会ったとき、なぜか名前を知られてたな……」

「黒だね!」

「あと出会った翌朝には記入済みの婚姻届が用意されていたな……」

「真っ黒だね!」

 あ、あれ……?思い返してみると、不審な点がいくつもあるような気がしてきたぞ……?

「それに、最初からやたらと好感度が高かったような……」

「ドス黒いね!」

 飲み会の席で八蜜さんが俺の横に座ったのは、偶然じゃない……?

 八蜜さんは俺の名前どころか住所まで知っていた。

 俺が教えたと言っていたが、俺は酔っていたのでそのことは憶えていない。

 それに……俺が酒に弱い話をした際に、記憶が飛ぶと聞いてなにやら口端を緩めていた。

 俺に記憶がないことをいいことに、あたかも俺が話したみたいに……。

 なにより八蜜さんはやたらとスキンシップが激しく、男のツボを的確に攻めてくる。

 男が言われて、あるいはされて嬉しいことを狙って毎度毎度俺を誘惑してくる。

 きっかけはあくまで酔った勢いで肉体関係になった……それだけだ。

 それにしては距離感がバグっている。

「弟よ……」

「うん?」

「家に帰ってから本人に確認してみる」

 素直に話してくれるかどうかはわからないが、もしかしたらなにかしらのリアクションがあるかもしれない。

「母さんたちには言うな。確認できたらおまえにも教えるから」

「わかった。刺されないように気をつけろよな」

 さすがに殺傷事件にはならないと思うが……一応、用心だけはしておくか……。



「いろいろとお世話になりました」

「いえいえ。また来てね、八蜜ちゃん。あなたはもううちの娘みたいなものなんだから」

「そうだな。いやぁ大希にはもったいない娘さんだ」

 帰り際——気づけば両親が丸め込まれていた。

 あれ?親バカという設定は……?

「ありがとうございます。せきを入れる際には、連絡させていただきます」

「いいのよそんなの!いつでもうちのバカ息子と結婚してあげて!」

「大希……八蜜さんを泣かせたら父さんが許さんぞ!?」

 俺の味方は弟だけなのか……!?

「受験頑張れよ」

「兄貴こそいろいろと頑張れよな」

 弟と二人、熱い握手を交わす。

「ところで兄貴」

「どうした愛しの弟よ」

「彼女さんと別れたら今度は俺を標的にするよう言っといてくんない?」

「……」

「騙されんのはイヤだけど、エロいことしてくれるならアリかなって」

「ふざけんなっ!」

 強めに頬をつねっておいた。

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