第2話 クールで美人な黒髪の先輩と初デート

 話し合いの結果、鮎川あゆかわ先輩との結婚は保留となり、結婚を前提としたお付き合いをするという運びとなった。

 美人な先輩とお付き合いできるというのに、不思議と釈然しゃくぜんとしないのはなぜだろう……。

 上手く説明できないけど、なにか引っかかるんだよな……。


「お待たせ、大希たいきくん」


 駅前に装飾された巨大なツリーの前で物思いにふけっていると、パンツスタイルの鮎川先輩が約束した時間より十分ほど早くやってきた。

「待ったかしら?」

「いえ、今来たところです」

「嘘ね。三十分前には来ていたじゃない。ずっと見ていたもの」

 お約束の言葉によくわからない返しがきた。

「見ているくらいなら声をかけてくださいよ……」

「大希くんを観察するのが好きなの」

「それは立派な趣味ですね」

 でも——と付け加える。

「風邪引いたら大変ですよ」

「大丈夫よ。寒空の下で待っていた大希くんを見つめながら、そこのス○バでぬくぬくと暖まっていたから」

「これはひどい」

 しかも言い方がやたらといやらしい。

 鮎川先輩、サドの素養があるんじゃないだろうか。

ねないで。おみやげならあるから」

 そう言って鮎川先輩が差し出してきたのは、ス○バのコールドドリンクだった。

 そこはせめてホットであってほしかった……。

 とりあえず受け取るだけ受け取り、一口口に含んでおく。

「それで、今日はどこのホテルに連れていってくれるの?」

「なんでホテルに行く前提なんですかね!?」

「だって今日はクリスマスよ?——街は鬱陶しいほどのイルミネーションに彩られ、多くのカップルがまるでゴミのようにうじゃうじゃとうごめき、夜には『私がプレゼントよ』と言って大希くんをケモノにする……そういう日よ?」

「ツッコミどころ満載ですね!?」

 とはいえ鮎川先輩をプレゼントされてしまうのは、それはそれでありだな。

「こんなところで立ち話もなんですし、移動しましょうか」

「え、大希くん……今の会話でっちゃったの?元気ね……」

 頬を染めて俺の下腹部のあたりに熱視線を送ってくる鮎川先輩。

 元気なのは先輩の下ネタのほうです……。

 まさか鮎川先輩が下ネタ大好きなおっさん女子大生だったなんて……飲み会の時点では気付くことができなかった……。

「ねぇ大希くん。いまなにか失礼なこと考えなかった?」

「HAHAHA!ソンナコトアルワケナイジャナイカ、マイハニー」



 ——なんやかんやでやってきたのはカラオケ店。

 クリスマスだからと背伸びするのはあまり得意ではないし、まずはお互いをよく知ることが大事だと思った結果である——というのを先輩に説明したところ——。

「カラオケで、お互いを知る……でも、最近の個室には監視カメラがあるのよ。私、大希くん以外に肌を晒すつもりはないわよ?」

 などと見当違いな返答をされた。

 先輩はカラオケ店でナニをするつもりだったんだ……?

「プレイの一環としてはありね」

「ないですから」

 閑話休題。

「先輩は普段、どんな曲を歌うんですか?」

「……」

「先輩……?」

「そんな呼び方じゃ返事してあげません」

 ぷいっとそっぽを向きご機嫌ナナメですと言いたげな先輩。

 どうやら呼び名が気に入らなかったらしい。

「鮎川さん……?」

「私の恋人は彼女の下の名前も言えないのかしら?それともまた忘れてしまったの?」

 またってなんだ。

 そもそも俺、先輩の名前は婚姻届に書いてあるのを見て知っただけで、先輩本人から名乗られたことはないんだけど……。

八蜜はちみつさん……」

「妥協ラインね。なんならハニーでもいいわよ?」

「八蜜だけに?」

「そうなると大希くんは大気アトモスフィアかしら……?」

「……」


「大好きよアトモスフィア」

「俺もだぜハニー」

「アトモスフィア……!」

「ハニー……!」

「ふふふ」

「ははは」


 想像するまでもなく違和感しかなかった。

 仮に外国人でもいないだろアトモスフィア。

 ファンタジー世界のモンスターとかにはいそうではあるが。

「大希で間に合ってます」

 ところで——と続ける。

「八蜜さんとしては、なんて呼ばれるのが理想なんですか?」

「そうね……大希くんに『おまえとヤリたい』と強引に迫られたらキュンキュンして股を開いてしまうわ」

「下品ですよ。あと好きなシチュエーションは聞いてませんから」

「あら。してくれないの?」

「……考えときます」

 俺のキャラではないが、彼女が望むならしかたあるまい。

「大希くんはどんなシチュエーションに興奮する?」

 あれ?呼び名の話をしてたんじゃなかったっけ?

「起きたら隣に裸の美女が眠ってた、とか?」

「それはもう経験したんでいいです」

 さりげなく自分のことを美女って言ったぞ。

 たしかにそのとおりなんだけどね?

「それより歌いましょう。時間がもったいないですし」

「私が喘ぐうたうのはベッドの上だけよ」

「ルビおかしいですよねっ!?」

 などとツッコんでいる間に八蜜さんは曲を入れていた。

 結局歌うんかい!

 すぐに軽快なイントロが流れ始める。

 少し前に流行ったJ-POPだ。



「綺麗な歌声ですね」

「そ、そう……?そんなことないわよ」

 歌唱後に歌声を褒めると、八蜜さんは満更でもなさそうだった。

 鬱陶しそうに前髪をかきあげ、わかりやすく鼻を伸ばしている。

 意外と褒められるのに弱いのかもしれない。覚えておこう。

「次は大希くんの番よ。激しいのをお願いね」

「カラオケの話ですよね!?」

「別のことでもいいのよ?」

 ふふ、と笑んで八蜜さんはすぐ隣に移動してきた。

 そして俺の左腕を腕で絡め、抱き寄せるように胸へあてがわれる。

「八蜜さんって、スキンシップが激しいですよね」

 内心ドキドキしつつなんとか言葉を発する。

「イヤ……?」

 俺の顔を覗きこみ、上目遣いでそんなことを訊いてくる。

「イヤではないですけど……あまりくっつかれると、どうしても意識してしまうと言いますか……」

「意識してもらいたいからしているのだもの。じゃんじゃん意識しなさい」

 ところで——八蜜さんの手が、いやらしく俺の太もものあたりを撫でる。

「意識してしまうというのは、具体的にどういう状態になってしまうことなのかしら……?」

 耳元で囁かれ、すりすりと太ももを撫でられて頭がどうにかなってしまいそうだった。

 というか俺の息子アソコは既にどうにかなっていた。

 八蜜さんも気付いているだろうけど、そこには二重の意味で触れてこない。

「あの、ここカラオケですし……カメラあるからって八蜜さんも言ってたじゃないですか……」

「そうね。だから最後まではできないけれど、多少のイチャつきは許してくれるわよ。なんたって今日はクリスマスですもの」

 多少のイチャつき……!?

 こっちは理性を抑えるので精一杯だっていうのに、明らかにえっちのお誘いをしている本人が多少のイチャつきで我慢しろとおっしゃるので!?

「八蜜さん……」

「どうしたの?我慢できなくなっちゃった?」

「はい」

「え——っ!?」

 誘うように俺の顔を覗きこんでいた八蜜さんの後頭部をホールドし、そのまま引き寄せて瑞々しい柔唇じゅういんを強引に塞いだ。

 八蜜さんは最初こそ驚いていたものの抵抗する様子はなく、唇に残ったコーヒーの味をたしかめるかのように何度も互いの唇をむさぼりあった。



 ——数分の後。

「……俺も男なので、過度に誘惑されると本当にケモノになっちゃいますよ……」

 顔が熱い。

 身体が八蜜さんを求めているからだろうか。

 八蜜さんは俺の胸に顔をうずめ、小さく息を整えていた。

 やがて——。

「大希くんのせいで、えっちな気持ちになってしまったじゃない……」

 つぶやくようにそんなことを言ってくる。

「俺だって……さっきからそういう気持ちになってましたよ……」

「このあと……大希くんの部屋、行かない……?」

「そうですね……正直、今すぐ八蜜さんを抱きたいです」

「私も我慢するから、大希くんもおうちに着くまで我慢するのよ?」

 そうして俺と八蜜さんは、喧騒冷めやらぬ街中からフェードアウトしたのだった——。

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