クールで美人な黒髪の先輩に貞操を奪われまして。

鮎猫

第1話 クールで美人な黒髪の先輩と脱童貞

 突然だが俺は酒に強いほうではない。

 両親も酒を飲むほうではないし、おそらくは遺伝によるものなのだろう。

 なぜそんな話をしたのかというと、昨夜ゆうべは大学のゼミの飲み会があったのだ。

 だが途中から記憶がない。

 美人な先輩に煽られてバカみたいに酒を飲まされたことは、なんとなくだが憶えている。

 しかし……。

「この状況はなんなんだ……」

 どうやって帰路についたのかまったく思い出せないが、たしかなことがひとつだけある。

 そう——ここは俺の部屋ではない……!

 ではいったい誰の部屋なのかというと……。

「……」

 隣であどけない寝顔をさらしていらっしゃる女性(全裸)のお部屋でございますね?

 ドラマやアニメでたまに見かけるシチュエーションだが、まさか実体験することになるとは……。

「いやいや。俺に限ってそんなことあるはず……ないよね……?」

 自らの下腹部に尋ねてみたが応答はなかった。

「思い出せ……俺が間違いを犯すはずはないんだっ……!」


      ***


 時は昨夜の飲み会にまでさかのぼる。

 飲み会が始まって一時間ほどが経った頃だったろうか。

 だれかの「席替えしようぜ」というかけ声でみんなが好きな席に移動するなか、俺はちょぼちょぼとウーロン茶を口に含み動かざること山のごとしを貫いていた。

「となり、いいかしら?」

「えぇどうぞ」

 長い黒髪がよく似合う綺麗な女性が俺の隣に腰を下ろし、内心ドキドキしつつも対応する。

「お酒、得意ではないの?」

 俺が手にしているウーロン茶を見てそう思ったのだろう。そんなことを訊いてくる。

「えぇ。前に調子ぶっこいて飲んだら次の日記憶飛んでて……それからは控えるようにしてます」

 二十歳になったばかりの頃だった。

 お酒を飲めるようになったことが嬉しすぎて友人宅で飲み会をしたのだけど、起きたらなぜか自宅の風呂場で服を着たまま湯船に浸かっていた。

 おかげで風邪は引かなかったのだけど……。

「記憶が飛ぶ……へぇ」

 にやりと邪悪な笑みを浮かべる女性。

「そういえば名乗っていなかったわね。私は四年の峰不○子よ」

「自分は二年の石川五○門と申します」

「あなた、ノリがいいわね」

 ふふ、と先ほどと打って変わって可愛らしい笑みを見せてくれた。

「先輩のスタイルなら不○子ちゃんでも通りそうですね」

「それセクハラよ?かなめくんじゃなきゃ訴えていたかもしれないわね」

「すいません——というか名前、知ってたんですね」

「もちろん。かなめ大希たいきくん、よね?」

「美人な先輩に認知されているなんて光栄です」

 俺の返しに満足そうに笑んで、先輩は酒の追加注文をする。

「それで、先輩の名前は教えてくれないんですか?」

「あら。要くんは私の名前を知りたいの?」

 目を細めつやっぽい笑みでいたずらっ子のような物言いをする先輩。

「是非……!」

「ふふ、それなら、私のお願いを聞いてくれたら教えてあげるわ」

「お願い……?」

 なんだろう?と首を傾げていると、先輩は店員さんが持ってきた酒を「ありがとう」と礼を言いつつ受け取って、なぜか俺の前に置いた。

「それを一気飲みしてほしいの」

「へ……?」

 それがお願い……?

 俺はいまいち先輩の意図が読めないでいた。

「お酒を一気飲みできる男の人って、素敵だと思わない?」

 先輩はそう言いつつ俺の両手を包みこむように掴み、耳元に顔を近づけてきた。

「酔ったら私が優しく介抱してあげるから……ね?」

 耳元でそんな甘い言葉がささやかれ、ゾクゾクっと背中が歓喜に沸いた。

 そんなことを言われてしまっては、拒否できるはずがない……!

「飲みます……!」

 宣言しつつグラスを手に取り、一気にあおる。

 瞬間——視界がぐらっとブレる。

「ふふ……それじゃあ、もう一杯」

「ほぇ……?」

 ——以上。回想終わり。


      ***


 そうして気付くと可愛らしい部屋のベッドの上で、俺と隣ですやすや眠っている眠り姫こと先輩が全裸でおりましたとさ。

「かんっっっぜんに事後じゃねぇかぁぁぁ……!?」

 そりゃあね?こんな美人な先輩とえっちできて嬉しくないわけじゃないよ?

 でも酔った勢いでとか、しかもそのことを憶えてないとか色んな意味で最悪じゃねーか!?

 自己嫌悪におちいっていると、先輩が「ん」と小さな声をあげて目を覚ました。

 思わず体を硬直させる。

 先輩に嫌われたりしてないよね……?先輩の嫌がることしてないよね……?

「おはよう、要くん」

 先輩は上体を起こしタオルケットで体を隠しつつ、なにやら微笑んで俺へと視線を向けてくる。

「お、おはようございます……」

 恥ずかしさからそっぽを向いてしまい、それでもなんとか挨拶だけは返すことに成功した。

「昨夜は激しかったわね」

「っ!?」

 激しかったってなに!?なにが激しかったの!?

「あ、あの……実は俺、なにも憶えてなくて……」

「乙女の純情を奪っておいて、最低ね」

 責めるようなニュアンスではなかった。

 もしかして先輩、俺とえっちできて満更でもない……?

「ダメだと言うのに何度もナカに……」

「ナカにっ!?」

「ふふ……冗談よ。半分だけね」

「半分ってなんですか!?」

「ダメと言うのが冗談よ」

「最悪なほうが冗談じゃなかった……!?」

 最低じゃん、俺……。

 酔った勢いのまま先輩のナカに出すとか……。

「も、もしものときは責任とりますので……」

「そう言ってくれると思って、用意していたものがあるの」

「へ……?」

 先輩はタオルケットを剥いで——綺麗な背中やお尻が丸見えだったので俺は再び目を逸らした。

「はい、これ」

 やがて眼前に一枚の書類が差し出される。

 そこには俺と先輩の名前や住所、本籍ほんせきなどが記入されていた。

 どうやら先輩の名前は『鮎川あゆかわ八蜜はちみつ』というらしい。

「……」

 ってそんなことどうでもいい……!

「先輩、よく俺の住所知ってましたね……」

「酔った要くんが教えてくれたのよ」

「な、なるほど……?」

 酔った俺なに教えてんの!?

 ……てかこれ、婚姻届だよな……。

 どのタイミングで用意したんだ……?

「ねぇ要くん……ううん。大希たいきくん。あとは、あなたが判をすだけよ?」

 全裸のままの先輩が俺に詰め寄ってきて、綺麗な形をした胸が眼前に晒される。

「せ、先輩まえっ!見えてますよっ!?」

 目を逸らそうとした頭が先輩の両手に固定され、否が応でも素敵な胸が視界に入ってしまう。

「昨夜あれだけ夢中になっていたのに、恥ずかしがる必要ないじゃない」

「だ、だからなにも憶えてないんですってば……!」

「そう……それなら——今から大希くんのセカンド童貞、もらっちゃうわね」

 今度は忘れちゃダメよ——先輩のその言葉を皮切りに、俺の真の意味での純潔が奪われることとなったのだった——。

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