Part 3
翌日。わたしは飛行機の中にいた。
満席になっている機内。日本人がほとんだ。おそらく旧正月の休暇を利用して、里帰りするビジネスマンたちなのだろう。わたしもそうだけど。
眠っている人も多く、エンジン音が際立って耳に届いている。
キャンセル待ちをして、チケットが取れたのは幸運だった。それはわたしに、今回の旅行がまるで運命でもあるかのような、そんな印象を与えていた。
わたしは目を閉じて、うとうとしながら職場の人間関係のことを考えていた。それは雪ん子の想い出とは関係ない、もうひとつの悩みだった。ずいぶんと長い間、抱えている深刻な悩み。
自分の仕事は、上司から依頼された書類を、英語にしたり日本語にしたりすることだった。基本的には、ひとりでする仕事なので、職場の人たちと世間話をすることもない。この職場に勤めて八年。引っ込み思案のわたしには、まだ仲のいい同僚といえる人はいなかった。先輩も後輩も、いまだ赤の他人だ。
こんなときこそ、日本にいる親友にでも相談できればいいんだけれど。残念ながら親友と呼べる人も、わたしにはもういなかった。学生時代の友だちは、異国で暮らすうちにいつしか連絡が途絶えてしまっていた。会う機会が減ると、人はだんだんと疎遠になるものだ。
恋人も――かつてはいた。小学校の頃からのお付き合いだった。せまい校庭や公園で日が暮れるまで、ふたりっきりでよく遊んだ。
大きくなってからは、映画やレストランやテーマパークにも行ったけど、わたしたちは古本屋巡りのデートが一番好きだった。ふつうの本屋さんではもう見かけない本たちが、ところ狭しと並んでいる書店の中を、わたしたちは飽くことなく立ち読みしつづけた。時には少ないお小遣いを出し合って、一冊の本を買ったこともある。
そんな彼は商社に就職し、ヨーロッパ方面の駐在が長くなったと思うと、突然外国の人と結婚してしまった。三年前のことだった。
……成田に着いた後、わたしは上野駅で新幹線に乗り換え、昨晩スマホで調べておいた新潟の温泉地に直行した。ホテルの予約も済ましてある。
自分の実家は東京の外れにあるけれど、そこには行かないつもりだった。もうその家には、誰も住んでいなかったから。わたしは去年の春、父さんと母さんを流行り病によって相次いで亡くしていたのだ。
わたしはひとりっ子だった。さらに親戚とのお付き合いもあまりなくて、今や天涯孤独に近い身なのかもしれなかった。
去年いくつかの法事で、しぶしぶ何度か実家に足を運んだけど、できるだけあの家を訪れることは避けたかった。両親の生活していた雰囲気が、まだ生々しく残るあの家に入り、戻ることのない時間を感じることは、したくなかった。
新幹線に揺られながら、実家のことを考えていたわたしは、ふとある事に気づいた。雪ん子の想い出が浮かぶようになったのは、両親を亡くした直後からだったような……。
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