Part 2

 シンガポール。

 一月も下旬だというのに、ひどい湿気と暑さ。四季に彩られた日本と違って、この国には真夏という季節しかない。


 街は旧正月を前にして、いろんな準備で何やらさわがしい。ここ数日で、旧正月で使う飾りや、丸くて甘いおもち、チャイナドレス、お土産などで華やかな色がメインストリートに増えた。


 わたしは満席のオープンカフェで、ひとり冷たくて白いバーリーウォーターを飲みながら、さっきから雪ん子の想い出のことを考え続けていた。この蒸し暑さの中で真冬の想い出にひたるなんて、と思いながら。


 小さいころ、わたしは両親に連れられて新潟の温泉地に一度だけ行ったことがあった。それは確かなこと。

 昔、アルバムを見ながら両親と話をしたのだ。外資系の会社に就職が決まり、大学を卒業してシンガポールへと旅立つ前の日の晩に。


 では雪ん子に、わたしは会ったのだろうか。そんなはずはない。雪ん子なんて現実にいるはずがない。じゃあ、雪ん子の姿をした小さな子供だったのか。それにしては、そのあとの記憶がないのはどうしてだろう。ころんだあとに、突然雪が降っているのも変だった。


 最近この想い出は、たびたび心の中に浮かんでくるようになっていた。悩みになるほどに。


 ――やっぱり雪を欲しているのだろうか。


 もう何年もリアルな雪に触れていないことに、わたしは気づいた。あの冷たさをずっと感じていない。                                                                     

 シンガポールでもクリスマスになると、雪は降る。人工の泡の雪だけど。背高い大きなクリスマスツリーの頭から噴射されて降ってくる、ふうわりとした雪。けっこう本物に見える。でも当然のことながら、それは触れても冷たくはなかった。


 よし、日本に帰ってみよう。


 わたしは雪ん子の想い出に、そろそろけりをつけたかった。繰り返し浮かんでくる、あやふやな想い出なんて、なんだか気味が悪い。

 想い出の舞台になっている場所に行けば、なにかが分かるような気がしていた。


 勤めている会社は旧正月ということで、明日から一週間の休暇をもらっている。日本に行って帰って来るには、充分な時間だ。わたしはバーリーウォーターの残りをいっきに飲み干して、自分の住む間借りのマンションに急いだ。

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