第56話 鉄の森、蒸気の霧 - 21

「それでルールは再確認する?」

「武器の使用は禁止以外にいるのか?」

「いるねぇ、1対1であることと防具を武器と認識するかとかいろいろと」

「防具ってことはその腕のか」

「足のコレもね」

 イネちゃんは男と雑談を交わす形でルールを再確認していく。

 武器使用不可はお互いが全面戦争回避を前提に考えていて尚且つどちらも死ぬつもりがない以上当然として、防具に関してはあちらとこちらの都合が関わってくる。

 あちらは顔以外の急所を防護するようにして金属繊維を使った鎖帷子のようなものを身に着けているし、イネちゃん側は仕込み籠手と鋼鉄靴とあちらは完全防護ではあるけれど繊維的に素手で攻撃した相手の拳などを破壊する目的があるし、イネちゃん側の装備も使い方としてはイネちゃん自身武器としての運用の方が多い。

 となればお互いが身に着けている防具に関しても武器と捉えることが出来てしまうわけで……。

「脱ぐのも外すのも面倒だな、可能な限り使用しない方向でいいか?」

「それは思いっきりこっちが不利だけど……まぁいいか」

「言葉の調子からしても慢心とかそういうのじゃねぇのがわかるのが本当嫌になるな」

「正直裸の状態で戦っても技量的に負けることはないとは見積もってる。元々体格差が絶望的なレベルを想定して鍛えてたし……40くらいの身長差は現実的な範疇だよ」

「何を想定してんのか知りたくもねぇな」

 実際のところイネちゃんと男の身長差は概算ながら50㎝くらい。

 体重に関してもイネちゃんは重い方ながらそれでも成人男性が実戦向けの筋肉のつけ方をしていた場合の体重差も30~40kgは離れてしまう。

 しかしながらイネちゃん……大陸人は地球人と比較すると同じ重量でも筋組織密度が10倍くらいの差も珍しくないらしく相互協力関係を結んだ後でも医学的、科学的な研究が進められている程度には恵まれており、そのうえで体格が2倍以上になる可能性があった対ゴブリンのため色々と訓練をしていたイネちゃんにとっては本来絶望的な体格差であってもそれほど問題にはならない。

 純粋な筋肉量もそうではあるが、それ以上に地球の武術・古武術によるものも目の前の喧嘩が中心のストリートファイターな男の技量からハッタリでもなく確信できるだけの値踏みが出来ている。

「あぁ後魔法も無しにしてくれよ、こちとら殴る蹴るしか出来ねぇんだ」

「刺す撃つとかは?」

「そりゃ武器有りならやるがな」

「了解」

 相手を屈服か殺す以外に選択を持たない相手で殺すの選択肢が奪われている決闘である以上は相手の制限もかなり大きい。

 それならイネちゃんが身に着けている技術の多くは相手の無力化を前提とした技術がバーゲンセールなほどに存在しているので技術面は間違いなくイネちゃんが圧倒していると考えて問題ない。

 この世界の武術系の技術もそこの暗殺者の存在からあるにはあるだろうけれど……。

『正直なところ習得していて2・3個、相手が人間である以上肉体の可動範囲に気を付ければ大丈夫』

 イーアの呟き通り人間が用いる格闘術である以上は、武器を使わなければ必然的に動きが制限されるし、限界を超えるような技術があったとしても生存を大前提とした決闘で用いるような小回りの利くものではない。

 というかそんな便利なものがあるのなら昨日の襲撃段階でそこの暗殺者がイネちゃんに対して時間稼ぎをしつつルスカを殺しているので少なくともこの場にそういった技術を有している人間はいないか、そもそも存在自体がないかのどちらかなのである。

「それじゃあ……純粋な殴り合いを始めようか」

「ちゃんとお互い死なない程度にな」

 そう言いながら男は独自の型とは言えないような構えを取り、イネちゃんは体格差的には正しくないアウトレンジのボクシングスタイルを取りステップを始める。

 周囲のチンピラ連中は笑っているし目の前の男は怪訝そうな顔をするも……黒衣の女は戦闘スタイルの1つとして認識したのかイネちゃんに向けてくる視線が強くなった。

『まずはカウンタースタイル……リーチ的に無理じゃない?』

 イーアの言葉もその通りなので顔を狙わずカウンターで横腹か鳩尾を狙いに行く。

 ただカウンターにこだわるつもりもなく状況次第ではフリッカースタイルにも近距離打ち合いスタイルにも……ボクシングスタイルから別のものに変えることも全然あり。

 そう考えながらイネちゃんが重心を整えると、そのタイミングを待っていたのか黒衣の女が。

「それでは、始め」

 開始の合図と同時に男は牽制の緩めたジャブを飛ばしてくるも。

『速度的には緩い』

 しかしながらも体格差から打ち下ろす形になっているのでカウンターを合わせるにはもう少し男の実力を正しく理解しておきたい。

 半身をずらし、こちらも左手でジャブを行うと。

「く」

 苦しむ感じでもしまったといった感じでもない短く男が声を漏らすと距離を取った。

 追撃はせずに突進を牽制出来るようにフリッカースタイルに構えを変え、抑えを失敗したとしても肩や額で受ける覚悟を決めて左腕をおなかの前で揺らす。

 構えが変わったことで当然男は警戒をして舌打ちをしてからイネちゃんの周囲を回り隙を伺っているのが良くわかる行動を取り始めた。

 当然ながらイネちゃんは常に正面になるように回るものの……喧嘩慣れしている人間がこの状況に大人しく入るとは思えず周囲の警戒を強める。

『流石にプロの暗殺者が立会人やっている状況でやる?』

「この男がやらなくても暴発するのは出るよ」

 特に銃という暴力を持っている人間、特にこの場に集まっているようなチンピラならば強い力を手にしたと気が強くなっていることの方が多く、状況が膠着すれば先ほどの泥仕合の延長という点も含めて暴発しやすい状況は整っている。

 無論立会人をしているプロが対処するだろうけれど、最初の1発がまぐれだとしてもこちらに飛んできた場合には備えないといけない。

 最もそれはあちらも実感という形で認識しているようで何度か距離を詰めようとする動作をしていることから少しでも隙を見せれば突進してくるように思える。

 フリッカースタイルだと勢いの良いタックルを防ぐのは無理だからできれば遠距離の打ち合いを少しやりたいところではあるけれど……最近武器に頼っていたから素手での技量の維持も不安になってきたところ、せめて身体に染み付いた部分だけでも確認しておきたい。

 となればイネちゃんがやるべきことは単純。

 待ちではなく攻めに回ればいい。

「膠着しすぎると交代した意味がないでしょう?」

 言葉尻を少し伸ばす感じに喋りながらフリッカースタイルでのジャブで男の構えている腕に当てていく。

「テメェの身長でなんで届くんだよ!ったく!」

 男の叫びは理解できる。

 それでも悪態だけで動きは対応しようとしてきているし、実際フリッカーの動きに慣れてきている辺りは流石喧嘩慣れしているというところ。

 喧嘩が強いチンピラという認識から喧嘩屋以上のプロと認識した方が良さそうではあるけれど……別にその切替をするしないに関わらずやることは変わらないので、男がフリッカーのジャブをくぐって接近してきた時が次の戦い方を変えるタイミング。

 この男の実力ならイネちゃんのボクシング技量程度はすぐに慣れて踏み込んでくるとは思うのでそのタイミングを狙いカウンターの準備をする。

 相手も喧嘩屋としてチンピラ連中をまとめ上げているだけの実力はあるし、イネちゃんが踏み込みを誘っているのは直感で理解しているのでこちらの予想通りの動きはしてこない……とは思うもののこの手の人間はたまにプロレス並に肉を切らせて骨を断つ感覚の攻撃をしてくることもあるので足元にも注意しておこう。

「こっちも立場ってのがあるからよ、少しは貰ってくれや」

 そう言って男は自然な動きを維持したまま懐から小粒の鉄球を投げてくる。

 立会人であるプロも眉をしかめるが止めはせず、イネちゃんは目に飛んできた物を回避しつつ他は身体で受ける形にするがその一瞬の隙で男はレスリングで行われるような低いタックルをしてきてイネちゃんはカウンターを失敗する。

「師匠!?」

 ルスカがなんか叫んでいるが、このタイプのタックルならあちらが有利を作り出すのに時間がかかる上に倒れ込むタイミングで男の胴回りを挟み込むように足を広げ抱え込む。

 男はしまったという表情をするも周囲で状況に気づいているのは立会人のプロくらいでルスカは不安そうな顔をしているし、チンピラ連中は沸き立っている辺り戦闘という分野に対してのレベルはこの街はそれほど高くないことの証明になっている。

「さて……ここからどうする?」

「……やっぱこうなるってか、わかってたとは言え小手先してまでこれとなると修羅場経験の差かねぇ」

 この体制では男は身体を起こせず、腕が自由に動かせる状態のイネちゃんから一方的に殴られるだけの状況。

 体格差で周囲の連中はここからリーダー格の男がマウントポジションで殴りだすことを想像していることだろうけれど、残念ながらイネちゃんは勇者の力で補助しなくても全体重を一点に押し込む技術も持ち合わせているので少なくとも男は背骨に60kg程の重量を集中させられて強引に動くにしても腰を痛めるのがほぼ確定の体勢になっており、立会人も男の言葉を待っているような体勢で様子を伺っている。

「だがよ、こんなあっさり俺が負けとなるとやっぱ納得しねぇ奴が出ると思うぜ」

「それは本来そっちが制御すべき内容なんだけど?」

「そりゃそうだがな、そういうのがわからねぇのもいるからめんどくせぇんだよ」

 そういう言い方をされては謎に納得せざるを得ない。

 そういった理屈が理解できるのならチンピラでうだうだしていないわけで……なんとなくこの男に同情を感じながら拘束を少し緩め、男が離れようとしたところに蹴りを一発叩き込んで離れる。

「ありがとうよ、面倒な後処理減らしてくれて」

「こっちも粘着される可能性を低くできそうだし、借り作ればちゃんとケツ持ちしてくれるでしょう?」

「取引成立ってやつだ」

 反則を見逃すという点においても借り……なのは後でいいとして、もっと接戦でなければいけないという縛りが加わった第2ラウンドが始まるのであった。

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