第47話 鉄の森、蒸気の霧 - 12

 やたらと注目されることになった食事ではあったものの味に関してはそこそこで、肉のソースもサラダのチーズも濃厚な味付けでくどくはあったが食事がおろそかになりがちな職人や傭兵向けに開発されたんだろうことがわかるものだった。

 その分少量でも満足感が得られるし、ミルクのおかげで満腹感もあるのは手早く食事を済ませしかも安いと平民の味方として大正義な料理は毎日だと考えなければ栄養面が偏るものの、たまになら歓迎したい。

「さて……食事も終わって帰り道なわけだけどルスカ君、気配は理解できるかね」

「なんでそんな口調なんですか……店の中から少し感じますけど」

「それは別の気配。宿から追跡してきていた連中の気配のことだったけど……まぁ2人に減ってる上に気配を消せる奴に交代したっぽいからこれは仕方ないか」

「気配消している相手の気配が判るってどうやるんですか」

「視線判断。他にも色々あるけれど主要素は視線だね、相手は追跡をする都合こちらを視界に絶対入れていなければいけないから」

 一応視線を使わない追跡手段もあるけれど、そういうものは人混みでは基本使えないし、魔法による追跡だった場合はそれはそれで痕跡が残るので空気の違いになって感じることが出来る。

 今のルスカはもっと別の部分の訓練や習熟をしてもらいたいので、気配察知は視線や体幹移動に対してのものに限定した上で奇襲さえ防げればいい程度に留めているけれど……ルスカはこの辺の才能はちょっと薄いかもしれない。

 努力すればそこそこに出来るようにはなるけれど、村からの道中の野生動物やあからさまなチンピラの気配なんかについてはわかるようになっていないと直近での出来事に対してルスカ本人が大変な思いをするかもしれない……けれどそれはそれで荒療治的に身に付くかもしれないし、判断は保留しておこう。

「とりあえず宿に戻って、相手の出方を見る以外に選択肢が無くなった以上は気配を探る訓練のつもりで移動するように」

「出来なかったら……?」

「ここまでの訓練内容的には出来て欲しいところだけどね、出来なかったらそれはそれで相手の思惑を真正面から潰せるように立ち回る訓練をしてもらうだけだよ」

「出来るの師匠くらいですよ……」

 まぁ確かにイネちゃんが索敵面倒くさがって放置したり、罠の調査や解除を面倒くさがって放置したりで全て奇襲させたり発動した上で真正面から踏みつぶすスタイルの方が多いけど……それが出来るのはイネちゃんが回避手段や対策を含んだ即応訓練を積んでいたからだし、勇者の力に目覚めてからは文字通り全部の罠を踏み抜いた上で無力化が出来るようになったからだからルスカの言葉を否定しきれない。

 とはいえそれが全くできないかと言えばそうではなく、訓練や実戦を通して出来るようになる人も多く……イネちゃんのお父さんたちも出来る割合の方が多い。

 だからこそ若くてそこそこ素養のあるルスカなら訓練さえ積めば最低限ではないレベルでの技量を身に着けることは現実的に可能な範囲だと思っている。

 そんなことを考えながら商人ギルドのある区画まで移動すると、イネちゃんとルスカを追跡してきている人間の数がはっきりと把握できるようになる。

 この区画は人への無関心さはあまりないので視線の数自体は増えているものの、その殆どが不思議なものを見る目や身なりに対しての嘲笑のものになるのでそういったものを含んでいない視線を選別するだけでいいためとても楽なのだ。

 最も貴族は貴族で、商人は商人でこれらの視線に対しては受け流したり、気にしないような精神性や技術が培われているだろうし、それが身に付くだけ苦労もあるのだろうからイネちゃんは気にしないが……ルスカはやはり気になってはいる様子で落ち着きが足りない感じになっている。

「ルスカ、落ち着いてないと逆に目立つよ?」

「どうにも貴族……様たちの視線ってのは慣れなくて」

「気配察知の練習させてる手前気にするなとは言わないけどね、視線の選別が出来るようになれば気にならないよ。あの手の視線ってのは基本感情の自己完結的なものばかりだから気にする必要は元からないし」

「視線の選別?」

「まぁ出来るようになるには気配に種類があることをしっかり理解した上で選別しなきゃいけないからね、そのための練習と思って今は甘んじて視線を享受しな」

「享受って……」

「実際今は危険性がほぼない状態での練習としては絶好だよ。さぁ貴族や商人の視線に混じった別の視線の気配を感じよう」

「師匠、なんかテンションが高くないですか?」

 テンションが高いのは……結構満足のいく食事が出来たことからテンションが上がっているだけなので問題は無い。

 ルスカもイネちゃんのテンションが上がるタイミングは大体食事であるのは出会ってから今日までの付き合いで把握しているので呆れながらもイネちゃんの指示に従って気配を探し出す。

 首を動かす形でまだまだ未熟もいい所ではあるけれど、これはこれでおのぼりさんって雰囲気が全力で出ていて逆にほほえましく、貴族は嘲笑から納得の笑みになり、商人はカモれるかどうかの値踏みを始めている感じに変わっている辺り先ほどよりも向けてきている視線の特性分別はわかりやすくなっている。

(お店でのアレで戦略が変わったんだろうね、監視の数が明らかに減ってる)

 イーアの言葉は少し足りない。

 監視の総数が減っているのは間違いないのだけれど、追跡監視をしている勢力が1つから2つに増えているのだ。

 昼間の連中と酒場で絡んできた男の組織ではあるだろうけれど……後者もいるってことは場合によっては面子のために襲撃を考えているのが現状ってことでもあるので食事の時考えていた楽観は外れてしまったようである。

 宿の入口まで移動した頃にはその後者側の気配は消えていたものの、宿の中からにも気配を感じる辺り通信魔法のような存在があるのか、ハンドガンのように一部技術の突出が存在していて通信機が存在しているのか……電波の性質や増幅、中継の技術さえあれば簡単なラジオ的な形で受信も可能だし、魔法と併用する形でそういった機器が存在している可能性もこの街の技術レベルを考えれば存在していても不思議ではない。

 となれば食事に行くときに数が居た理由は単純にその準備が出来ていなかったということか、イネちゃんたちがそういった貴重品を持ち出すような手合いではないと認識していたかのどちらかだけど……もしくはその両方か。

 組織が複数存在しているってことはそれなりに抗争もあるだろうし、お互いのリスクヘッジの結果の動きの違いならいい……そうではなく一時的な共闘状態になっていた場合、かなり厄介。

 場合によってはこの街の裏組織のお掃除をすることになりかねないので……イネちゃんの懐事情的にはそれはそれで構わないか、傭兵・職人ギルド側からある程度便宜をもらえるようになるだろうし、商人ギルドに関しても膿ではあるけれど排出するリスクとデメリットを自分たちに被ることなく出すことが出来るし、裏社会で私腹を肥やしていた連中の合法範囲の商売を自分たちに吸収できるチャンスにもなるわけで……商人ギルドにもイネちゃんたちの後ろ盾になりそうな人間が欲しくなるな。

 後ろ盾がなくとも何とかなりはするだろうけれどそれはイネちゃんが1人であることが前提の話なので、ルスカと取引相手になるだろうサラマンダー工房の人達のことを考えた場合は新進気鋭の新人商人でもいいから商人ギルドの人間とのパイプがいくつか存在しているといろいろと立ち回りがしやすくなるし、後詰の後始末なんかもある程度任せて旅に戻ることも出来るようになるから……うん、明日ルーインさんに相談してみよう。

「師匠、宿のロビーにそれっぽいのを感じたんですけれど……」

「お、そっちに気づいたか。とりあえず人目の多いタイミングでの襲撃は避けるだろうし気にせず部屋に戻ろうか」

「大丈夫……なんですか?」

「襲撃するのであればタイミングは今ではなく、夜中の寝静まったタイミングだからね。それにこの宿のロビーに長時間待機していても問題ないってことはそれ相応の組織で、裏社会以外に迷惑をかけすぎた場合不利益を被るだけの規模はあるだろうとは思うからね」

「師匠の推測じゃないですか」

「そうだねぇ、でもそれを心配しすぎたらここで立ち続けることになるか、別の宿を取ることになるわけで」

「……わかりました」

 散々イネちゃんの財布を気にしていたルスカだったので、更に宿泊代が発生することになると言えばしっかり覚悟を決めてくれてよかった。

 そしてイネちゃんが今心配なことは1つ。

(お風呂に入っている時に襲撃来ないといいねぇ)

 その時はもうブチ切れて組織壊滅を優先してしまうかもしれないとイーアの言葉に心の中で思うのであった。

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