第43話 鉄の森、蒸気の霧 - 8

「この強度だと単発射で弾込め時間での冷却は大丈夫だと思いますが……」

「となると素材からか」

「ただ鋼鉄だと弾性、熱強度でやはり不安が出ますね。消耗品にするには製造難度が出ると思いますし、何より重いのがネックですね」

「しかし採算がなぁ」

 ルスカの事は工房にいた見習いの人に任せ、イネちゃんはルーインさんと出来ることできないこと……技術的に伝えていいこといけないことを振り分けながらあぁでもないこうでもないと話していた。

 最初に見せてもらったバレルには不完全ながらもライフリングが施されていたし、組み立て後の構想と設計図を見たところ地球で言うところの1940年代のラインの物の構想は存在しているものの全体的に技術が飛んでいたりそもそも足りていなかったりと、イネちゃんが知識を提供するにしても取捨選択が非常に難しくなっていて……面倒くさい。

 というかライフリングが不完全なオートマチックのハンドガンが普及しているのであれば色んな人の微妙な反応は当然。

 弾の回転が不安定なので貫通力は低くなるし、射程距離もブレが出る上に真っ直ぐ飛ぶかどうかも何もない筒から発射するよりはマシと言った程度なのだから銃に信頼性がないのだ。

 それでも、この人が作ろうとしている銃はその弱点をカバーするための秒間発射数の確保と銃身のライフリングの精密化は理にかなっているし、構想通りに完成すれば90年代のアサルトライフルの領域にまで完成度が上がってもオーバーテクノロジーではなくなる。

 流石に制式採用されていて00年代以降も使われるようなロングセラー品のものは躊躇うものの、生産性と整備性の長けた銃のヒントはセーフと言える。

 はっきり言ってしまえばイネちゃんが居なくても後数年もすればこの工房から詠唱のある対個人の魔法はその殆どが役割を銃に奪われると思われる……魔法の優位性は個人の肉体、知識的なステルス性で、銃に関してはデリンジャーのような専用の物を作らないといけない以上、工場生産の形が取れるようにならなければその分野で戦闘系の魔法は生き残り続けるし、身体強化の類は銃が戦場の主役になっても確実に生き残ることだろう。

「旋盤はどこまで精密に?」

「銃身の中をこの程度に削れるくらいにはできるが……そっちをいじった方がいいか?」

 そう言って見せてもらったサンプルのライフリングはお世辞にも綺麗とは言い難いものの均一性は見られる。

 ただこれはルーインさんの技術、技量があって出来ているものだろうし生産ラインに乗せて採算を取ることを考えた場合改良が必要になる。

「そうですね……工作機械の精密性が上がれば量産するにも安定するでしょうし」

「将来を見越してか」

「それもですがルーインさん以外でも一定以上の精度を確保できるようにした方がいいですからね」

「やり方は教えてるはずなんだがなぁ……」

「マニュアル化していても経験による精度の差はどうしようもないですから……」

「どこも頭悩ませてる部分だな、少数精鋭でやるにしても育つまでがってやつだ」

「ともあれ……とりあえず紙のように描けるものはあります?」

「そこにあるが……一応貴重品だからあまり使ってくれるなよ」

「わかってます」

 むしろ植物紙を安定供給出来ているっぽい時点でこの街の技術、文明レベルは十分高い。

 貴重品っていうのは物流インフラが世界的に停滞していることによる材料の減少が加速しているからなのは、この世界でイネちゃんが関わってきた2か所だけを見ても嫌でも理解できる範疇なのですんなり受け入れられる。

 なので……教えられる範囲の設計図を描くのに失敗できないというプレッシャーがイネちゃんにのしかかるわけなのだ。

 鉛筆があれば消しゴム、消しパンで何とでもなるけれど……残念なことにインクしかないのでプレッシャーを低減する手段は殆ど存在しないので仕方ない。

「旋盤の方は構造はわかりますけど改善点は……」

「そっちは俺の仕事だからな、客人は銃の方任せたぞ」

 なんとも話が速い……となると現状このバレルに対して強度的にある程度安定した上で弾を相応の数ばら撒ける形にすればいい。

 デザインに関してこの世界で地球の物を利用させてもらってもいいのだけれど、構造的機能性って部分から何かしら予想していない発展の仕方をしかねないためルーインさんの考えていたデザイン案に機能性を付与していく形にして必要な構造を描き起こしていく。

 結局のところ地球のベストセラーにしてロングセラーの格安なアサルトライフルに近いものにはなりはしたものの、構造としては更に単純化しつつリコイル低減装置やガス作動……に関しては素材耐久の問題で不安要素が大きかったので蒸気からの発電が出来ているこの街の技術的にバッテリーの提案と電動による構造を提案する形にする。

 リコイルを強くしてその反動を利用した形にしてもよかったのだけれど、これもガス作動と同様に素材耐久の問題で損耗率が高くなるし、製造環境が量産に向いていない都合技術的に難しくなっても安定性を重視することにしたわけだ。

 無論これらはあくまで提案の形。

 最終的に決定するのはルーインさんなので実現可能性をある程度無視した提案をさせてもらったけれど……うっかりこれを超えて地球で現役のアサルトライフルのレベルにまで仕上げてきたらどうしようという不安もなくはない。

 何せ魔法がある都合、蒸気駆動旋盤を補助するような魔法が存在していてもおかしくない。

 そんな魔法と笑う人もいるかもしれないけれど、魔法だって知識であり技術なのだから必要に迫られれば開発、発明されてもおかしくないわけで……こればかりはイネちゃんが予想できないのが悪いのだけれど、出たとこ勝負になってしまう。

 まぁルーインさんは銃の製造目的は対魔獣に対して人類の戦力の底上げが目的であることから製造直後はその思想は問題ないはず。

 その後のことは……遅かれ早かれのこの世界の歴史になるだろうし、イネちゃんがそこまで責任を負うところではない。

 あえてその部分に対して対抗処置を残すのであればこの工房の人の権威を向上させる形にした上で、ルスカを始めとした相応の人数に力の責任を後世に伝えつつ権力者たちの監視役になれるだけの実力をつけさせるくらいか。

 最もそれを理想通りに進められたとしても平和の延命処置でしかない。

 結局どうするかはこの世界の人達が選ぶことだし、決断しなければいけないことなのだから。

 そんなことを考えながら2・3枚の紙にいくつかの銃の構造図を描いて、ルーインさんに見せる。

「とりあえずこういうのはどうです?」

 イネちゃんの書いた図面を見つめながらルーインさんは質問を飛ばしてくる。

「んー……電気で動くってのは理解できるが、その電気はどうするんだ?」

「いくつかの溶液を利用した蓄電池の案がありますよ」

「よしんば出来たとして駆動部の耐久性が担保できねぇだろ」

「その辺のテストも手伝いますよ。ただ依頼って形にして欲しいですが」

「無い袖は振れねぇぞ」

「報酬としていくつか無茶な注文をさせてもらえればいいですよ」

「聞かねぇことには判断しかねる。とりあえず現状溢れているものの改修で済みそうなこれを試したいが、電気も使わねぇからすぐ出来るが問題ないか?」

「いいですよ、こちらがテストを受け持つのも想定してましたから」

「……それで、無茶ってのはなんだ、言ってみやがれ」

「この剣と籠手なんですけどね」

 会話の流れで柄だけの剣と仕込み籠手を外してルーインさんに見せる。

「剣ってか柄か」

「刃を付け替えにしていてですね、魔法というかこんな感じに……」

 実際に刃をつけて周囲の安全を確認し、高周波振動を発生させる。

「~~~!~~ろ!」

 当然ながら空気も振動するため金属のこすれる爆音が工房全体に反響し、ルーインさんの声も聞こえなくなる。

 このままでは会話が出来ないので振動を止めると……。

「うるせぇ!止めろ!」

「止めましたよ」

「ったく……とりあえずやりたいことはわかったが、理由を聞いていいか?」

 こういう時に否定から入らない人は話が速くて助かる。

「高速で振動させることで切断力を向上させるのが目的ですね」

「だから刃を付け替えにするってことかよ、金かけるんだな」

「魔獣相手だと普通の剣じゃ斬れない上にすぐ折れますから、それなら斬れた方がいいでしょう?」

「……そりゃそうだ。だが俺は銃の専門だぞ、振動しやすい薄い刃なんざこの工房じゃ余裕はねぇよ。それでこの籠手はなんだ」

 出来ないではなく余裕はないか、技術的に可能だけれどやってる余裕はないから受けられないとはっきり言ってくれるのは助かる。

「この籠手はここを引くと超硬度ワイヤーを射出、巻き上げは電動か魔力、ここを操作すれば展開して盾になります」

「やれん、面倒すぎる。刃の方は気が向いたら試作程度は出来なくはないが、籠手に関しては動作部分が多すぎてやってる余裕は皆無だ。技術的には模倣出来るだろうが……少なくともワイヤーなんざ仕込めないな、材料も巻き上げ装置も使い手が怪我するだけだ。あんたは使いこなせるんだろうが他にも使わせようと思ってんだろどうせ」

 まくしたてられた内容は正論だった。

 そして誰かに使わせようとしているという部分も正解なので返す言葉もない。

「それであんたの言う依頼の形っていう無茶は全部できないわけだが……」

「連れの装備の見繕いだけにしときます」

 イネちゃんが今後楽できそうな銃の使用ハードルを下げることは出来そうなので盛大に妥協しながらも試作品のテストを受けることにした。

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