第39話 鉄の森、蒸気の霧 - 4
ルスカの傭兵登録のための試験はギルドの奥にある訓練場で行われることとなった。
イネちゃんも街の滞在中に利用する可能性を考慮して一緒に移動し、概ねギルドの内装や周辺地理を頭に叩き込む。
地理を確認している間にもこの街の文化文明水準と言うものがとことんファンタジーという単語からずれた感覚を受けるものが多い。
そうと言うのも職人ギルドは商店も兼ねているようで、その商品ラインナップが蛇口や小型のねじに工具等鋳造技術だけでは均一の品質を保つのも難しいもの、鋳造で作れる鋳物も品質が高めだし何よりイネちゃんが驚いたのは。
「ほれこれは最新型だぜ!」
そう言って店員が取り出して見せていたのはスライド式のハンドガン。
つまり個人携行の銃の製造技術がこの世界には存在しているということである。
遠目に見ただけではその品質まではわかりにくかったが、少なくとも最新型を謳っているあのハンドガンに関しては数発撃つだけで分解整備を行わなければいけないような物には見えなかったので、何とかして購入し分解するか職人に直接構造を聞いたりしたい。
最悪パラススさんの名前を利用してでも銃の構造の知識交換という点で職人との接点を持つことも考えないと……イネちゃん自身が銃の使用が出来るかどうか品質が多少落ちたとしても銃弾の補充、特にグレネード系の弾が確保可能になるかどうかで今後の動き方が大きく変わってくるからね。
勇者の力で作れない……わけではないものの面倒くさい上効果が限定的すぎる部類の燃焼系の弾なんかは既製品を手に入れた方が圧倒的に楽だし疲れないし効率的。
それに世界に存在しているのであれば心置きなく運用できる。
何だったら魔法でビームの様なことが出来るのならイネちゃんだってある程度気にするくらいで比較的気軽に使用できるんだけど……そもそもそういう発想で魔法を運用する人の方が希少になる傾向があるので銃の普及を手助けすればそういったことをやる人間も出るかもしれない。
最もその場合は今の対魔獣戦線から人間同士の戦争が始まる気もするので技術を制御できる人でなければ教えるわけにはいかないけれど……その辺の情報選別もイネちゃんの個人裁量の範囲になる今回の旅は本当面倒。
余計な責任を背負い込むのは嫌なので銃の構造的な内容でファイブセブンを見せるくらいのラインが限界ギリギリかなぁ……なんてことを考えている間に。
「ここが試験場だ」
ルスカとイネちゃんの前を歩いていた受付の1人が足を止めてそう伝えてくる。
場所としては屋内、地下、しかしながらそれなりの規模の広場と訓練場としては申し分なく、一部オブジェクトがシューティングレンジを想起させるものもあるため傭兵・職人両ギルドが共同管理している場所なのが伺える。
「今の時間の試験官はあいつだ」
紹介された男は巻き藁に向かって木剣と小盾を持って打ち込みを行っていた。
容姿はタトゥーとピアスを付けたスキンヘッドで、今の紹介が無ければ街のチンピラの1人と言われてもすんなり納得してしまうようなもので……お世辞にも筋肉の付き方からしても強い相手とはイネちゃんの試算でも思えない。
それでも試験官を任される理由があるということでもあるからイネちゃんなら油断せずに様子見でいくつか探りを入れるけれど、ルスカはアレで結構調子に乗る癖もあるから少し心配。
「あぁん?最近いなかったからボロい仕事だと思って受けたのによぉ、俺の番で来るとか貧乏くじじゃねぇか」
「グレイ、そう言うな。それに試験を受けるのはこっちの坊主だ」
「別に坊主でも嬢ちゃんでもいいけど……いやなんかその嬢ちゃんは嫌だな、ヤレと言われても断りたい何かを感じる」
む、近寄ってくる間の観察である程度の実力を察してきた。
となると観察眼を買われて試験官の依頼を出されていることになるわけで……自身の実力を隠すことも出来るくらいの実力を持っていることが確定する。
「そうした方がいい。そっちの嬢ちゃんはディランが腕を折った原因だからな」
「ってことは……見えてる部分以外もえぐいってことかよ、バケモンじゃねぇか」
「レディに向かってバケモンとは失礼な」
「バケモンってのは正しい評価だと思うがね、ディランをあしらったってことは魔獣を単独で複数殺したんだろ?十分バケモンの英雄様じゃねぇか」
「英雄って言われる活躍した記憶はないけどなぁ」
「自己評価と世間様の評価が違うなんざ珍しくねぇだろ」
「それはそう」
うん、今のやり取りで評価は大きく修正。
ルスカ、ちょっとまずいかも。
「口も回るし頭も回る。面倒ごと嫌いそうだし嬢ちゃんはこの辺にしてと……こっちの坊主はそれなりっぽいが、とりあえずやるか」
「俺はそれなりですか」
「それなりだろ、傭兵になりたいとか意気揚々に来る子供にしちゃ上位だろうがまだ世間ってのを知らないレベルだ。ただ油断できない要素もある」
グレイと呼ばれた男はルスカを評価しながらイネちゃんに視線を移動させる。
「そこのバケモンにしごかれたってんなら見た目でわからねぇ技術を持ち合わせてる前提でやらねぇといけねぇ」
付け焼刃的な小手先の技……2重の意味になっちゃったけれどルスカが思いつきでやるのは概ねそんなノリだから間違っていないから訂正せず続けると、少なくともこの男には絶対通用しない。
ルスカが合格をもらえる可能性を見出すとしたら基礎も基礎、その上で無意識に出来るように叩き込んだ防御とカウンターを中心に戦い方を構築する以外にないだろう……最もグレイが打ち込みを行っていた場所にある訓練用の装備を使えるのであればその限りではないけれど。
「その、槍とかの装備は使わせてもらえるんでしょうか」
ルスカもその路線を考えていたようで質問をする。
「できれば自前だけで受けて欲しいがな、金無しか」
「師匠がまずは格闘術を身につけろって言いつつ武器術の見込みもあるとか言ってきていたので」
「そうなのか?」
グレイがイネちゃんに質問してくる。
「まぁ……ベース的に素養はあるのは間違いないよ。訓練させてた時にも何度か使わせたけれど筋も悪くなかったし、怪我はしないよ」
「そうか、じゃあ1本だけ貸してやる。壊したら弁償しろよ」
そう言いつつグレイは口角を上げる。
一応、ルスカの槍術はそれなりに戦える。
問題は本当にそれなりでしかなく村の自警団の中でも中の中程度のラインで、グレイ相手となると十中八九通用しない。
イネちゃんが教えた武器術の応用をするにしても基礎を崩す形で数点の技術を教えた程度だし、それもチンピラ鎮圧のラインでしかないからね。
「わかりました、ありがとうございます」
ルスカもそれはわかっているだろうけれど槍を取りにいく。
「アレ、本当に対人のタイマンで槍使えるのか?」
「基本は村の自警団で出来てたみたいだからね、簡単な応用だけしか教えてないよ」
「そうか」
グレイは備品の破損とルスカの自傷を気にしている。
武器というのは正しく扱えなければそれがどんなものでも使い手を傷つけるリスクは常について回る以上試験官という立場的には気にしなければいけない……というかそういったものが依頼の内容に含まれているのかもしれない。
そういう視点からだとグレイは今のイネちゃんの言葉で少し安心したようにも見える。
「それじゃあ、お願いします」
「ま、瞬殺されないようにしろや坊主」
「そこの線を挟んで4歩離れて待機してくれ」
受付の人はレフェリーの役割も担っているようで2人に向かって指示をする。
「何をもって合格かは試験官によって違う。相手の真意を読み解くのも試験内容ということを肝に銘じた上で構えてくれ」
試験官によって違うか。
イネちゃんが村でやり合ったディランは満足させてくれたらとかそんなところだろうけれど、今ルスカと対峙しているグレイは少々底を見定めかねている所なのでイネちゃんでも断定しきれない。
ヒントになりそうなのは鋭い観察眼と槍を使いたいとルスカが言った時の弁償という言葉。
……捨て銭してでも数手耐えるか、無力化してみろって可能性は十分ありうるかな。
「それでは……試験はじめ!」
受付の人が大きな声で宣言したと同時に、ルスカの傭兵ライセンス試験が始まった。
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