第40話 鉄の森、蒸気の霧 - 5

「さて、ルスカの試験はそちらに任せていいですよね」

「ん……仕事の範疇だから問題ないが、見ていかないでいいのか?」

「合否は五分五分だろうとは思いますけど、あの子イネちゃんが見てるとやたら張り切って無茶しだすからね。それ以上に自分の力だけで何とかしなきゃいけない状況の方が今後多くなるから監視という見守りがない状態での力で測ってもらいたいので」

「まぁもう始めちまってるからな、こっちを気にする余裕も無くす程度にはグレイの奴も張り切ってるし気にせず用事を済ませに行ってくれや」

「ありがとう、そうさせてもらいます。あぁそれと……ルスカはあれでもディラン相手にそこそこ持久戦に持ち込める体術はあるから怪我とかの心配はあまり必要ないですよ」

 受付の人とそんな会話してからイネちゃんは改めてギルド内に戻る。

 ルスカの試験が心配じゃないかと言われれば、それなりには心配ながらも意識を負けないことに振り切った時のルスカはイネちゃんのフェイントにも対応しだすくらいには実力をつけているので師匠と慕われている以上はルスカの実力を信用してあげないとね。

 ギルド内に戻るとイネちゃんたちが最初に訪れた時と変わらず怒号を含んでいる活気で溢れており、イネちゃんにとってはどことなく懐かしい気持ちにさせてくれる。

『訓練してた時は周囲がこんな喧噪ばかりだったからね』

 イーアが思いふける感じに呟く。

 イネちゃんの訓練環境はお父さんたちの伝手で軍訓練環境や色んな武術の使い手との組手だったので周辺環境はこのギルドのように決して良いとは言えないものではあったけれど……当時のイネちゃんにしてみれば自分より体格が上の人間しかいないというのは理想的な対ゴブリン想定環境だったのでむしろ気合が入っていたなぁ。

 昔を懐かしむ空気に癒されつつも本来の目的を思い出す。

 ただこの街のギルドは多種多様な人と出入りの多さからよそ者の有無くらいしか情報がない人探しの方は少し期待できない。

 余程運が良ければ人の持っている雰囲気なんかで覚えている人がいるかもしれないけれど、ギルドに来るまでの間にチンピラが小遣い稼ぎをする程度には治安はよろしくないわけで……いっそのことチンピラ集団のような連中の場所を聞いてそいつらから情報を得る方が現実的かもしれない。

『いない、知らない、聞いたことないの証明は難しいからね。その逆ならしらみつぶしにする前には情報を掴めるから楽だけど』

「リリアとの情報共有だとココロさんの方は手がかりが既にあるっぽいのがね……こっちに逃げ込んでいない可能性の方が高いけど0じゃない状態だからなぁ」

 万が一ココロさん側が欺瞞情報でこちらが本命という可能性を完全否定出来る材料もないので当初の目的通り人探しという形で旅を続けなければいけない。

 幸い本部の方で逃亡者のモンタージュもある程度数を揃えられたらしく、街に入る前にルスカが寝ているタイミングで紙にトレースしておいたので情報収集の難易度に関しては低くなっていることだけが救いか。

 紙の確認をし、職人ギルドの受付に向かい。

「今大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇな、今精神集中してんだ」

 そう言う受付はサイコロを3つ握りしめてお椀に視線を集中している。

 あまりに暇すぎてチンチロリンをやっているようで、まぁお金をかけてるから大丈夫ではないってことだろう。

 別にイネちゃんも時間に追われているわけでもないので受付さんの勝負の行方を見守る。

 受付の男あ賽を投げる。

「くそっ!」

 出た目は目無し。

「集中してるときにいったいなんだよ、子供が来る場所でもねぇのに」

 そう来ることは予想出来ていたのでイネちゃんは無言で登録証を見せて。

「情報の売買。商人ギルドでもいいんだけどあっち側に用事があったからそのついでではあるから無理にとは言わないけど」

 登録証を下げる際に銅貨3枚を受付に残しておく。

「情報だぁ?これが代金かよ」

「内容次第で代金は化けるよ」

「どこまで行く」

「望んでない答えでも最低で銀貨2枚、理想の答えなら金貨1枚」

「何が聞きたいんだ」

 大変現金でよろしい。

「この似顔絵の中に見覚えのある顔があるかないかを答えてくれるだけでいい」

 昨晩トレースしておいた紙を見せながら質問をする……正直あるならある、無いならないでどちらでも金貨1枚を渡すつもり。

 欲を出してもったいぶるようなら銀貨にするつもりなので大抵の相手ならイネちゃんの方が得をする内容にしておくことで路銀節約を目論むのだ。

「知らねぇな。というか知っているかもしれねぇがいちいち一見の顔まで覚えているような仕事でもねぇしな」

「受付って結構顔を覚えるのも仕事では?」

「商人ギルドならそうだろうがな、うちは職人連中とそいつらと懇意になってる固定客ばかりだからな。日が浅い連中でも短い期間に複数回顔を見せるから覚えてねぇってことはあんたみたいに情報だけ買いに来た一見か来てねぇってことだ」

 割と納得できる論理的な答えが返ってきたのは驚いた。

 内容自体は曖昧なものの受付の仕事の矜持を感じられる挙動も見られたし、普通なら無礼になる余所と比べるような発言に対しても言及した上で信憑性を高めてきた。

「じゃあ見たことあっても知らないも同然だからわからんが答えってことでいい?」

「それでいいぞ」

 商人なら信用問題になり得るし、職人ギルドにしても腕と技術で黙らせるスタートラインにすら立てない可能性のある今のタイミングでは嘘をつく理由もない。

「成程……じゃあすることにしておくよ」

 こちらの答えとして金貨を出してその言葉も添えて差し出す。

「知らないで理想なのかよ」

「ここには来ていないっていう確定情報だからね、余計な情報収集で路銀を吐き出さずに済んだって意味でも金貨1枚で安くすむよ」

「そういうもんかねぇ……」

 職人ギルドの受付さんは納得してない感じながらも貰えるものはもらい、サイコロに視線を移そうとする。

「あ、それと他にも……これに関しては職人紹介にして欲しいんだけど」

 イネちゃんはそう言いながらファイブセブンを受付の上に出す。

「ん、銃か……って見たことねぇ銃だな」

「工房見学とかできてこれの知識のある職人さんを紹介してもらいたいんだけど」

「手に入れたはいいが消耗品の方の問題に突き当たった感じか。出来る奴は……いるにはいるが基本熟練は予定が向こう半年以上埋まってんな」

「ってことは新人とか見習いならいるわけだ」

「いるにはいるがな。銃の知識に関しては熟練連中に負けてねぇ工房が1つ、かなり小規模なところだがそれでいいか?」

「刀、道具鍛冶もしてれば理想かな」

「それはこの街ならどこでもやってる」

「じゃあそこでお願い、いくら?」

「紹介料は銀貨3枚」

「安いね」

 銀貨3枚を財布から出す。

「工房規模で決まってるからな」

「成程」

 となると割とベンチャーな工房なんだろう。

 それはそれで情報統制もしやすいし、ファイブセブンの構造情報くらいなら渡しても独自の物として外にも出さないだろうからそういった意味でも理想に近い。

「門番のとこの地図だとわかりにくいだろうからな、書いてやる」

「それも料金内?」

「紹介するのに会えないとかすると信用の方で後々面倒になるからな」

 そう言いつつ羊皮紙の地図を受付テーブルの下から取り出して線と丸を書いてくれた。

「ここだ。名前はサラマンダー工房で工房主はルーインだ」

「サラマンダー?」

「鉱山によくいる燃えてる皮をしたトカゲだよ。精霊だのなんだの言う奴もいるがな」

「成程、あやかってるわけだ」

「どこもそんなもんだ、銀貨3枚確かに」

「有益な時間だったよ、ありがとう」

 これでこの街でやることの準備は整ったかな。

 後はルスカがつつがなく試験を合格してくれればいいけれど……あのグレイという試験官はそれなりの実力者であることで確実に合格になるだろうという予測は流石に出来ない。

 ルスカの実力はそれなりに出来上がっているものの経験が足りていないという1点においてすべての不安要素になり得るからなぁ。

 まぁここで1度落ちたとしてもそれはそれでルスカにとっていい経験になる。

 どちらであっても次の予定はサラマンダー工房のルーインに会いにいくようにすればいいだけだし、工房主に都合のいい宿を聞けばその後も動きやすくなる。

 今後のことを考えながらイネちゃんは試験場へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る