第38話 鉄の森、蒸気の霧 - 3

 ルスカとチンピラの戦闘……いや戦闘と言うには少々一方的なもので概ね決着が着いた。

 途中イネちゃんはわざと捕まって人質役になってみたもののルスカにはわざと捕まらないでくださいって懇願されながらも、イネちゃんを掴んでいた男の意識を刈り取る形でしっかり顎にフックを当てて脳を揺らす最低限の行動で無力化したのでイネちゃんの指導をしっかりと吸収していたことにちょっと感動を覚える。

「一体何者なんだてめぇ……」

「あ、もういいから気絶した連中連れて行きな」

「え、師匠?」

「憶えてやがれ!」

 ルスカにやられていなかったチンピラは他の気絶した連中を引きずりながら立ち去る。

「なんで逃がしたんですか師匠」

「ここに放置して身体の冷たい人間を複数人作りたかった?」

「いえ……」

「対人で一番効果的なのは軍で言う全滅判定のところまで削ってやればいい、今回は奇数人数だったから連中が撤退したがるまで止めなかったけど」

「軍の全滅判定?」

「半分負傷させれば全滅判定。死体は回収しなくてもいいけど負傷兵は回収する必要があるからね、例え1人回収するのに3人犠牲になってでも」

「計算合わなくないです?」

「戦争ってのはそれだけ命が軽い。軍よりも命が重いだろうチンピラ相手にならより有効だと思わない?」

 ルスカは腑に落ちないと言った表情をしながらもチンピラ相手には有効という点は納得したようだ。

 まぁ軍にとってみれば既に死んだ人間の遺族に支払う年金とか色々増えられても戦後破綻の可能性を考えたら負傷兵回収をして治療して欠損してようが生きてますよと家族のところに返した方が安上がりってだけなんだけど……中世くらいまでは戦線維持の最少人数が割り込むかどうかだったっけか、戦争ってのは外交手段だし結局権力者の匙加減でその全滅判定も強引に動かされたりするのはルスカには教えなくていいか。

「なんか、ずる賢いというか……」

「まぁ0か100かじゃなく、相手のプライドをちょっと折った上で手を引く言い訳を作るって意味に捉えてもいいからね。全部倒すとか敵ばかり増えていくから面倒なだけだし」

「逆効果な気もしますよ」

「仲間意識の程度かな。正直チンピラで仲間がやられてまだ生きてるのに仇とか言ってくる連中は会ったことないから多分大丈夫、報復とか言ってくるにしてもルスカとの実力差は圧倒的だって学習させたわけだしそこまで心配することじゃないよ」

「20人とかで来られたら嫌です」

「無関係の一般人を人質くらいにはするかもねぇ、人数だけなら20人とか逆に相手が動きにくくなるし、人間っていう武器を使うことだってできるようになるでしょ?」

「人間を武器認定するのなんて師匠くらいです。後20人相手に体力が持つ前提で計算するのはやめてください」

「ま、ともあれ今回の殴り合いは回避出来たからね。これからはこういう面倒ごとを避けたいのなら突っかからずに回避するように」

「それは……はい……」

 ルスカも今回の面倒ごとで今後は正義感の発露は抑えるだろう。

 正義なんて名乗ったら社会悪どころか別の正義とも敵対しなきゃいけなくなるからね、今回だってこの街の治安維持組織に目をつけられて動きにくくなる可能性は十分ある。

 最もあのチンピラ連中の言動を考えると警察や衛兵と言った組織の人間からすれば自分たちにヘイトが向かない形でお灸をすえる人間が居て欲しいと願っている可能性は十分あるけど……あいつら旅行客とかにも絶対同じことやってるだろうし。

 特に商人ギルド辺りには交易流通の護衛依頼をギルドに出したいと思っても連中に絡まれて余計な出費を出すか余計な時間を使わされるかの選択を余儀なくされる人も少なくないだろうし、それでも牢屋等にぶち込まれていないのは後ろ盾がそれなりにあることだろう。

 その辺の調査をしておいてあげるのもいいかな、イネちゃんの為というよりルスカのために。

「じゃ、改めてギルドに行こうか。登録できれば案外ギルド側で保護されるかもだし」

「保護?」

「あの手のチンピラが自治組織のお世話になっていない、もしくは厳重注意程度でお目こぼしされている理由、考えてみな」

「……わかりません」

 ルスカは本当にわからないと言った表情。

 いやまぁ村では自警団長が働き者だったし、外部傭兵との交流も多めだったから治安が悪いわけでもなくわざわざ田舎に対魔獣防衛しに行くような傭兵は道徳心や信念なんかを持っている場合が大半で治安を悪化させるような言動はしないタイプの方が多い。

 それ故にに少数精鋭での対処を余儀なくされていたことを考えるとどちらかに偏るのはリスクが目立ってきちゃうよね、ルスカのような価値観の子供が育つって意味でも。

「チンピラ集団に所属している奴の中に権力を持ったお偉いさんの子供が居たり、そもそも表立って嫌がらせが出来ない相手に対しての実働隊として子飼いにする権力者も少なくないって意味。まぁ今回は多分ギルドに対しての嫌がらせか統制が取れていないタイミングだったかだろうからそこまで気にしないでいいよ」

「何1つ気にしなくていいという要素が無いと思うのですが……」

「ギルドも一枚岩ではないけれど世界規模ネットワーク持ちのでかい組織だってこと。そもそも特定国家に所属しない武装集団とか本来国家からしたら面倒ごと満載の厄介者でしかないにも関わらず中立の立場で存続出来ている時点で各国家や権力者と真正面からやりあえるだけのでかい組織だってこと」

 嫌がらせ想定だったとしても表立ってギルドといざこざを起こしたくない存在が関与するのが確定だし、最悪想定でも自由に動けなくなるパターンにまで陥らないライン。

 まぁそのライン超える相手っぽかったらイネちゃんがルスカ1人に任せる判断してなかったし、読み違えていたとしてもイネちゃんが既に貴族とギルド両面からの後ろ盾が存在している人材なのでそれこそ世界を統べている覇権国家とかでもない限り権利保障はされるとは思う……一応はパラススさんっていう最初の後ろ盾もあったからこそだけど、だからこそイネちゃんの重要性は高まっているし大丈夫、多分。

「ま、だからさっさと登録しなきゃいけない理由がルスカにだけ増えたってことだね」

「……はい」

「最悪を想定して対応しておけば肩透かしはあってもこちらの想定内なら大抵の物事に対処は楽になる。旅をする以上覚えておいた方がいい」

「それは……今師匠にたっぷり脅されたので」

 脅しとは人聞きの悪い。

 何にでも首を突っ込むと碌なことにはならないことを知識と経験を合わせて教えただけだというのに……。

 少し腑に落ちない流れにはなったものの目的地であるギルドには問題なくたどり着けた。

 この街のギルドは職人ギルドと傭兵ギルドが併設されているようで、目の前には明らかに地元民向けに見える酒場……と言うには些か居酒屋や酒問屋のような雰囲気の店舗で立ち呑みしながら商談らしきものをしている声や護衛計画っぽい内容の言葉がかなり大きな声で行われている。

 守秘義務も何もあったものではないが、この周辺は関係者しかいないからこその文化だろうか。

 ギルドの中に入ると受け付けが2つ、どちらの受付が傭兵ギルドかわからない程度には地元密着の悪い部分がさっそく露呈してきて少し困った……まぁ間違えても特別悪いことにはならないし入口から近い受付に足を向ける。

「傭兵ギルドってこっちでいい?」

「子供が来る場所じゃねぇぞ」

「質問にちゃんと答えてね~」

 お決まりのやり取りをしつつ登録証を見せる。

 実際イネちゃんの身長だとカウンターが少し高く感じる程度には低身長の人間が来ることを想定していないようなので受付のおじさんの初動は間違っていない、間違ってないからなんか変な気配を出すんじゃないルスカ。

「成程あんたがディランの言ってた化け物か」

「女性を相手に化け物は失礼だって言っておいて」

「ディラン相手に余裕かました女が化け物じゃなくて何なんだよ。とりあえずさっきの質問のことならこっちでいいぞ」

「それならこの子の傭兵登録お願い、代金いくら」

「なんか覇気がねぇ顔だな……ま、登録は試験で合格した後に銅貨3枚だ」

 ルスカは覇気がないと言われたものの特別気にしていないように見える。

 イネちゃんのこと言われたら変な気配を出すのに自分には無頓着か……この辺も矯正が必要だな。

「それで試験って?」

「いくつかあるが今出来るのは……これだな」

 そう言って受付が取り出した紙……そう羊皮紙ではなく植物から作った紙をかなり雑に扱っているのに1番驚いた。

 ちなみに試験の内容は街の治安巡回に参加するか、清掃活動、それ以外にはこの街所属の先輩傭兵が試験管となって実力を組手で見る3種で割とよくある内容だったのでルスカに選ばせる流れにしたものの……。

「どれか1つですか?」

「別に全部やってもいいが、報酬値引きの上登録料割引は1個分しかねぇぞ」

「それ割り引いた金額が銅貨3枚だよね、2枚になったりしない?」

「……全部やったら考えてやる。組手でちゃんと認められないと絶対割り引かないがな」

「だそうで、どうするルスカ」

 今のやり取りの後少し考え込んだルスカの出した決断は。

「……師匠、銅貨3枚大丈夫です?」

 全部やらず試験管との組手のみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る