第37話 鉄の森、蒸気の霧 - 2

 街の様子は排気された蒸気で霧が多いもののある程度換気が出来ているようで待機中の水分が多いはずなのに呼吸が苦しくならない。

 仕組みはわからないのでもしかしたら魔法的な物が作用しているのかもしれないが、イネちゃんの知識の範囲外だし事前にPDAに送られてきた情報からもパラススさんの情報が少ないので結構楽しみだったりする。

 ルスカはどちらかと言えば圧倒されてるようで少し縮こまっている……異文化や見たことすらない技術に対しての反応としてはちょっと過剰に距離を置いているのはルスカ本来の性格や人間性によるところだろう、個人的には早めに旅慣れて欲しいけど。

「さてと……ギルドと宿、どっちを先にするか」

「一緒なんじゃ」

「村は確かに一緒だったけれど、どこも一緒ってわけじゃないから注意すること」

「へー……」

 村なら会話がもう少し続いていたけど、ルスカは本当に今この街に圧倒されてるみたいだ。

「宿が先ならギルドの場所を聞けるし、ギルドが先ならルスカ分割り引かれる可能性がある」

「それならギルドが先の方がいいんじゃ?」

「多分この街って職人の方が立場的に上だから傭兵ギルドとかは路地裏だったりする可能性は十分あるよ。村に来てたあの傭兵がそれなりに人望あったとは言っても拠点にしている傭兵が全員あんな感じってわけじゃないし」

 ルスカに説明していてイネちゃんはこの時初めて、彼の名前を聞いていないことに気が付いた。

 いや聞いていたのかもしれないけれどすっかり忘れてしまっていると言い直してもいい程度には印象にない。

「地図、買ってましたよね?」

「毎回地図があると思ってると絶対痛い目見るからね、旅は。そもそも間違ってることも少なくないし」

 地球の先進国でも間違った地図や古くなった地図が少なくない。

 とはいえルスカの今の言葉も間違いではないので宿の場所とギルドの場所を確認する。

「宿はそこ、ギルドは街の中心……というかやっぱり路地裏かな、これは」

 宿の位置は防壁付近、街の出入口付近にいくつか固まって存在していて観光客や旅人向けの商店が多いメインストリートなのはどこも変わらないが、このご時世に旅をしているだろう傭兵ギルド所属員が1番利用するであろうギルドがそれなりに街のアングラっぽい場所にあるのがこの街の文化歴史を想像させる。

「ギルド付近はそれなりに治安は悪いだろうけれど、どうする?」

「師匠に余計なお金を使わせるわけにはいかないので、そちらを優先でお願いします」

「了解、食事はどうする?」

「後でいいんじゃないですか」

「まぁ、それでいいか。食べ歩きも旅の醍醐味だけど今すぐでなくていいし」

「食べ歩きって……」

「食べ物は旅でも大きい要素だよ、その土地でしか食べられないものも少なくないんだから」

 自分の生まれた世界や育った地球でも未だに食べられていないものも多いし、この世界は逃走した連中の捜索と言う名の人探しのために来ているわけだけれど、それはそれとして諸国漫遊食べ歩きという身軽だからこそ出来るものも楽しみたいという本心もある。

 いつも通りリリアと一緒に移動してその土地の贖罪を美味しく調理してもらってっていうのも捨てがたいけれど、その土地特有の料理ってのはまた違った味わいがあるものなのだ。

「そういうものなんですねぇ……」

「最もこの周辺地域で1番ごはんの美味い村出身のルスカにしてみたらあまり楽しめないかもしれないけどね」

 イネちゃんも食生活に関してはゴブリンの一件の時以外は基本的に恵まれていた方ではあるとは思うけれど、それでも訓練中はお粥だけとか温めないレトルト食品、生食しても問題ない昆虫なんかを食べたこともあるのでどんな食べ方があるのかという楽しみ方をするようになっただけで。

 ルスカは生まれ育った村がこの世界の胃袋と言って問題ない場所だったことから調理法は買い付けにくる商人からそれなりに伝わっていたのが短い滞在期間でもわかる程度には充実していたので、わざわざ伝える必要のないその地域の特にあまり美味しくない部類な名産品を楽しむのは難しいかもしれないし。

「ともあれ決めたことだしまずはギルドに行こうか」

 地図を折りたたみながら移動を始める。

 きちんとルスカがついてくるのを確認しつつ歩を進めるものの、どうにも視線を感じるようになってくる。

 今の所は人通りがある大きめの通りを選んで移動しているからいいとは思うものの、この手の視線は観光客狙いのぼったくりか、チンピラのカツアゲのどちらかなのでトラブルがあちらから寄ってくるタイプの視線なので前者ならイネちゃんが対応して後者ならルスカに任せてみよう。

 1人でそう決めて軽く首を縦に振りつつ先ほどの地図でいうギルドのあるだろう路地に入ると、さっそく目の前に柄の悪く服もボロというにはまだしっかりしている程度の格好な筋肉は腕だけついているような体形の男が道を塞いでいた。

「通行料、払えや。観光代金で金貨1枚でいいぜ」

「そんな代金払えるかよ!」

 ルスカが脊髄反射的に悪い方向に転ぶ返答をしてしまっていたので、ここは様子見をする。

「じゃあ通せねぇなぁ、なぁお前ら」

「そうだなぁ、代わりにこっちの女でもいいんだぜぇぐへへ」

 ぐへへとか言葉にする人間初めて……ではないけど久々だなぁ。

 イネちゃんが軽い懐かしさにほっこりしているとルスカの顔は真っ赤になっていっている。

「ただのチンピラなら余計に払う金はない」

「おぅおぅイキるねぇ、こっちの人数相手に女守りながら勝てると思ってんのかよ」

「いや……」

 ここでルスカはイネちゃんの表情を確認し、少し青ざめる。

 この状況で笑顔でルスカの目を見て意図を察する程度には察しが良くなってくれてイネちゃんは楽が出来るよ、うん。

「女、テメェはこっちだ!」

「あー無理やりじゃなくてもいいから、このくらい離れてればいいかな?」

「やたら協力的じゃねぇか」

「まぁ……ね?」

 イネちゃんのこの一言は、男たちは口笛を吹き、ルスカを更に青ざめさせた。

 男たちはもう後の事を考えていてのことだけれど、ルスカはこれで不甲斐ない戦いをしたらどういうメニューを課せられるのかという不安に追い込まれた表情である。

 正直後ろにいた男は3人、どれも道を封鎖していた男よりも実力という面において下回る程度のもので封鎖していたリーダー格の男も今のルスカの実力を考えれば余裕。

 問題があるとするならば複数人相手の対人戦経験がルスカには全くと言ってなかったという一点のみなので、イネちゃんが教えてきたことの応用でしっかりと対応できるのか理解力を試される試験のようなものという点。

 完全にぶっつけ本番の、文字通り降ってわいた機会をイネちゃんが利用した形なのでルスカの方も心の準備などは全く出来ていないという不安要素は十分考慮していい。

 最も常時そういった事態になり得ることを想定していないこと自体が減点対象なのだけど。

「それじゃあ……始めようぜぇ!」

 イネちゃんの肩やお腹を捕まえようとしてくる男の動きをことごとく回避しつつ、偶発的に訪れたルスカへの試練を見守るイネちゃんなのであった。

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