第36話 鉄の森、蒸気の霧 - 1
村を出発し、道中ルスカにサバイバル術や簡単な狩りと少人数時の寝床設営とかを教えつつ比較的整備されている街道を歩いて1週間、足元の道は石畳……と言うよりは現代アスファルトや古代コンクリートに近い舗装材に代わり、水分を多く含んでいる霧が濃くなってきて恐らくはガス灯と思われる街灯が姿を現した。
街の情報を仕入れる際に鉄という単語をより多く聞いていたことからある程度予想はしていたが、恐らくは街の産業が蒸気機関が中心で街灯もそれに付随した装置で点灯しているものと思われる……ガス灯と思ったのは昔お父さんたちに見せてもらった産業革命時代設定の漫画を見せてもらった時のデザインに酷似していたからなので、ガス灯なのか電灯なのかは街についてから調べればいい。
しかし蒸気機関と思われる機構が存在していることを考えるとそれ相応に科学技術も発展しているということで……パラススさんの存在からこの世界は魔法が存在していることは確定していたものの、技術水準で言えば森の街での鋳造炉等でかなりいびつなものと思っていた。
魔法が特定の人間しか使えない特殊技能であることを鑑みると、対魔獣を始めとした諸問題に対して魔法に頼らない兵器を基礎とした技術発展が存在していても不思議ではないか。
「師匠、この霧変じゃないですか?」
「どこが変だと思う?」
「なんか自然じゃないというか、霧なのに少し熱いというか」
「まぁ自然じゃないだろうからね」
ルスカは自然豊かな土地でしか暮らしたことが無いので当然の感想。
今から見る物全てがルスカにとっては初めてで新鮮で、それでいて恐れを覚えたりもする光景だろうとイネちゃんは予想する。
会話が途切れたところで霧も薄くなり、森の街で見た外壁を更に超える防壁が姿を現した。
それを構成している材料や構造はイネちゃんが想像していたものよりも立派で、所々に狭間と思われる窓から砲門らしきものが顔を見せている辺り火薬を用いた兵器が普通に運用されている……いや原始的な大砲なら中世には存在していたしそれほど驚くことでもないか。
それどころか金属を使った防壁が建造できる程度に科学技術が発達しているのであれば既に個人携行サイズの銃が量産されていても不思議ではない。
(鋳造だとしても巨大になればそれだけ技術と設備が必要になるしね)
イーアの確認と同時に門番だろう人がこちらに気づく。
「そこの2人、どこから来た」
明らかに珍しいと言った反応でその仕事が閑職に近い状態になっているのだろうか、ご時世的に仕方ないけど。
「森の村の方から、この子は村出身の少年」
「森……もしかしてあんたが魔獣を1人でやるっていう傭兵か」
「それは出来るけど。何、有名人になってる?」
「機械の街じゃそれなりだな。世界の胃袋を救った英雄扱いしてるのもいる」
「うへぇ……あまりそういうの歓迎したくないんだけど」
「傭兵にしちゃ珍しいな、もっと俺は英雄様だみたいにやる奴しか俺は知らんが」
「傭兵登録はしてるけど旅人的に放浪してるからね、世界を見て回る……冒険者とかそんな呼び方された方が個人的には気分いいよ」
「変に英雄扱いされて場所に縛られたくないってタイプか。ま、魔獣を処理できて金を稼げる税金みたいなもんと思っておきな……と、それはそうと登録票を見せてくれ」
驚いてた割にノリが軽い門番に金属プレートで出来た登録票を見せる。
殆どドッグタグみたいなものだけど携帯性と個人認識がしやすいって点では制度化されて規格統一されているのはそれだけ組織として強固なわけだし社会的地位という点においてもある程度の保証がされるため色々と楽が出来るから気に入っている。
「森の街での登録か」
「村の方は立ち上がったばかりで登録作業がまだできない状態だからね」
「あぁようやく出来たのか。ギルドの方は特定国家に支配されないって運営があの村にも認められたってことか」
「魔獣の襲撃を単独で処理しきれなくなったから次善の策的な流れだったよ」
「時勢か。じゃあそっちの坊主は登録してないのか」
自分のことを言われたルスカは緊張している。
どうせ登録していないと入れないとかそんなこと考えているんだろうな。
「うん、ついてくるって決めたのもこっちが出立する直前だったし、あの村の若者だと登録料的な面でも難しいからね」
「そりゃそうか。しかしあの村からだと思い切ったもんだ」
「魔獣の脅威を目の当たりにして戦い方を覚えたいって心の底から思ったみたいだし、その一環として世界を教えようとね」
「なら通行料は銀貨3枚と銅貨4枚だな」
「1人1と7?」
「ギルド登録済みは銀1、これは傭兵商人どっちもだな」
「了解。やっぱここで登録させるべきだって情報ありがと」
「これでもうちは安い方だからな、そうしてやった方がいいさ」
会話をしながら銀貨4枚を門番に渡す。
「崩すのはやってないが……」
「じゃあ旅行客なりに教える感じの街の地図か案内をしてくれればいいよ」
「銅貨6枚だと安いな」
「じゃあこれも追加で」
追加で銀貨1枚を渡すと門番は笑顔になり。
「商人連中が売ってる地図だ。銅貨8枚で売ってる奴だけどな」
「別にいいよ、門番と仲良くしておいて損はないし」
「悪いことは考えないでくれよ」
「この街の法に関してはまぁ、滞在中に覚えるよ」
「良い滞在を」
門番はそう言って鋼鉄の門扉をレバーを操作して開けた。
門扉……と言ってもイネちゃんたちは馬車とかを使っていなかったので人用の小さい方ではあったけれど、それでも軽く見積もっても200kg超にはなるだろう門扉をスムーズに開ける機構を作れる技術がこの街にはあるということでもある。
魔獣を相手と考えたらもう少し重く作っても良さそうではあるものの、魔獣の体躯を考えればここはこの門扉でいいという判断でもあるんだろうね、これ以上重くなると今度は開閉に問題が出てくるだろうし。
「師匠、えっと……俺の分の料金……」
「連れていくって決めた時点でそれもイネちゃんの役割だよ。そもそもルスカは今手持ちがないでしょうに」
「それは……はい。ただ師匠、この通路ってなんでこんな明るいんです?」
ルスカの言うように門扉をくぐった後はすぐに街、と言うわけではなく相応に厚みのある防壁内の通路をそれなりに歩く必要がある。
そしてこの通路は街道のように灯りがしっかり照らされているのだ。
その灯りの質は白熱電球と言うより蛍光灯に近いものを感じる。
白熱電球でも地球では20世紀に入ってから、蛍光灯は20世紀末辺りの普及であることを考えるとこの世界の科学技術のいびつさが際立ってくるな。
少なくともこれらの灯りを常時点灯させるだけの安定発電を実現しているという事実を考えるとこの街に関してはお父さんたちの持っていた漫画にあったスチームパンクに近い感じなのかもしれない。
「灯りがあるからね、多分電灯だとは思うけど」
「電灯?油とかじゃないんですか」
「街の外の霧があったでしょ。アレは多分蒸気……水を沸騰させたときの蒸気ね、アレで特定の構造を動かすことで発生させているエネルギーを使った灯りだね」
ルスカだけでなく、機械を知らない人にピストン構造なりを説明する知識はイネちゃんには持ち合わせていないので基本的な動力とエネルギーを取り出しての他の物を動かしている程度の説明にしておく。
「へぇ……」
「詳しく知りたいなら職人なりに聞けばいいよ。旅をするなら情報収集が出来ないと困ることにしかならないから出来るようになった方がいいしね」
「さっきみたいなやり取りもですか」
「んー……相手次第では面倒になるからアレは相手を見て判断できるだけの経験をしてからかな」
「なんだか大変そうな印象しかないんですが」
「まぁ人同士のソレの方が野獣相手の狩りより面倒なのは事実だよ」
ルスカは今後、先ほどイネちゃんが門番にやったようなやり取りを自分もやらないといけないと考えたようで表情が面白いことになっている。
「それはともあれ、ようやく街だ」
通路を抜け、視界に飛び込んできた光景は……鉄の街、機械の街などと称されるにふさわしい程にお父さんたちの漫画にあったスチームパンクを想起させるものであった。
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