第35話 黄金の草原 - 18

 詰め所で自警団長との会話を終わらせ、思った以上の長期滞在になっていたこの村から出発する……というタイミングでルスカがイネちゃんの事を待ってきた。

 服装は害獣駆除の際に作られる上質な革で作られた活動着を着て、それなりに膨らんでいる麻袋が見える……前日までの言動を考えればルスカが何をやりたがっているのかは簡単に想像できる。

 そこで少し意地悪な言葉を投げつけてルスカの気持ちの最終確認。

「その袋は出発の記念品?」

「ち、ちがっ!」

「わかってるからそんな焦らないでいいって。ただ最終確認はさせて、旅をするということは最低限自分の事は自分で対処できるようになること、これは衣食住や安全確保、健康管理なんかも全部含まれる」

 ルスカの表情は少し曇るものの、まっすぐイネちゃんの目を見ながら。

「わかって……いやわかってないのは理解してますけれど、それでももっと強くなりたいから……お願いします!」

 腰を大きく曲げるおじぎをしたルスカに対し、イネちゃんは最初から覚悟が決まっているのであれば一向にかまわないつもりだったので少年の気持ちとやる気の勢いはそれだけでも十分評価の対象にはなる。

 ただ評価できるだけではサバイバル生活はこなせないし、今後の身の入れ方に対してある程度覚悟を持たせておこう。

「本来ならその辺のサバイバル術は出発前に知識だけは入れておいて欲しかったけどね。他の人……何だったらロイに聞いておくことも出来ただろうし」

「それは……」

「まぁイネちゃん側でそれをそもそも想定せずにメニューを組んでいたわけだから仕方ない所ではある。次の街に向かうまでの間に確実に出来るようになってもらわないと困るけど」

「それじゃあ!」

「他にも色々と覚えてもらうことになるから、今までの修練ではなくもっと別のサバイバル術を覚えてもらうことになるけどね。他には旅の最中の食料調達なんかもね」

 特に覚えさせたいのは水の確保だけれど……それは問題に直面したタイミングで教えた方が必死になるし覚えも早くなるだろうから今言う必要は無いか。

 イネちゃんだって旅に出た時から使い込んでいるスキットル以外にこの世界で確保した瓜植物と思われるものを囲うしたそれなりの大きさの水筒を持っているものの、この世界の水の成分はイネちゃんが暮らしていた環境のものよりも質の面ではちょっと飲みにくいし洗濯物がごわごわするくらい。

 ただし今の所の人の生活をしている地域では水は潤沢にあることから雨期のようなものが存在していて森林などで大地に保水力が高く地下水や地下河川がある場所だったので1度煮沸しておけば飲料として問題ないので良かったけれど、今から向かう先は鉄の街とギルド所属の傭兵連中から聞いているので飲み水の確保の重要性はかなり高まる……はず。

 街として機能しているのだから大丈夫だとは思うものの、高濃度の鉄分や状況次第では産業排水での汚染なんかも想定できるので最悪雨水やろ過装置を自作しなきゃいけないわけで……それはそれでルスカへの勉強にもなりそうか。

「とりあえず出発するにあたって知人への挨拶とかは済ませてあるよね?」

「デグと村長には話は通してあるし、ロイの奴にも伝えてあります」

 ここで肉親の名前が出てこない辺り言及しなくていい内容かな。

 ご時世的には既に他界しているか、村で調達できない物資の確保のため村に滞在する期間が年間通して殆どなく家族としての情が薄くなっているとか色々と考えられるし。

 後見人的な立場として自警団長と村長が居たことだろうしその2人から言及がなかったことから容認していて尚且つイネちゃんから専属の形で色々学ばせようという考えなんだろう、挨拶の時に言及すればイネちゃんが断る可能性を考慮するのはあの2人なら十分考えられるからね。

「誰からも呼び止められなかった、と」

「世界を学んでこいと背中を押されましたよ」

「だろうねぇ……挨拶の時に言及されなかった辺り自警団長と村長はそのつもりだろうし。ともあれこれでイネちゃんが断る理由は特になくなったわけで、イネちゃんには道中誰かを守りながらの旅が出来る実力もしっかりとあるわけなので……ちゃんと自分の身を守れる程度には頑張ってもらうからね」

「よろしくお願いします!」

 こうしてイネちゃんは流されるままに弟子を1人つれて旅を続けることになってしまったのであった。

 リリアへの報告に関してはルスカが眠った後に文字通信で済ませればいいとしても……本来の目的を果たすための土台作りがいつの間にか色々と責任を背負うことになったわけだが。

(あまり悪い気はしないね)

 イーアの言う通りそんな悪い気はしていない。

 イネちゃんの最初の時以外は基本的に誰かと一緒だったことを考えると、単独行動よりも複数人で動くことに慣れすぎていたのかもしれない、テンションの問題を含めて案外ルスカの存在はいい方向に転がってくれるかもね。

 現地協力員は多くて損はないし、イネちゃんよりも世界や世間に対して無知っぽいルスカだとしても積極的な疑問という点で情報収集という面において立ち回りを間違えなければ有利に運べる。

 イネちゃん自身にその辺のプライドなんてものはないけれど、単独学習するよりも複数人で同じことを学ぶというのは相乗効果が期待できるのはリリアと一緒だった時に経験しているのでルスカ少年には案外期待している。

 そんな打算込み、個人的楽しみ込みで同行人を増やしてイネちゃんは新しい街へと出発したのであった。

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