第33話 黄金の草原 - 16

 突然な騒動をかたずけてルスカ少年に簡単な手ほどきをした収穫祭から数日後、収穫の終えた土色が広がる平野を見ながら防壁の補修と改修の指示を出している。

「職人の指示に従って作業をしてね。職人さんはわからない部分があったら聞いてもらえるとありがたいです」

 指示と言ってもこの程度のもので、職人の人が優秀なので構造や造形の意味を説明するだけでも十二分以上の物を作り上げてくれるし、村の人にも技術指導しながら進めているにも関わらずかなりの速度で防壁も完成に近づいていた。

 ただ完成とは言え魔獣が本気で飛び越えようと思えば飛び越えられる高さ……5m程度の高さしかないため以前警戒は必要ではあるけど。

「ま、それでも幅は相応に確保した上に自警団員詰め所も併設して宿泊所にギルド支部設立と短期間でよくこぎつけられたと考えるべきかな」

「誰に言ってるんです?」

「ただの自己確認だよルスカ少年。作業自体には殆ど関わっていないけど立ち上げは全部に関わってるわけだし、なんだかんだ感慨深い達成感ってのを感じただけ」

 ルスカ少年はよくわからないと言ったように首を傾げているが他の例え方を思いつかないので申し訳ないが将来自分で気が付いてもらうことにする。

「それはそうとルスカ少年、戦い方に関しては慣れてきた?」

 宿泊所での騒動とその直後の簡単なレクチャーをして、ここ数日の間に短期集中で出来る特殊部隊御用達の訓練方法を取り入れて鍛えたものの、ルスカ少年の適正はどうにも攻撃よりも防御方面に特化していることが分かった。

 それでもある程度対人戦で及び腰にならないように訓練メニューを組んで教えはしたものの、最終的には本人がどれだけ自分の能力を正しく自覚できるかにかかっているのでこの質問は何度も聞いている。

 ルスカ少年も同じ質問を何度もされたことでまたかと言った表情を見せるものの、先日の対人戦と言うものを実戦で経験していたルスカ少年は首を横に降り。

「いや……訓練は確かにマシになっているんだろうとは思うんですけど、実戦だとどうなるかまでは訓練だけじゃ実感できませんよ」

「ロイは自信ついてたみたいだけど」

「あいつは慣れてるところもありますから」

 ロイは野盗になっていた時期もあるからか、ある程度の対人戦経験があるため技術が追い付いてきてそれが自信につながっている。

 しかしながらルスカ少年の対人戦経験は収穫祭初日のトラブル、その1回だけで経験が少なく自分の実力がどういう場面に対して有効になるのかという想像が出来ないことが自信がないことに繋がっているんだろう。

「まぁ経験ってのは訓練だけじゃ身につかない部分でもあるから」

「それだといくら訓練しても意味はない……」

「ことはない」

 ルスカ少年が卑屈になってきたので言葉をかぶせる形で否定する。

「最低限の技量があれば実戦の時、どんなに及び腰でもある程度対応は出来るけれど技量ななければそれも出来ない。ルスカ少年は1度これを経験してたと思うけど?」

「それは……いやでも」

「でももなく、無傷で村長さんに攻撃が向かないように立ち回っていたのは間違いなく技量があったから出来たこと。そもそも基礎が出来ていないのに本番で上手くいく可能性がとてつもなく小さいことはルスカ少年自身が1番自覚してたでしょうに」

 なんでこうまで卑屈になっているのかちょっとよくわからない。

 もしかしたら収穫祭の終わりが近づいて、更に村の防衛周りの改修や自警団の技量向上と戦術構築に合わせてギルド設置もありイネちゃんが居なくても何とか出来る体制が整ってきていることを認識してルスカ少年の中で直接指導の機会がもうなくなるんじゃないかという不安から来ているかもしれない……が、元々そういう約束でもあったのでどのみちルスカ少年の中で消化しなければいけない問題なのでイネちゃんから出来ることは少ない。

「まぁ不安になるってのはわかるけどね、村が大きく変わっている時だし……とは言っても今までの立場を守るための変化だからそこまで心配しないでいいと思うけど」

「でも師匠は残らないんですよね?」

 やっぱりそこだったか。

「元々旅人として自由に動けるようになるための冒険者、傭兵の上位ライセンスのために魔獣処理をして村と町を繋ぐ街道の安全確保だけだったからね。今は村長に専属契約を合わせて滞在しているわけだし」

「やっぱり、もうすぐこの訓練も終わりなんですね……」

「最低限の技量と土台はルスカ少年もロイも身についてるけどね」

「それでももっと強くなりたいから!」

「強くなって、何をする?」

 これは割と重要な質問。

 ルスカ少年の最初の同期は守られるだけは嫌だと言ったものだったところからどう変化しているのか、今の卑屈さを考えると恐らくは周囲の変化と自分の変化が急激すぎて自分の認識とずれすぎていることからの不安が大きすぎるだけで、ルスカ少年本人がその問題を自覚出来れば現時点ではかなり改善する……はず。

 こういう人の心の問題をリリアに任せてたから答えはわからない。

 元々答えはないってリリアなら言いそうだけど、相手の考えと深層心理まで読めるリリアならではの細かい対応が出来ていたから今までは問題にはならなかったことが今こうしてイネちゃん単独でやらないといけなくなった時に解決できない問題として立ちはだかる。

 正直に言えば戦って解決できる事象の方がイネちゃんにとっては簡単で、こうやって若者育成みたいなことをやるにはイネちゃん自身の経験があまりに足りていない。

 それこそお父さんたちに教えてもらった時のことを思い出しながら、イネちゃんにしてもらった内容をかみ砕いて簡単にしつつ大事なところはしっかりとを意識してはいるものの……出来ているかは不安だけど。

「守られるだけじゃなく、横に立って……」

「最初の思いそのままってことで、いいかな。それで構わないけれど、力を持つってことは責任も負うことに繋がるからそこは忘れないでね」

 特に誰かと一緒に戦いたいって思いの場合、自分の命以外の命も守るとまではいかないにしてもそれ相応の責任を負うことになる。

 お父さんたちがチームだったし、イネちゃんが訓練の中心が軍隊式だったこともあって戦友との連携とカバーを重視した教えを受けていたからではあるので戦闘術を教える際のきめ細やかさなんてものまで身についていないので独自の感覚でやるしかない。

「最も、まずは自分を守れるようになってから考えることだけどね。1対1での足止めなら今のルスカ少年でも出来るけれど、複数人が相手になった場合の対応能力はまだまだだから」

「でも師匠は村を出るんですよね」

「予定ではあるけど、まだ対魔獣の方が煮詰まってないからね。そっちを自警団と詰めておかないとギルド支部が出来たとは言っても人がいない以上頼れないし、常に対魔獣に参加できるだけの実力を持った人間がいるわけじゃないから、結局は自警団で対処可能な状態にしておかないといけない。そこが煮詰まって固まるまでは滞在予定」

 最もその手段は既に案としてあるし、イネちゃんに決闘を挑んできたあの人が活動拠点にしている街はどうやら機械関係の技術があるようなのでイネちゃんの戦力アップのためにも早めに確認しておきたいのでルスカ少年が期待するような期間滞在することはないだろうけれど。

 もし、その時になってもまだ今日の様な状態になるのであれば……一時的にだけど旅に同行させるのもいいかもしれない。

 この世界の機械類がどの程度の技術なのかにもよるものの、ある程度武器術に組み込めるようであればルスカ少年に勧めるのも悪くないし、対魔獣の観点においても単発でもいいから高火力で一撃、もしくは気絶させられる兵装があればイネちゃんの路銀から村に導入してもらうのも悪くはないし。

 イネちゃんがまだ滞在予定であることを聞いてルスカ少年の表情にも少しではあるが安堵の表情が見えてきたところで、イネちゃんは今後の予定を日記のメモ欄に書き込んでいくのであった。

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