第32話 黄金の草原 - 15

 男の準備していた伏兵のボウガンを弾いた後、場の空気は凍ったまま動かない。

 自信過剰な上に自分のものではない権力や力に頼ることに躊躇いがない手合いであることを考えるとこの程度で諦める選択はしないはずだけど……現状この場にいる男の味方はおよそ10名程度、1人はボウガンを撃ってきたので場所まで把握しているから何をしてくるにしてもイネちゃんを狙ってくれるのであれば対処して見せるだけの想定はしている。

 問題はなりふり構わず、目的を間違えてやり始められた場合が1番やって欲しくないことではあるけれど……流石に世界を敵に回すだけの度胸は無いと信じたい所。

「いっそ手の内を全部見せてくれないかな、自暴自棄な手段以外でだけど」

 イネちゃんの言葉がなくともあの村長の事だから既に手を回していることだろうし、挑発を続ける。

 自警団長がこの場に居ないことからの判断ではあるけれど……正直これはほぼ確信に近いところがある。

「敗北を認めてくれるのなら、現時点ならそこまで酷いペナルティは入らないと思うし、そうして欲しいんだけどな」

「貴様にその判断権限があるとでも言うのか?」

「いやあくまで感想、その判断をするのは村長だし」

 このタイミングでも村長は何も言わず状況を見守るつもりの様で口を開かない。

 目線で促してもダメだったから遺恨という意味でも首謀者にはそれ相応の罰を与えるつもりなのだろうが……それを与えるのが本来部外者であるイネちゃんに任せてきている点は流石に後の交渉でちょっと色を付けてもらおう。

「どちらにしても……」

 男は小声で呟き、この場にいる全員の死角になっている場所で何かをやろうとしているのが確認できた。

 村長の様子を見る感じでは防げという感じもなく、むしろ使わせた上で更に封殺してみせろという意思をその笑顔からは伝わってくる。

「……割り増しですよ」

「ダメであるのならば!」

 男が叫ぶと同時にイネちゃんの周囲の空気が歪み真空の刃が襲い掛かってくる。

 そういえば忘れ気味ではあったけれどこの世界にも魔法の類が存在していたんだった……とは言え真空の刃は単純な風圧によるかまいたち現象を発生させる程度のものでしかないようで、イネちゃんの皮膚に関してはこの世界ではいつものような過剰な防護をしていないため軽く切り傷が出来るものの肉を切り裂く力はなく、特殊繊維で作られた服に至っては無傷もいい所。

 これが切り札として使われているのであればイネちゃんが警戒する必要は無いのだけれど、どうにも男の気配は戦意を失っておらず別の何かがあると考えていい。

「師匠!?」

「擦り傷程度の出血で騒がない。戦闘中にこの程度の傷なんていくらでもできるのだから慌てず意識を相対している相手から外さずにおくこと、この辺は後日練習メニューに入れてあるから事前に予習が出来ていると思いなさい」

 ルスカ少年が大きな声を出したのでたしなめる言葉を向けて言い終わるくらいのタイミングで一気に間合いを詰めてきて……その手には光で構築された剣が握られていた。

 剣の大きさは刀身が30cm程度とそれほど大きくはないものの、流石にこれに対しては先ほどの武装解除や盾で受け流すのはダメージという点以外へのリスクが生じる可能性があるため対応を考えないといけない。

 とはいえ間合いを詰めてくる相手がいる状態で思考を回すにしてもイーアと連携していても限界があるため一度距離を取るため大きく回避をする。

「一瞬でも空中に飛ぶ瞬間を待っていた!」

 男が叫ぶと今度はこぶし大程の火球が直線的に飛んでくると同時に先ほどと同じ真空の刃が襲い掛かってくる。

 速度的にイネちゃんが着地するよりも早く火球が着弾する形になっている辺り、この男も相応な鍛錬を積んでいることはわかる……最もこのくらいの実力がなければそもそも強い権限を持つだろう食料の買い付け役、じゃなく武力で脅す役割を任されないだろうし商隊のリーダーになることすらできないか。

 とはいえこのくらいの搦め手でダメージを受けてやる義理もないので火球は籠手で払い、真空の刃は先ほど同様防御はせずに男の次の手に備える。

『もう来てる』

 イーアの言う通り男は光の剣をこちらに向かい投げていて、既に次の剣も生成を始めていたのが視界に入る。

 成程、相手を空中に浮かして真空の刃と火球で行動を制限した上での本命。

「効果的ではあると思うけど……ね!」

 仕込み籠手のシールドを展開させて自分の身体を強化する要領で盾に魔力を流す……意識的にやるのは殆どやったことはないもののイネちゃんの世界にだって魔法は存在していて付与魔法が発達しているし、イネちゃんも自分自身を無意識で強化していたため能動的にやるのは本当に数える程しかないものの失敗したことは今のところない。

 今回も問題なく魔力を籠めることが出来たので、落ち着いて光の剣を真正面から盾で受けてバランスを崩すことなく着地する。

「クソ!」

 男が光の剣を新しく展開していたのは確認できていたので向かってきているのは良予想通り。

 男の方はことごとく戦術が真正面から潰されて焦っているのかかなり隙だらけだったので、ルスカ少年のために少し上位技術を見せてあげるのもいいか。

「ルスカ少年、今からやるのは修練をしてもすぐに身に付くものじゃないから勘違いしないようにね」

 簡単に断ってから男の剣撃を小さく回避しつつ懐に入って自分自身の全身を1本の武器とし、男の腹部に拳を添え。

「一気に体内のエネルギーと大地からの反発力を一点集中で叩き込む」

 ハンマー等で肉を強く叩いたような音が場に響くと同時、イネちゃんの周囲に展開されていた全ての魔法が霧散して男が床に倒れた。

「すぐに治療をすれば命は助かるよ。もっと言えば適切な施術をすれば問題なく完治はするだろうけれど……時間がかかればかかる程助からなくなるだろうね。それじゃあこの人の仲間の人はさっさとやってね」

「今のはどういう原理なのか、聞かせてもらって構わんかの」

 何故村長がそれを気にするのかという疑問を持ったものの別に隠す必要もない格闘技術。

「自分の体を1つの武器として捉えつつ、体内の力の流れと地面を踏み込んだエネルギーを全身の回転に合わせて叩き込んだだけですよ。気功とか言ったりもしますが……」

「気功は聞いたことが無いが……そういった技術は遠い国にあると聞いたことはあるの。賢者殿の知人であれば不思議ではないか」

 賢者……パラススさんのことか。

 本当この世界で最初に出会った人がイネちゃんにとって大当たりだったんだなって感じるね。

「それでルスカ少年。今の技術は見様見真似では再現できないもので修練を積んでも一朝一夕で出来るようなものでもない、それはわかるかな?」

 ルスカ少年は静かに首を縦に振る。

「ただ、将来的に絶対不可能かと言うとそんなことは無いものでもある。今のは本当にただの技術に過ぎないからね」

 最も全身を細かく制御した上で気と踏み込みの反発エネルギーを全て無駄なく叩き込むものなので、ルスカ少年の現時点では基礎的な筋力も体力も足りていないので最低限の基礎訓練が必須になってくるけど。

 まぁ……ルスカ少年の長けた部分として1度見た技術を独自に思考の1つとして吸収できるのは数日程度の訓練期間だったからこそ実感としてあるから、彼が訓練を続けていけばいつかできるようになる日が来るかもしれない。

 いつまでもイネちゃんが見てあげられない以上は今後に備えて技術を見せる訓練メニューにするのも必要になってきそうかな。

「大丈夫ですか!?」

 男の部下だろう連中がイネちゃんが拳を打ち込んだ箇所を見て叫んでいる。

 男の腹部にはイネちゃんの拳大のくぼみが出来ているのだから、気功とかの知識がない人間にしてみれば何かの魔法とか呪いとかそんな印象を抱いてもおかしくはないが……特に治療を行う様子が見られない。

 イネちゃんの使った技術が完璧に入ったため、男の鍛え具合次第では内臓破裂もあり得るため、さっさと治療を行えと忠告したんだけど……もしかしたら彼らに治療技術を持った人間がいないのかもしれない。

「村長、色々押し付けてくれた分報酬に色を付けようと思ってたんですが……」

「仕方ないのぉ、自警団の治癒魔法使いを呼ぶとするか」

 報酬に色をとはっきりと言ったにも関わらず村長の反応はそれも織り込み済みだったことを思わせる返答だった。

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