第26話 黄金の草原 - 9
「とりあえずルスカ少年の訓練方針は防衛本能の意識的な制御をある程度行えるようする方向で行くよ」
イネちゃんがそう言うと明らかに2人の表情が変わる。
ルスカ少年は当然のこととして、当て馬になりそうと思った野盗集団に所属していた青年のロイまでこちらの言っていることが異常すぎるみたいな表情をされた。
まぁ……どういうことかをある程度実践して見せた上でこれなのだからルスカ少年は想像しきれていないだけで、ロイの方は実力的に不可能という認識をしたからだとは思うし、それならそれで別のプランを用意することで両名ともに鍛えればいい。
「でもそんなこと出来るのかよ」
「反射するための体の認識をずらすだけだから出来るよ。必要以上にやっちゃうとそれはそれで問題が出てくるから並行して適切な防御手段も教えるけどね」
完全制御と言えるレベルになるまでにはそれこそ年単位の訓練が必要になるものの、イネちゃん自身がやっていた訓練をかなり省略させたうえで技術のみの継承であればそれほど時間をかける必要は無くなる……はず。
訓練メニューとしても事前予告しておいた攻撃を防御、いなす、回避のいずれかで対応させる感じのものになるし、当て馬として引っ張ってきたロイの方は思った以上に素直で自警団の仕事にも積極的だったことから純粋に仕事がなかっただけだったらしく、自警団長の評判も悪くない程度には能力も持ち合わせている。
そのためルスカ少年への当て馬ついでにロイも鍛えて自警団のエースにしてみるのも面白いかもしれない。
「まぁこの辺は言葉で聞いても想像しにくいだろうから実践を繰り返して覚えていくしかないかな……とりあえず今から2人に対して交互に攻撃するけど、寸止めするから防御も回避も考えないで留まってみて」
「攻撃って……」
ロイが聞き返そうとしてきたけれどその言葉を最後まで聞かずにルスカ少年の鼻先に向けて手を広げた状態で突き出し、寸止めする。
これに対してルスカ少年の反応は必要以上に後ろに飛んで尻もちをついてしまう。
「まぁ尻もちしてしまうような反応は確実にやらないように制御してもらうよ」
ルスカ少年への言葉を口にしながら今度はロイの鼻先に裏拳の形で寸止めを行うとこちらは反射で腕を上げて防御をしてしまい、腕の分だけ近づいてしまった影響でイネちゃんの拳に当たってしまう。
「いってぇ!」
「寸止めするって宣言している攻撃に対して防御をするからだよ。ロイはもうちょっと状況とかを把握するだけの気持ちの余裕を持つ必要があるかなぁ、基礎能力はあるからそれほど集中しなくていいとは思うけどね」
「無茶を言いながら褒められてもうれしくねぇ!」
「それでやっぱりと言うか、直近の課題はルスカ少年の恐怖心の方だね。絶対当たらないと宣言されたものに対してまでこの反応をしちゃったわけだし……まぁイネちゃんへの信頼が足りていなかったのならこちらの努力不足ではあるけれど」
特に言葉は返ってこない。
まぁ出会って数日と言うのもはばかられるような付き合い日数しかない人間に対して絶対的な信頼を持てってのは流石に無茶が過ぎるので特に気にしない。
そもそも信頼している人間にしかできない戦闘技術なんてものは実戦では全くの無意味なのでむしろ好都合かなとも思うし。
「とりあえず2人とも現時点での実力と問題点はわかったかな?」
「小僧の方はわかりやすいからいいけど俺の方はどうすりゃいいんだよ」
「繰り返しの訓練、それ以外に特別なことは必要ないよ……と言ってもこれはルスカ少年もだけど」
これに関してはどうしても慣れるという都合繰り返し訓練以外に鍛える手段はなくはないものの危険を伴う形になるため、2人の今の実力を鑑みれば時間がかかってもこの形が無難だろう。
「ってことは今みたいなのを何度もやられるのか……」
「当たらない攻撃だけだとアレだし、たまーに当てることはするかもねー」
「あの威力で殴られたら無事じゃ済まねぇ!」
「素手で戦える技量を持った人間の拳なんだから痛くないと意味がないでしょうに。なんだったら全部攻撃を受けきる形での克服手段もなくはないけど……」
「いや遠慮するからな?というかそんなことできる奴いるのかよ」
「んー……割といる。流石に刃物とか相手だと数は減るけどね」
少なくともイネちゃんの知人範囲ではイネちゃん本人を含めてロロさんとタタラさんで3人はすぐに名前が挙げられる戦闘スタイルなので個人的にはかなりスタンダードではあるが、それはイネちゃんたちが特殊なだけであって世間一般という意味ではそうでないことも理解はしているので目の前の2人にこのスタイルを押し付けることはしないし、やりたいと言ってもやらせるつもりもない。
正直に言えば相手の攻撃を受けきる技術は攻撃を見極める技術がある前提なので失敗して致命傷を負う可能性を考えれば、大きく動きさえすれば致命傷を回避し続けられる回避技術の方を叩き込んだ方が日数は短く済むし向上心1つで本人たちの自力で防御技術に発展させることも出来るからね。
「とりあえずルスカ少年は早く立つ。いくら訓練で絶対安全な状況って言ってもすぐに動かないと追撃するよ?」
今までルスカ少年に技術を教えていた面々はこの辺を注意しなかったのだろうか。
それとも致命的に戦闘に向いていない現状のルスカ少年を戦闘から遠ざけるために自主的に諦めさせる形にするため教えていなかったのかもしれない。
ただルスカ少年は元来我儘で頑固な所があるとのことを把握していれば最低限自身の身を守れる程度は教えておく必要があっただろうに……前任のジュリさんはそれをやろうとしていた最中に魔獣にやられてしまったのかもと考えると思うところはあるものの、ルスカ少年の性格から鑑みるとやはり1番最初に心構えというものを教えておくべきだったかもしれないね。
ルスカ少年が立ち上がるのを待ってから今度はロイに対して死角になる軌道からの一撃を寸止めし、寸止めするために使ったエネルギーをそのまま流しつつルスカ少年の側頭部に向かって蹴りを放ち、これも寸止めする。
「うぉ!?」
「うわ!」
今度はロイも尻もちをつく。
「実戦では基本、こんな感じに意識の外から攻撃が飛んでくると思っておくこと。頭の片隅にそういう意識を置いておくだけでも結構違うから……ロイはその辺を意識しておくといいかもね」
「俺は……」
「ルスカ少年はまず反射をある程度制御するところからだって。反復で慣れるくらいしか手段がない以上詰めてやるよ」
ここからは何度も同じことを繰り返すだけだしルスカ少年とロイの成長具合に関しても1日で劇的に変わるわけでもないので割愛する。
特に目立った事件もなく、資材搬入も滞らなかったこともあり順調に収穫祭までこの調子で事が進んだのでこちらも書くことはないのだけれど……一応、収穫祭までの間に2人は自警団でそれなりに戦えるだけには成長させることは出来たのはイネちゃんにとってもいろいろと学びになった。
人に何かを教えることは難しいのは理解していたけれど、実感することが出来たのは貴重な体験と言えるよね。
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