第25話 黄金の草原 - 8

「さて……どうしたものか」

 村に戻った頃には既に日は殆ど落ちていて、投降させた野盗連中を自警団長と村長に突き出した後にかがり火を焚いて簡単に組み立て作業を済ませてから自警団作業詰め所で仮眠を取れるようにしながら今日の出来事を振り返り明日以降の事を考える。

 野盗連中はルスカ少年のことを真っ先に殺さずに人質として運用したことから、実際は人身売買も仕事としてやっていただろうとは思う。

 村長に人手雇用を提案する際にそれとなしに伝えてはおいたのであの自警団長と村長ならば清濁併せ呑む形で村にとって有益率が高くなる判断を取る可能性は高いし、収穫祭が無事に開催することが出来れば多少なりに改善の見込みが立つためある程度は問題ない。

 正直村に旅人……だけではなく冒険者や傭兵の立ち寄り所、それこそ大陸のギルドのような組織があれば解決する問題だとは思うのだが、存在しない理由は村長から聞かされたこの村の歴史の影響は少なくないだろう。

「中立的な立場だろうが政治的要衝に拠点を構えたくはないだろうからなぁ、いっそその中立組織をよりどころとした貿易中継地にしてしまえとイネちゃんとしては思うけど……」

 そうならなかったのはあくまでこの世界に住む人達が選んだ結果なのでイネちゃんが口出しすることではない……まぁ村長に提案する程度までしか介入するつもりがないだけではあるけど。

 この問題に関してはいくら考えても出来て提案、協力を打診されればある程度の介入が出来る程度で結局のところ決定するのはこの世界の人達、直近で言えばこの村の人達で決めなければいけないことなので思考を別の事に移行させる。

「ルスカ少年の問題は割と深刻そうだし、訓練メニューの改変も必要かなぁ」

 よもや喉元にナイフを添えられただけで戦意喪失するとは思っていなかったので格闘術を習得させる大前提である白兵戦への恐怖心の克服が必須で、正直これが出来ていないと命の危機を察知したと同時に体が硬直してしまい防御も回避もままならない。

 先端恐怖症のように根源的なものを抱えていたとしても恐怖を強引に抑えることは一応出来る……あまり一般人にはオススメできないししたところで人道とか人権とかに引っかかりそうな内容で強引に慣れさせる形がよく使われる手段なので短期間にやれるものでもないし、先端恐怖症ではない別の要因であの無抵抗であった場合はそれ相応なこれまた非人道扱いされる訓練メニューはあるにはある……お父さんたちがよくこれは真似をするなって言っていた新兵を短期間で海兵隊レベルに仕上げるブートキャンプメニューになるけど。

『何が理由にしろ最低限対人戦への恐怖や覚悟は叩き込まないとあの子が死ぬことになる』

「今回はたまたま人身売買もしている連中だったからある意味運が良かっただけだからなぁ」

 その場にイネちゃんが居たっていうのも運のうちなのでそういう意味ではルスカ少年は悪運は強いの方なのかもしれない。

 ただその悪運だけに頼って戦場に出るなんてことは危険すぎるし、師匠と呼ばれた以上は悪運以外の部分を矯正しないなんていう無責任なことはできない。

 となれば何かしらの訓練メニューを組まないといけないのだけれど、ルスカ少年に先端恐怖症の疑いがあるかどうかも確認してからでないと……。

 まぁ先端恐怖症に関してはあまり心配はしていないところではあれど、数日の間に死を立て続けで見せられたのは多感な少年にとってどのような影響を与えているかはわからないので最低限の確認をしつつ午前中の前向きな発言を信じて訓練メニューを状況を見ながら調整していくしかないか。

「師匠、起きてるか?」

 悩ましい問題を考えているところにその悩み本人が自分から訪ねてきてくれた。

「まだ寝床として簡単に整備してただけだから……それで今日、あの連中と軽い感じで話してたことが聞きたいの?」

 イネちゃんが野盗連中を如何にして村の労働力に換算できないかを画策していたあの会話を人質となって現れたルスカ少年は尻尾だけだろうけれど聞いていた。

 ルスカ少年の年頃は若さゆえの子供らしい潔癖な感性を持っているため清濁の濁の部分である明確な悪党との交渉というものに対して何かしら感じていても別段驚きはない。

「それは……いやそれは今どうでもいいんだ。師匠はあの時間違いなく俺を助けてくれていたし、あの連中をデグと村長に突き出したんだから」

 デグという単語に少し困惑したものの、それ以上にルスカ少年は年相応の潔癖な感情よりも優先したいことがあると子供ながらに決意を固めて訪れたことに驚いた。

「あの時、喉にナイフを突きつけられて俺は動けなくなった、それどころか……」

「んー……実戦自体はアレが初めてだったのなら対恐怖訓練受けてない民間人としては当然の反応じゃないかな。ところで先端恐怖症とかじゃないよね?」

「先端……ってなんの話だよ」

 ルスカ少年はよくわかっていないようなので野盗の眉間から抜いて水洗いしただけのナイフを取り出して先端をルスカ少年に向ける。

「お、おい……」

 当然刃物を向けられたことに対しての反応は示す。

 しかし先端恐怖症特有の拒絶反応は向けられた瞬間出ることが多いし、多少耐えられたとしても脂汗や鳥肌と言った無意識の反応は基本出るはずなので現時点でルスカ少年は先端恐怖症の疑いはかなり低くなった。

 軽度の先端恐怖症の可能性は否定できないものの先ほどまで人間の眉間に突き刺さっていたナイフであることはルスカ少年も把握していることで、更に宇宙文明の技術で生成される鋼材による刀身は斬る以外にも突きにも対応できる形状になっていてそれなりに鋭いが、そんなものを向けられて脂汗ではなく冷や汗程度でこちらの表情をうかがい続けられている以上は緊急時にパニック症状を発症することはないだろう。

「うん、ちょっと確認したいことの1つが今の動作でね。とりあえず先端恐怖症ではないことは理解した。となると喉元にナイフを添えられたことで体が硬直してしまったことに対して自分が情けなくなったかい?」

 図星だったのかルスカ少年は驚いた表情になる。

「今言ったばかりだけどもう一度言うね。訓練始めたばかりの実質民間人があの状況になればルスカ少年の反応は至極当然のものだから気に病む必要は皆無だよ」

「俺は、民間人か……」

「数人に教えを請うてちょっとかじっただけの人間なんて民間人換算でいいよ。その評価に不満を持つならせめて自警団の人らレベルに訓練してからにしな」

 正直に言えばこの村の自警団のレベルはイネちゃんから見ればかなり低い。

 自警団長……先ほどのルスカ少年の文脈からすると恐らく彼の名前がデグと言うのだろうがイネちゃん的には役職で呼んだ方がわかりやすいので団長辺りにしておくとして、彼に関しては他の自警団員と比べてもとびぬけた実力者であることは確かであるが立場の都合上先陣を切って味方を鼓舞するタイプではなく後方から全体を指揮するポジションで全体の生還率を高めるのに重きを置いている。

 そのためだろうがルスカ少年のように血気盛んな若者から見れば実力がわかりにくく、戦闘訓練で団長から教えてもらうという発想にはなりにくい。

 そしてようやく15、6歳くらいになるであろうルスカ少年はその自警団員よりも実力不足。

 だからこそ今日は基礎体力と基礎筋肉をつけるためのメニューにしたのだが、本人の気持ちが空回りした結果イネちゃんを単独で呼びに来て野盗に捕まったわけだ。

「師匠から見れば自警団の連中も民間人と同じにならないか?」

「素人に毛が生えた程度ではあるけれど、それでも素人よりはマシ。ルスカはまだそこのレベルにも立ててないってことだよ。後自警団長の彼は戦い慣れしてると思うし深緑の町の衛兵連中と比べても遜色ないレベル」

「デグが?いつも後ろから口だけ出してるのに」

「そういう立場だからね。彼の指示のおかげで自警団全体の損耗率は間違いなく減っているだろうし本当にやばい相手なら前に出る気概も覚悟もちゃんと持っているから確実にこの村で1番強い人間だよ」

 この様子だとあの団長は自己鍛錬の様子も見せていない可能性があるな……今は書類仕事もやらなきゃいけない形になってるからだと思っていたけれど日頃から後進に訓練風景どころか訓練メニューの指導を指示しているかも怪しくなってきた。

「と、とにかく!」

「ナイフに限らず生存本能で命の危機の時に体がこわばって動けなくなるのを何とかしたいってところでいい?」

「……なんでさっきから俺の次に言おうとしていることを当てるんだよ」

「すごくわかりやすいから、そこはごめん」

 ともあれルスカ少年のやる気という点においてはこの村で1番有望なことを確認したところでナイフを改めて清掃整備をする準備を整えながら。

「とりあえず今日は帰って体を休めること、本来必要なかった疲労まで経験することになったから今日はもう余計なことをせずに…………推奨しようと思ったことは村の設備だと無理だから横になって眠れなくても目を瞑って疲労を抜くこと」

「今の間は何だったんだよ」

「お湯を張った湯舟とか、普及してないことを頭の中で確認しただけだよ。今から湯を沸かすのも労力になっちゃうし今日は別にいいやってなっただけ」

 せめて温泉施設があればまた違ったんだけれど、この村の地理や勇者の力で地下も調査した感じでは源泉になる地底溜まりも確認できなかったので魔法や変に発達している科学でボイラーが存在してなければ風呂やシャワーどころか布で体を拭くことも難しい。

 ルスカ少年もお湯という単語を聞いて不思議そうにしながらも野盗に捕まったことがやはり精神的に効いていたようで素直に自宅へと戻っていった。

 その背中を見送ってから、イネちゃんはナイフの整備をしつつ少し仮眠を取ることにした。

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