第24話 黄金の草原 - 7

 野盗の包囲が完成してから少し経ち、最初の一手でイネちゃんが無力化した3人の男も意識を戻しかけている。

「あのさ、時間稼ぎでこの3人が起きても実力差は埋まらないし、こっちが集団戦に慣れていないなんていう幻想は最初の時点でなくなってるでしょ?」

 取り囲んでいる連中から向けられている気配にしても最初はおこぼれに預かりたいとかそんなゲスな感じの物が多かったが、今はどうにも未知への畏怖やある程度理解は出来ているものの絶対的な死の恐怖による抵抗と言ったものが殆どで恐らくまともに思考が出来ているのはイネちゃんに話しかけてきた男を含めて4人くらい。

 男2人がイネちゃんの足を全体重を乗せる形で掴んできたとしても対処できるだけの自信はあるし、何だったらナイフなんかで刺してきたとしても鋼鉄靴以外の装備として膝辺りまでは防刃防弾のソックスを履いているし、肌の露出している太ももを狙われたのであれば、相手は相応に大きな動きをしなければいけない高さになるため反応して蹴るなりナイフごと手を踏み砕いてしまえばいい。

 足枷のような形で動きを制限されたところで鉄か、鋼鉄……場合によってはこの世界特有の魔法や金属で物理以外の部分で動きを制限するような内容も考えられるものの、そんなものを持ち合わせているような集団であるのなら一次産業中心の地域を活動拠点になんてする必要はあまりない。

 ただ包囲作戦を成立させるだけの人数を統率している指示を出している男に関してはある程度警戒を維持した方がいいか……圧倒的なカリスマがあるか、余程口が上手いか、もしくはこれだけのチンピラ連中が納得するだけの実力を持っているか。

 少なくとも実力の差を明確に示された状態で逃げるでもなく思考を回している様子は伺えるため話しかけてきたあの男に関してはそれほど大きな油断が出来ないのは確かで、それが原因で村に戻るのも妨害され続けてそれなりに時間が経ってしまったのはこちらの見積もり不足が原因なので反省しないと。

「返答がないのなら全員ここに野ざらしにする形にするけど?」

「出来る実力があるのに何故やらない」

「無益なことはやりたくない性分でね、疲れるだけだし」

 こういう手合いには下手に人道を持ち出さない方がいい。

 人道を語る人間相手から強奪することに特化した思考をしている可能性の方が高いので少しでもそれっぽいことを言えばつけあがるのが目に見えている。

 ただ……あの村に今一番必要な人手という資源を彼らで賄えないかという思考もなくはない。

 貴重な力仕事が出来るだろう人材をまとめて20人近く確保できれば復興と収穫祭の準備の動きを安定させられるだろうし、村の状況を考えた場合多少脛に傷がある程度であるのなら目を瞑る判断をあの村長は取る気はする。

 無論どこかの国家の国宝を盗んだとか国家要人の暗殺なんてことやらかしていた場合はその限りではないだろうけれど、20人全員がそんな経歴を持っているなんてことはない……まぁどこかの町で極刑レベルのことをやらかしている可能性は否定できないけど、それを言えばしていない可能性も同程度存在しているので無力化した後に提案してみるくらいはしてもいいか。

 こいつらがただ生きるためだけに野盗をしているのであれば、それこそ食が保証される農村での作業となればかなりの譲歩は引き出せるし、何かしら提案があったとしても衣食住の確約と引き換えとなれば足を洗う連中も中にはいることだろう。

『憶測だけで考えて足元掬われないようにね』

「ま、イネちゃんだけなら何とでもなるし」

 最悪勇者の力を使って強引に黙らせる手段も取れなくはない。

 ムーンラビットさんからも自分の安全を最優先にしていいと言われている以上はそういった状態になった場合は躊躇うつもりは毛頭ないし、ヌーリエ様の加護を貫通するような手段を取られた場合でもヌーリエ様との繋がりは常時感じてはいるので万が一の状況になったとしても最悪は回避できる。

「俺たちがこのまま立ち去ると言ったらお前はどうする?」

 時間稼ぎなのか本気なのかよくわからないテンションと口調で男の口が開く。

「そうだねぇ、こっちはもう時間的にもさっさと村に戻りたいと思ってるし今日は見逃す率の方が高いかな。次は無いけど」

「さらわれそうになったにも関わらず他人事だな」

「こちとら傭兵兼冒険者兼旅人なんでね、誘拐事件が発生したら依頼が1つ増えるでしょ?今は村の防衛と訓練を承っている状態だから義憤に駆られて深追いしたりしないさ。あんたらが村人に危害を加えなきゃ新規依頼で野盗討伐とかを受けない限りは自分への火の粉を払う程度にした方が労力としては楽でしょ」

 最も目の前で事が発生していた場合はその限りではない。

 と言う内容は口にせず、イネちゃん的のこの世界での活動の基本スタンスで返す。

「随分割り切ってやがるな」

「自分の見た目は理解しているけど、こう見えていくつかの鉄火場は潜り抜けてるからね。後一応これでも20はとっくに過ぎてるし」

 旅を始めてから荒地の開拓やら沼地の開拓……他には複数の世界をまたぐ大規模な戦争とかにも参加しているから気が付いたら結構な年月が経っていた感じで、自分ではそれほど年を取った感覚はないし、ヌーリエ様がイネちゃんの体を使った辺りから筋肉量の成長とかはあるものの身長や体力の落ち方等は常人の平均値と比べても無いに等しいレベルになっている。

 なのでイネちゃんの見た目や運動能力に関しては多少さぼっていてもそれほど落ちるわけではない……のだが、実戦経験の勘というものに関してはしっかりと劣化したりするのでやはり訓練はやらないと自分自身の主観ながら弱くなったと感じることも多いから結構悩ましくも面倒くさい。

「熟練も熟練ってわけか……おいテメェら、こいつと殴り合いたい奴はどのくらい残ってやがる」

 男の言葉に包囲していた面々は少しホッとした安堵の表情を見せるものの、先ほどの打撃による畏怖効果が薄れているのか男の意地がそうさせるのかかぶりを振って自身を奮い立たせている人数も少なくない。

「やる気になってる奴がいるな……」

「指示を聞かせられない程度の立場だったの?」

「俺はあくまで口が回るってんで交渉役でしかねぇよ」

 成程、口が回るタイプだったか。

 それ自体は事実だろうし疑う余地はないものの実力がないとは言っていないし、脳筋集団で交渉役を任された上に指示役も容認されるような存在が弱い可能性はそれほど高くないので警戒は解けないけど。

「で、戦えって?」

「それで死んでも本人が決めたことだしな、俺らは横のつながりなんでここで死んだ連中はそれまでだっただけのことさ」

「成程」

 プロ意識ではなく現実としてたまたまつるんだ集団の可能性は十分存在している。

 問題は交渉役を自称しているこの男がどの程度の嘘を混ぜているのかが読めないことで、こればかりは単純にイネちゃんの対話スキルの低さが原因なので悪い方向に転んだとしても実力でねじ伏せる形で罠ごと破壊する以外に選択肢はない。

『もっと選択肢を増やせるようにならないとね』

 イーアの自戒の言葉に同意しつつも相手の次の動きを警戒すると、どうにも村の方からこちらに向かって走っているだろう気配が確認できてしまいため息を出しそうになってしまう。

 人を1人守りながら野盗の無事を担保するのは難しいし、自警団長であればイネちゃんの考えていた案をその場で提案して話が早くなるものの十中八九走ってきているのはルスカ少年だと思われるので確実に状況は悪い方向へと転ぶ。

 となればルスカ少年がこちらに来る……もしくは野盗の包囲の外側、横のつながりと言いつつも統率が取れていることから外を監視役は確実に存在しているのでそれにルスカ少年が捕まるまでの間にイネちゃんが出来るだけの準備をしておかないといけない。

 最も現時点で下手に動けば野盗側有利の構図に変わらないことから出来ることは限られ過ぎている。

 装備の確認と包囲している人数と位置の確認、それぞれの距離と装備選出……足元の連中は肉弾戦でいいし連中のナイフを利用することも考えつつ、イネちゃんが思いつく限りの展開を想定して構えるのだった。

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