第23話 黄金の草原 - 6

 黄金色の草原と揶揄しても遜色のない広大な麦畑を抜け、深緑の町方向に存在する森の中に少し入り手斧を取り出して密集している場所から伐採を始める。

 まず運搬用のリヤカーを作るためある程度は勇者の力を利用して強引に整形を行う必要のあるパーツ……主に車輪は大きさ的に合板にしないといけない上に曲げの作業も必要になるため省略するなりしたいところ。

 一応街道にはいくつかの荷車等の残骸らしきものも存在しているため、村人にはニコイチ製造したという言い訳がしやすいのだけは不幸中の幸いか。

 問題になりそうなのは残骸を見る限りではサスペンションの概念自体がまだ存在していない可能性が高いところだろうか。

 地球基準で考えるのは色々と支障が出る可能性が否定できないのでこの考えもどうかと思うものの、地球ではバネの発明以降に生まれた技術でもあるため17世紀くらいには現代の人が想像するような形になっていたものの、それ以前の物はつるすような形で座席側の衝撃を和らげる構造だったことを考えるとオーバーテクノロジーになってしまうことを考慮しなくてはいけない。

『ルースお父さんの乗り物の歴史うんちくが役に立つことになるなんてね』

「まぁ、一部科学技術は飛び飛びで存在しているみたいだからサスペンション自体は存在しているかもしれないけどね」

 深緑の町ではいくつかの電子機器と思われるような物も確認出来ていたので技術体系自体は書籍等も含めて調査しないといけないがまだその機会が殆ど得られていない状態で判断しなければならないのはちょっと辛い。

 ひとまずリリアに深緑の町との交渉ついでに技術関係も調べてもらってはいるもののサスペンションなどの細かい部分についてはまだ報告は上がってきていない。

 最優先が文字を含む言語体系や政治体系などの歴史文化方面だったので科学技術に関しては銃の有無程度しか確認できていない……銃に関してはフリントロック式以外にもリボルバー型のものも存在していて最新型としてオートマチックのものも存在しているとのことで。

『ねぇ、それってバネ存在してるよね』

 ここでイーアが指摘してくれる。

 確かにオートマチック銃はマガジン等複数個所にスプリングバネを使用しているため衝撃吸収の概念でのバネ利用の概念は存在していることにはなる。

 ただ一般普及率の点から利用していい物かどうかという問題は残るため判断に困ることには変わりない。

『とりあえず作ってもいいとは思うけどね。高周波ブレードなんてものを使って見せたわけだし』

「あれはそういう魔法だって言い訳が出来るからだからね……でもまぁ、サスペンション1つでそこまで技術的ブレイクスルーが発生するような世界ではないってのも事実か」

 科学技術の発展している地域があるのは間違いなく一般普及までは見られないという絶妙に面倒が発生しそうな時代であることは確かだが、どうしても避けなければいけないと言うほどでもないライン。

 それならリリアに報告をしつつ使用してしまう方が現場としては楽だし都合がいい状況になるので面倒になった場合はその時に対応すればいいか……幸いこっちには隠居した賢人の協力もあるわけだしいざとなったらまた名前を使わせてもらえばいい。

 懸念事項の扱いもとりあえずではあるが決まったので止めていた作業を再開する。

 とはいえ考えながらでも作成できる範囲は進めていたので土台は完成しているし、残骸を参考にして作ったシャフト部分をいくつかイネちゃんの知識の範囲で技術的に問題ない程度に改良した上で走行にも問題なく稼働するようなジョイントは可能な範囲の組み立てし終えている。

 車輪と骨組みシャフトに接続するための車軸も頑丈になるように見た目は鉄製の軽チタン合金製にしておき、接触の多くなる可動部と車輪の目減りを防御させ車輪カバーを深緑の町でも製造されていた鋼鉄製にして摩耗してもこの世界の既製品で代替可能な状態で組み立てる。

 木材は村で合板として加工することを前提にリヤカーから落ちないサイズに切りそろえ、加工に向かないサイズの物を利用して荷物を係留するための機構を取り付けたり衝撃を緩和するための機構を取り付けて……とやっていたら割と豪華なリヤカーが完成してしまった。

 木材運搬だけに使う前提で考えていたので荷物を載せる場所の仕上げ加工はしていなかったのが逆に滑稽な感じになってしまい、気になりつつもリヤカーの制作と運搬のための材木の簡易加工で結構な時間がかかってしまったので材木は足りないものの村の守りをすっぽかす方が問題なので急いで戻ることにする。

 丸太のままの物が5本、リヤカーを作るために製材した材料が少ないながらも残っていたので他に流用できるかと積み込み移動を開始……。

「おうおうメスガキが1匹、こんなところで何やってんだぁ?」

 街道に出たところで盛大に絡まれてしまった。

 気配自体は感じていたし魔獣の残党が隠れている可能性も考えて警戒はしていたものの、数十人程度の体重移動すら出来ていない人間までも警戒対象に入れるのを忘れていた。

 姿を見せていないのも合わせると包囲している布陣になっているようだが、実力を測ってみる感じではどうにも見えている範囲ではド素人の集団でしかなく、装備もろくに整備されていない斧や剣が中心で素人でも戦力になれそうな槍や弓が居ないように思える。

 もしかしたら魔法という手段でこちらの想像を超えてくる可能性はあるが、正直に言ってしまうとヌーリエ様の加護の影響で身心の自由を封じるようなものは無効化されるしエネルギー的な攻撃にしてもイネちゃんの装備から地球の火炎放射程度の火力は問題ないし生身でも大陸人特有の頑強さが加わって少しのやけどで済む。

 何だったらこの野盗と思われる集団を蒸発させる前提で勇者の力を使って攻撃を全部無力化してしまえばいい。

 相手にするだけ無駄なので軽蔑の眼差しで相手の言葉の返答にしてそのまま村に向かって歩き出そうとしたところで包囲してくる。

「おいおい流石に無視はひどくねぇ?」

 その言葉を合図にする形でぞろぞろと隠れていた連中も姿を現した。

 これ見よがしに武器を見せびらかしてくるのは威嚇のつもりなんだろうし、一応は鍛えているのではあるだろうけれど武器を使うための筋肉ではなく見せるための筋肉の付き方をしている連中が大半で、率先してこちらに話しかけてきている奴が1番戦力として見るならマシと言った所。

「相手をする暇なんてないんだけど」

「そんなこと言わずによぉ、これだけの人数が寂しくしてるんだぜぇ」

「30人近くいるんだから近くの村まで行って収穫でも手伝ったら?」

「そういんじゃねぇんだよ、わかるだろぉ?」

「下半身で考えるタイプだということは理解したよ、とりあえず本当に時間がないから魔獣の餌になる覚悟は出来てる前提でやらせてもらうよ」

 リヤカーの持ち手を地面に置く動作でしゃがみ、そのまま地面を蹴って目の前の集団の中央、正面に立っていた男に対し懐に潜りこみ左肩から背中にかけて相手に寄りかかるように体を沈み込ませ、次の呼吸のタイミングで全身を使い男を吹き飛ばし動きの流れのまま左右に居た2人の男も1人は鳩尾に拳をめり込ませ、もう片方の男は後ろ回し蹴りの形で腹部を蹴り飛ばして双方の下がってきた頭の顎を撫でるように勢いよくかすめ脳を揺らすことで無力化する。

 この一連の行動は30秒程度……イネちゃんの移動速度も割とココロさんたちに近づいてきてるなぁと感慨深い感じになりつつ、しっかりと意識を飛ばせたことを確認してから話しかけてきた男の方へと向き直る。

「で、まだやる?」

「化け物……」

「あぁうん化け物でいいからもう行っていいかな?」

「舐められた状態で……」

「複数人数で囲んで即3人を完全無力化されるだけの実力差があるのは素人でもわかるでしょうに」

 とはいえ30秒で無力化したのは3人、1人頭10秒もかかっているのでやはりココロさんにもまだまだ届かない範疇か。

 この野盗連中なら真正面からのパワー勝負になっても負ける要素はないと思うもののそれはそれで時間のかかる流れなのでできればさっさと諦めて隠れ家にでも戻って欲しいところ。

 魔獣が闊歩する世界で野盗をやるような連中ならそれ相応に対魔獣の回避策を心得ているだろうし技術的な面で言えば物資運搬関係の仕事とかできそうなものなのに野盗をやるというのはそもそも思考にないのか、それとも単純にコミュニケーション能力の問題か……まぁ被差別層でそういった仕事には就くことが出来ない可能性もあるものの世界全体が有事と言っていい状況であるのなら余程選民思想が強くなければ大丈夫とも思うのだけどねぇ。

『世界が危ないって時にも政治やイデオロギーがってのは地球でもあったから』

「それはまぁ、そうだけどさ」

 ただイーアの言う通りに考えれば農村ですらギリギリながらも出来ている対魔獣戦術を国家軍隊規模でやらない理由もそれで説明がついてしまう。

 正直今考えなくていいことまで考える程度には目の前の二桁人数で再包囲してきている男連中から興味は無くなっているのだが……流石に完全無視が出来る程脅威にならないのかと考えた場合間違いなくリヤカー運搬を妨害してくるためそれも出来ない。

 どうしたものかと視線を空に向けると、太陽が既に沈みかけていて更に憂鬱になるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る