第22話 黄金の草原 - 5

 ルスカ少年に基礎体力と足腰の補強となるランニングを指示した後、イネちゃんは改めて村の防壁を確認するために移動した。

 ある程度瓦礫の撤去は行われていたものの人員不足が深刻なために完全に倒れていた柱の切断や火事になってしまった家屋の瓦礫撤去が中心に進められていて防衛設備の修繕、補強に関しては何1つとして手を付けられていなかった。

 人員不足についてはイネちゃん側でも把握できていたことだし、瓦礫の撤去から入らないと新規増設も不可能な破壊具合だったのも確認していたので仕方のないことではあるものの、数日の間はイネちゃんが夜中の警戒をやらざるを得ないのは間違いない。

 問題はそれがいつまで続くのかと言ったところではあるが、それ自体も村長の言う収穫祭にどの程度の人が村を訪れるのか、その中にどの程度戦える人間がいるのか、資材関係で深緑の町からどの程度が動員されるのか……不確定要素が多すぎてどうしてもこの辺りの予測が出来ない。

 今後の展開が読めない上に大勢を整えるまではイネちゃんが村の防衛を行うことを約束してしまっているため、場当たり的な内容になっても簡易的な防衛設備は自前で準備しておいてもいいかもしれないか。

『やるとしても常駐可能な監視塔くらいにしておいた方がいいかもね』

「本格的な設備の建設をすることを考えればそこは前提にね」

 別にこの世界にイネちゃんの痕跡を残してはいけないなんて制約は存在していないし、ある程度の干渉や知識の教授は活動の範疇であるのは間違いない。

 ただ個人的にはあまりオーバーテクノロジーに定義されそうなものに関しては残すことはしたくはないし、もし残してしまうとそれ自体が争いの種になりかねないので現時点で作るにしても深緑の町で作られている範疇に納めて考えたい。

 まぁ個人的には簡単に破壊されたら負けた気がするので、対魔獣は不可能にしても対人戦で考えた場合はイネちゃんでなくても問題なく対応しやすい形と機能を持った監視塔くらいが妥当か。

 なんだったら馬防柵を基本として乗り込み防止のネズミ返しに石落としなんかも作ってしまえば新規で頑丈なものを作った時にも流用できるだろうし、基礎防御能力が上がれば即席という点からの脆弱性もカバーできるはずなので1番大きい不安要素が人的資源だからこそイネちゃんが居なくなっても運用しやすい物が理想。

 作るものが決まったのであれば早速……というわけにもいかない。

 今まともに使えそうな資材はそれこそ焼け落ちた家屋に使われていた廃材と倒されている防壁……と言う名の丸太だけなのだがその丸太は製材した後に村の復興に利用されることが予想出来るので、村から少し離れることになるが街道付近の木々をいくつか伐採した上でイネちゃんが自力で運搬と製材をして組み立て等もやらないといけない。

 そしてその上での問題は、イネちゃんは伐採は出来るし運搬もリヤカーを借りてちょっと頑張れば問題ないものの、製材は知識はあるけど技術不足な上に防衛関係の構造を細かく理解しているわけではないので木材で組み立てるのにはどれほどの時間が必要になるのかが予想できないのだ。

「流石に不確定すぎて予定に組み込むのはなぁ」

 急場しのぎは村人でも作れるだろうから資材を確保してくること自体は別に問題はないものの復興や祭りの準備を始めるだろう村人の、ただでさえ足りていない人員を融通してもらうのはちょっと気が引ける。

 村の人達はこちらの手伝いは村のためになると言い出すだろうことも想像できるからなぁ、無理のない範囲であればいいのだけれど魔獣に対しての恐怖……よりも畏怖に近い感情を抱いただろうことは確実なので村の住居環境等を蔑ろにするような形でこちらに協力をすると言い出す可能性はかなり高い。

 最も当人たちが納得ずくでの選択であるのならば構わないものの、イネちゃんの個人的な考えで言えばどうせ流用部分以外は解体されるものに労力をそんなに割かずに村の生活基盤という防衛するにしてもあった方がいい人が住んで生活をしていくのに必要な部分を優先してもらいたい。

 そちらの方が結果的には防衛をする人間も美味しいものを食べて英気を養えるし、快適なベッドがあれば体を休ませる効率も上がるので収穫祭という人を呼ぶ手段を計画しているのであるのならなおの事防衛設備よりも各種生活設備を重視した方が人員の確保はしやすくなるだろう。

 まぁ……あの村長はそういったことを考える能力に関して言えば間違いなくイネちゃんよりも遥かに高いのは間違いないし、イネちゃんに求めてきた内容も自警団との連携による防衛要綱の強化を飲ませることに注力していたのは感じていたし、村の復興はそれこそ部外者のイネちゃんがあれこれ口を出すことではない。

『魔獣に襲われるまでは問題なく村を守っていたわけだしね』

「そういうこと。部外者があれこれ指摘するにしても土地勘や風土、季節における変化なんかも加味した上で指摘しないといけないから余計なお世話になる可能性の方が圧倒的に高いからね」

 特にこの村は穀倉地帯である。

 しかも年がら年中何かしらの作物を作っていることを考えると季節は安定している……わけではないだろう、年中安定した気候であるのなら収穫祭が年1回にする必要もないし村の防壁の外に広がる超が付く程の大規模な麦畑を作付けすることもないわけで、それだけこのタイミングに収穫を必要とするだけの季節の変化があると考えた方がいい。

 地球でも冬には葉野菜やダイコンなどの根菜を栽培していたりするしそのまま休ませる場合もあるわけで、この村でも広大な作付けは主食に限定して毎年ローテーションで休ませる土地を選んでいる可能性は十分に考えられる。

 その辺の知識はリリアからの受け売りなので専業にしているこの村に農作業の手伝い程度のことしかしたことのないイネちゃんは特別何かを教えられるようなことはないし、あったとしても別の作物を提案する程度だろう。

 それも土地の事情を理解している村の人、特にイネちゃんよりも政治的なことに習熟している村長が考えていないわけはないので単純にこういうものがあります程度にしかできないが……。

「まぁ……ともあれ現時点で出来ることから手を付けるかな。資材はいくらあっても現状足りないくらいだから取りに行くだけはしておこうか」

『リヤカーなりを借りる伝手は?』

「瓦礫撤去で空きがない状態みたいだし、木材の運搬用に改造するのも時間がかかるから現地で作る」

 幸い車輪やサスペンションの構造は興味があるし何よりルースお父さんの趣味に車のカタログを眺めることがあり、それを横からあれこれ教え込まれていたため車両関係の基本構造や最新機種における動力系に電気系も理解できているのでリヤカー程度のものなら余裕で作れる。

 資材確保を1回で済ませる必要もないのでそこまで大型化、複雑化させることもないから多少は勇者の力で金具を作るくらいはするとして基本的には魔獣を切断したようにショートソードを高周波ブレードとして運用すればかんながけしなくても滑らかにはなってくれるだろうし、何より丸太木材の運搬だけならばそれほど気にするものでもないからね。

 とりあえずの行動計画を頭の中で決められたのであれば、契約雇用者となる自警団長に今からやることを報告してから行動に移す。

 イネちゃんがルスカに訓練指示を出していた間に村の復興、防衛構築の指示をしに移動してしまったので探す必要は出てくるが……。

『現場指揮してるんだし、村から出ていくときに作業中の自警団員に聞けばいいんじゃない?』

 それもそうか。

 イーアの提案を採用して道中探す形で移動を始めると魔獣に破壊された防壁のあった場所に簡易的な指揮所が建てられていて、自警団長はそこで農村にしては珍しいだろう紙に受けた報告をまとめている姿を確認できたので先ほどのイネちゃんの考えは杞憂だったことに安堵しつつ行動予定と、それとは別にもう1つお願いをするために近づいて話しかけた。

「今大丈夫ですか?」

 固有名詞をつけなかったのは単純にその場には自警団長しかいなかったからである。

「ん、あぁイネさんですか。大丈夫ですよ」

 羽ペンをペン立てに挿しながら自警団長は顔を上げてイネちゃんの言葉を受ける体勢になった。

「村を守るにも設備を作るために資材が足りなさそうなのでちょっと取ってきます」

「村にある材料は自由に使って頂いても構わないのですよ?」

「瓦礫を撤去した後に被災者の住居を作ったりするのに使うでしょうし、イネちゃんの作る防衛設備に関しては防壁を強化した後には解体するか流用するにしても部分的にしか使えないでしょうし収穫祭もされるようなのでそちらを中心に進めてください」

「しかし……」

「収穫祭を開ければ人が来ると断言できる要素があるのでしょう?」

 少なくとも村長は断言していたし、自警団長もそれに対して特に反応を示さなかったことから収穫祭の開催を余所の地域に知らせる手段はこの村に存在していると思われる。

 イネちゃんの出身世界や今まで活動していた世界とは違う物理法則、魔術体系を保有しているこの世界ならではの伝達手段は存在していて不思議ではないし、深緑の町のように世界が魔獣で分断されているような状態でも組織自体の維持や連携は取れているからこその落ち着きも感じたのでこの村にあってもおかしくはない。

 何せこの村は世界……は言い過ぎかもしれないものの少なくとも周辺地域における台所と言って差し支えの無い規模の作付面積を有しているのだから他の地域からすれば最重要地域、イネちゃんのような傭兵、旅人に頼る以前には各国による領土占有などの歴史は聞かされているし、なんだったらその時代から通信インフラ関係は当時の最新技術で準備されているのかもしれない。

「それはそうですが……安全が担保できなければ箱があっても人は来てくれませんよ」

「住居や店舗が無ければ滞在しようと思う旅人もいませんから。収穫祭に合わせてそちらの整備をして村に1番足りていない人材の確保を優先した方がいいかと」

「それを言われると弱いですが……」

「当面はイネちゃんが滞在しますから、滞在中は目が届く範囲で最大限の仕事をすることで自分の発言に責任は持ちますよ。村長にもそのようにお伝えしていただけたら嬉しいです」

 自警団長は少し考えてから。

「……わかりました。但しあまり長時間離れることは避けてください」

「魔獣が再び襲ってくる不安はわかりますから、そこは大丈夫です。……あぁそれと今ルスカ少年に防壁の外周をさせていますので戻ってきたら今度は上半身の筋トレをさせてください。内容は腕立て伏せで、脇を広げるものと閉じるものを20回づつ1セット、背筋を10回1セットで各3セットをお願いします」

 唐突なルスカ少年に対しての筋トレメニューの言伝に一瞬思考が停止しているような表情を見せたが、イネちゃんが自警団詰め所で指導していたのを見ていたらしくすぐに意味を理解してくれた。

「伝えておきます」

「お願いします。農作業の筋肉はついていますけど何かを殴る蹴るなどに必要なしなやかさが不足していましたから……あ、きつそうならセット数を減らしてやってくださいね」

「ルスカが強くなるようなら我々の訓練にも取り入れてみますよ」

 最後に自警団長の冗談に思える言葉を聞いてからイネちゃんは最寄りの森へと急いだ。

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