第21話 黄金の草原 - 4
「成程……やはりこの村の防壁では魔獣を止めるのは難しいですか」
「そうですね、対人でなら攻城装備相手でもなければ十分だと思いますが魔獣のようなそもそも人間の能力を凌駕している生物を相手にすることには向いてはいません。単純な跳躍で抜けられることは少なくとも魔獣の体重は200kgを超えることが少なくないですし、飛び掛かる際の攻撃能力はそれを遥かに上回ります。更にはそれが群れで襲ってくるわけですから……」
「防壁の打ち込みが弱い部分から倒されて侵入される……これは現実に起こってしまったことですな」
「そうなります。しかし修復と改善をしようにもまず資材が足りないし人手も足りていません。純粋に石材が必須になりますし石工に大工、全てが足りていない。それらを調達するにしても今回逃がしてしまった魔獣を警戒しながらとなれば……」
魔獣がいるから分断されていたわけで、その脅威が減少したとは言っても残っている以上イネちゃんが通ったルートですら未だ安全確保できているとは言えない。
そして深緑の町は石材に関して特別産出されているわけでもないし石工が多いわけでもない。
そうなると一番確実で安全なルートはイネちゃんがこの場で勇者の力を使って補強してしまうことが手っ取り早いのだが、今回の調査は単独な上にそういった大陸側の人間がここにいると知らしめる行為はこの世界にゲートを繋げていた略奪世界から逃亡している人間がいる以上は手段としては最終手段で、最悪も最悪に事態が転ばない限りは選択肢に上がらないし、サポート拠点から人を割くのも現時点で深緑の町の議会との交渉や交易ルートの開拓のためただでさえ少人数配置である今回は頑張ってやりくりしたところで1人2人程度を派遣できるかどうか程度になってしまうので問題の解決には至らない。
「……いっそのこと収穫祭を予定通りに行いましょう」
唐突に村長がそんなことを言い始めた。
「その考えの意図を教えていただいても?」
「いくつかありますな。まず村人の士気、襲撃と被害に対してかなり悪くなっておりますしこの村最大の催しである収穫祭を生きる糧にしているものも居ります、そのような者が復興どころか生きる意志を失わぬように開催を強行したいとの考えが1つ。収穫祭の際には収穫を行うもの以外は祭りのために様々な大工仕事を行うのが通例であり復興のための資材切り出しも行えます」
成程、人命維持と資材確保が同時に行える上に収穫するのだから食料の確保も行える。
しかしながら収穫時の警戒、守りの不安やついでの大工程度では防衛設備の再構築はかなり難しいので、現状村の守りで対魔獣をこなせるのはイネちゃんだけだし、野盗等が来て対人になったとした場合にも自警団は先の魔獣襲撃の被害で人員がかなり少なく緊急対応に対しての準備不足すぎて不安しかない。
「収穫祭は、そもそも作物の収穫は時期がずれた場合全てダメになる可能性を考えれば理解は出来ます。しかし現時点で魔獣が戻ってくる可能性と野盗等が襲ってくる可能性の両面から防衛が実質イネちゃん単独になり得ることが気になります」
「その件につきましては貴女が村に滞在している間、村の守備や自警団員の育成を正式に依頼したいのですが……」
「イネちゃんの戦闘技術は特殊ですし適正があっても一朝一夕というわけにはいきませんので難しいですよ。それに付け焼刃での技術は魔獣相手どころか野盗相手でも危険が増しますのであまりお勧めできないししたくはないのですが。特に自警団員が運用している槍に関しては素人同然ですし」
突入した時点で確認できたこの村でメインに使われていた装備は大盾と槍によるファランクス陣形での迎撃だったし、完全個人技特化でしかも複数技術の複合しているイネちゃんの技術を教えると連携って部分に問題が発生しかねない。
まぁ……イネちゃんが全く連携した集団戦が出来ないかと言われると訓練時間こそ短いものの履修はしていたので出来なくはないと言ったラインではあるものの、それは銃を用いた現代戦での集団戦になるためファランクス陣形を用いる集団戦は知識だけで実戦経験がなさ過ぎて人に教える立場ではない。
「知識という点でも素人と?」
「あぁいえ、そういう意味では知識はありますが、自警団の方がやられている陣形は対魔獣だけでなく対人相手で高質量による攻撃をされなければ大丈夫だと思いますよ」
元々ファランクス陣形自体が紀元前から存在しているにも関わらず産業革命時点まで戦術として組み込まれる程に優秀すぎるので、それこそ砲弾や銃、魔法……は厳密にはまだ見てはいないものの深緑の町に滞在している間、それっぽい服装をした人や書籍以外にも冒険者や傭兵の中に杖のみを武器として装備した人間がいたことから存在しているので、対飛び道具以外に対してなら騎馬が相手でも通用する陣形なのだ。
問題は自警団員の練度と装備……後は人数。
「特別問題点を挙げるとするのであれば、それこそ装備と人数が一番の要因になるかと。可能ならば装備ももっと陣形に適したものにしたい程度でしょうか。突入時に見たものとこの建物にある装備を見た感じでは盾は設置大楯を準備するだけで大丈夫でしょうが、槍に関しては柄の部分を木材から高重量に耐えられるものに変えるか木材にしても魔獣を支えられる程度には硬い材質のものに変えるべきでしょう」
「盾は何とかなるでしょう……ですが他の内容が村にとっては厳しいですね」
「金があっても仕入れが出来ぬからな、今の情勢では……」
「流通が分断されていますからね。人に関しても急に定住者を増やせるような手段はそうあるものではありませんし、誘致するために即物的な施策をすればそれ自体が村を苦しめることになるでしょうし」
これは普通に想定内。
収穫祭を予定通り実行するとしても魔獣をかいくぐってでもこの村の食料が必要で訪れる商人が中心であるだろうし、商人の護衛を請け負っている連中も往復前提での契約になっていることだろう。
そういう意味では目の前の2人がイネちゃんに頼り切るような提案をしてきているのは必然だし、理解も出来るし納得も出来る。
ただイネちゃんがこの世界に来た目的を考えるとその提案を長期的に受け入れることはできない。
「とりあえずですが、まずは収穫祭まではイネちゃんも村に滞在はします。その際に見込みがありそうな人間に対しては簡単ながらも技術を教えることもやぶさかではありませんし、復興の防衛構築のアドバイスも承ります」
「収穫祭が終われば去る、そういうことでしょうか」
「多少の期間は滞在しても大丈夫ですが、この時勢に旅人をやっている身です。それなりの理由が存在していますので」
「確かにあなたの旅を終わらせるなどと言うのはこちらの我儘ですな。ただ……それでもと言うべきか、あなたの技術を、それを望む者に講釈をする程度の事はしていただけないでしょうか。村の装備を更新するまでの間、そのわずかな期間の守りに幅を持たせるためにも」
「先ほども言いましたが、付け焼刃は逆効果になりかねないですよ?」
「それでも構わないのです。それに2週間程度の滞在となれば基礎的な内容のみとなるでしょうから、団員全体の練度を底上げする方向に意識を変えていただける効果はあると思いますので」
成程、自警団長の本音はそこか。
基本自警団は専属ではなく、全員他に仕事を持っている。
専業をしているのはそれこそ団長を含めた数名程度のもので、自警団内だけでも練度の差が大きくなっていてファランクス陣形を維持するのがやっとなのかもしれない。
しかしながらここは農村で開墾や日々の農作業に置いて足腰に関しては相応の筋肉量は存在しているだろうし、それこそ休閑期があるのであればそのタイミングで自警団としての練度を高めることは不可能ではなかっただろう。
「休閑期に修練はしてこなかったのですか?」
「してはいましたが、そもそも私を含めた村の者は基礎の部分はほぼ独学の部分が多かったので……」
「他の旅人の方からの技術修練等は?」
「それぞれの方が大切にしている部分が違っていましたので」
あぁそういうことか。
今までこの村に訪れた旅人が全員違う技術体系をしていてまともに共有可能なものが基礎体力等の部分だけで、戦術や戦闘技術に関しての部分は……例えばボクシングと空手だと同じ殴るであっても必要な基礎技術が違うと言ったように似たような技術に見えてもまるで違う技術ということも少なくない。
「今回の魔獣の対処に指揮をお願いしていた方は今までで一番こちらの意図を組んでいただいたので頼りにしていたのですが……」
「頼りにし過ぎてしまったというところですかね。結果だけを言えばですが」
結果その旅人は魔獣の一撃をもらって絶命することになった。
最もその流れは自警団が悪いと言うよりもルスカ少年が原因だったわけだが、現時点で建物内部にも聞こえてくるくらいの音で外に置いてあった打ち込み人形相手に修練をする音は聞こえてきているし、勇者の力での判別では恐らくはルスカ少年とは思うので自分のやったことを理解した上で前に進もうと正しくポジティブになっている若者にこれ以上追及することは部外者であるイネちゃんがやる必要なんてない。
まぁ今後訓練してあげる約束もしてしまったので滞在中はルスカ少年に指導をしながら自警団と村長と連携しつつ防衛と復興を手伝う流れには……一応できたか。
「ジュリさんには本当、頼りにしすぎてたことを謝る必要があるでしょうな……特に自警団長である私には」
「責任を感じるのは責任者として正しいですが、そこに捉われないようにしてくださいね。それじゃあ基本的にイネちゃんは希望者に対して訓練をしつつ自警団にはアドバイス、村長からは相談を受ける形でいいですかね」
「そうですな……現時点でそれ以上をあなたに望むのは行き過ぎでしょうから」
「今まで自警団が行っていた訓練内容はまとめた方が?」
「そうしてくださると助かります」
こうした流れである程度最初に予想していた内容で村に滞在することになったイネちゃん、深緑の町からイネちゃんを監視していた連中に関しては当初の予定であった街道の安全確保は最低限果たしたことと、交易先である村の安全確保という点では妥協点になるためか特に接触もしてこなかったし……今は状況が流れるに任せつつ一気に忙しくなったのであった。
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