第20話 黄金の草原 - 3

 ルスカ少年の基礎能力は農村出身で農作業を手伝っていたこともあり基礎的な筋肉はついていた。

 その上で村に立ち寄った数人の旅人から手ほどきを受けていたらしくいろいろな格闘術が混ざりつつも型等は完全に崩れて我流となっていて対人であれば初見のハッタリ効果で有効になりそうなものはいくつかあったものの格闘術の基本である体の動かし方、特に関節の可動域を始めとした人体構造の知識がなかったために初手をしのがれた場合は野盗を相手にした場合でも命が危なくなる程の付け焼刃としか思えなかった。

 ルスカが思考停止状態で放った一撃を除けば格闘技術はむしろ皆無に近いと言って差し支えがない状態ながら、中途半端な我流スタイルが出来てしまっていたために下手に矯正するのは体を破壊しかねないし、自主的に様々な技術の習得を促す形をメインに置いてルスカの体格と戦闘スタイルに合いそうな技術を中心に教えるのが無難かな。

 なんちゃって程度の試験ではあったもののルスカのある程度の実力はある程度把握できたので、もう少し踏み込んだ組手をして何を中心に据えるのかを決める必要があるが、試験それなりに時間を使ってしまったためそろそろ村長と自警団長へのアドバイザー的に会議に参加することになっているためちょっと急がないといけない。

「とりあえずこれから村の防衛について会議をする時間……の予定だから試験で受けたダメージはを回復させておいて。戻ってきたら改めて組手をしてから今後の方針を決めるからね」

 試験の時に入れた顔面への蹴りのダメージがまだ残っているように見えるが、脳等へのダメージの有無に関しては既にイネちゃんの方で簡単に調べて大丈夫だとわかっているからこその指示ではあった……まぁルスカの様子を見る限りでは早く打撃痕を冷やしたいといったまごまごした動きが目立っていたのでイネちゃんは返事を待たずに自警団の詰め所へと向かった。

 向かう最中に村の中を観察すると、魔獣に破壊された残骸の片づけは進んでいるものの数棟の建物がほぼ全焼となっているため今後の復興という観点で見ると深緑の町からの復興援助隊が到着しなければ住居を失った人が当面生活する場所は必要になるだろう。

「イネさん、こちらです」

 建物の前でイネちゃんの名前を呼んで手を振っている男性、自警団長の姿を確認してから歩く速度を上げて近づく。

「それで状況は?」

「魔獣の姿は確認できませんでした。田畑に伸びている稲穂に隠れている様子もなく今は破壊されたがれきの撤去と整理を指示していますが」

「それで問題ないよ。周囲の森の中への警戒は解かない方がいいけど、復興に関しても資材が届かないと進められませんからね」

「その件に関しては中で、村長も待っていますので」

「わかりました」

 自警団長の後について入った建物はそれなりに部屋があり、自警団員たちの詰め所になっている場所のようでロビーを中心に左右に廊下が繋がっていて宿舎としての機能と倉庫としての機能も備えているように見える。

「こちらです」

 自警団長に促されてロビー正面の扉の中に入る。

 部屋は調度品は鎧飾りがある程度で後は長机と椅子がいくつかあり、その1つに初老の男性が座っていた。

「お待ちしておりました、お客人に頼るのも情けないとは思うのですが……」

「いえ、最初にお話しした時に村の防衛体制は概ね察しましたのでお気になさらず」

「そう言っていただけるのは助かります。私たちが考えられるのは死者の弔いと破壊されたものの復旧くらいなものでして」

 簡単な状況確認だけを行い情報交換と支援が届くまでの方針を決めておかないといけないし、支援が届いた時の段取りも考えて配分しておかないと全員が群がってしまう可能性を否定できないので村の指導者である村長と統率を取ることに比較的慣れている自警団長にいろいろ頑張ってもらうことになるか。

 魔獣を撃退した旅人という肩書しかないイネちゃんが陣頭指揮を執ったとしても、ルスカが最初に反応したように反発は予想出来ることなのでそういったトラブル回避をしておくことは提案した方がいいよね。

「まず死者の弔いに関してはそちらの風習や作法があるでしょうからこちらから何かを言及することはありません。建物の復旧、復興はお手伝いできる程度のことになります。やっておいた方がいいことの提言としては深緑の町から物資が届いた際に混乱が起きないように陣頭指揮をした方がいいという点でしょうか、私がやってもいいですが村人からの反発も予想できますのでお二方のどちらかにやっていただくのが一番スムーズに進むでしょう」

 一度に言い過ぎたかもと思いもしたものの相手はそれを望んでいたことだったらしく。

「確かに……支援物資の受け取りに関しては私が指示を出しましょう」

「団長、よろしくお願いしますね」

「はい村長」

 とかなりスムーズに受け入れられた。

「分配に関しては数を把握せねばいけませんので、これは私の方で選出しましょう」

「いろいろとスムーズに進むのは助かるのですが、何というか……」

「旅人の言葉を信用しすぎ、ですかな?」

「まぁ、そうですね。特に風貌や実力が今までこの村を訪れた方々と比べれば明らかに異質な人間の言葉を受けいるのはちょっと心配になるレベルというか」

「魔獣が現れる前における我々の生存戦略の1つと考えていただければ……自分たちが食える分を確保した後に他に出荷をし、安全を外に担保して貰っていたのですよ。我々のような村はどこかに所属するという形になれば争いの種に使われますからな」

「かなり特殊な形での中立ですね」

「最初は軍人が滞在していたのですが……」

 そこまで言って村長さんは言葉を詰まらせる。

 まぁ、そんな特殊な中立状態を宣言した上で正規軍の駐留なんてやれば治安は良くなるどころか戦果の取り合いだのどちらが優れているかだので険悪になっていたことだろう想像が容易にできてしまう。

「どちらの方が優れているか、どちらの方が上かとのやり取りがあまりに多く治安が悪化した上に害獣の駆除をやりたがらなかったことから送り返したのち、旅人の方々や冒険者、傭兵の方を中心に村や田畑の防衛を組んで自警団も設立し軍隊の駐留のために支払っていた金銭を彼らの報酬に回しても余裕が出る程でしたので……」

「成程、旅人や冒険者のような人ならまだしも安定収入になるなら傭兵には美味しい話になりますね。ただそれをやっては元々契約していた軍人たちとその所属している国家や組織の反発は無かったんです?」

「どこも世界の食糧庫などと言う争いの種を管理するリスクと、力づくで奪った場合の田畑へのダメージに農作業を行える者の用意や知識が足りないと判断した結果ですな。好ましい状態とは言い難いがどこも迂闊に手を出せぬ場所で、自分たちの派遣した者が礼儀を欠いた結果の出来事であったことで中立が成り立ったわけですな」

 政治的緩衝地域か……中立であるのならどこと戦争してようと食料の販売はしてくれるのだから相手より多く買い付けをする争いは起きる程度に収まったらしいけれど、どこも世界を敵に回してまで世界の食糧庫の確保には及び腰になったわけか。

「1歩間違えれば武力制圧されますね」

「だからこその武装ですな……防衛設備もそちらに対してのものを優先した結果が今回の悲劇につながりましたがな」

 なるほど、対人特化にしていたからこそ魔獣のような身体能力が高すぎる害獣相手には効果が薄い防壁などしかなかったわけだ。

 深緑の町とここでしか話は聞いていないがどうやら魔獣の出没はここ数年の出来事であったと考えられるので物流が制限された中、建築資材や人材を外部に頼っていたこの村で防壁の更新等が滞っていたことをこの人達の責任と言うのは酷と言うものだろう。

 ではどうすればよかったのかという考えをしたとしても魔獣出没以前の政治情勢を聞く限りその時における最善を選ぼうという努力をしていた上でいろいろと穴はある状態ではあるが永世中立の形を生み出していたことを考えればむしろかなり優秀であったと言える。

 問題はその中立体制というものは魔獣と言った自然災害に近いものに対しての対処となると対応が困難になってしまうデメリットは存在しているので単純に時代が悪かったと言うべきだろうね。

「後悔も反省も構いませんが、次に繋げないと犠牲になった人達にそれこそ申し訳ができなくなりますよ。最もそのためにイネちゃんがこの場に呼ばれたのでしょうが」

「ご自身を名前で呼ばれるのですね」

「自己の存在確認みたいなものなので、お気になさらず」

 村長と自警団長はイネちゃんのこの説明ですんなりと納得してくれたようで。

「ならば、我々が生き残るために必要なことのご教授をお願いいたします、ここではない場所から来た人」

 ……どうやら村長は食えない人物なようだ。

 イネちゃんは改めて気合を入れ直し、自分よりも交渉事が圧倒的に得意な老人との対話を始めたのだった。

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