第19話 黄金の草原 - 2
村の被害は少ないとも大きいとも言い難い微妙なところだった。
人的被害という点においては滞在していた旅人と自警団の活躍により二桁に届くかどうかのところで抑えられており村の日頃の警戒レベルの高さと緊急時の対応が迅速であったことがうかがえる。
しかし人的被害の軽減を優先したということでもあるため建造物の被害は勿論のこと魔獣が押し倒した防壁の損害は大きく防衛という観点で言えば魔獣どころか猪や熊と言った害獣や魔獣による経済困窮からの数少ない行商や交易隊を始め村や町を襲撃しようとする野盗の類にすらまともに守ることが難しいくらいに破壊されてしまっている。
イネちゃんもさっきは緊急処置として数名ローテで監視してもらうことを指示したものの少年に対して説教くさいことを言ってから自分で見て回ったところ突入に使った防壁の穴以外にも2か所程防壁が破壊されていて、他にも複数個所にいつ破損してもおかしくない状態にまで損傷していた。
そちらに関してはイネちゃんが勇者の力で強引に作るという形には今回の旅ではやらない方針なこともあり資材の確保のために監視のために同行していた深緑の町の人達にひとっ走りしてもらい、資材と人材の確保をお願いしておいた。
最悪イネちゃんたちの方から数名防衛設備設営の経験がある宇宙文明から派遣されている人材の派遣も検討してもいい旨は伝えてあるし、そのことは通信でリリアからも了承を得ているので最上位の支援になった場合はかなり早急に改善することが出来る……最もこちらの世界の人が未だ警戒しているためこちらの支援は最小限に抑えることが考えられるためしばらくはイネちゃんもこの村に滞在して外敵からの防衛に参加する形になることが1番可能性として高い。
それにこの村はこの地域だけでなく周辺の村や町の胃袋を満たすだけの穀倉地帯らしく今回の件で人的被害が少なかったものの突入時にはあまり気にしてはいなかった村の周辺風景はイネちゃんの生まれ故郷や出身世界である大陸の文明の中心である聖地シックの風景を想起させるような稲穂の絨毯が広がっており他の作物も相当数生産されていた。
畜産業に関しては防壁の内側が中心であったようだが、今回の魔獣騒動の影響で5分の1程度の牧場が破損、家畜が逃げ出していたり魔獣に殺されたりしていてそちらの損害はかなり大きい方と言えなくはない。
不幸中の幸いな点を挙げるとするのであれば、家畜の頭数が減ったことによって農産物の消費は抑えられるくらいなものなので乳製品や肉製品に関しては冬に備える保存食加工をした場合、外への輸出を減らさざるを得ない。
これに関しては村の方針で食料の自給自足が出来るのであれば村を守るための防衛装備に関して後回しにする形らしく、無ければ作るの精神も強いものの今回の魔獣被害はその方針におけるデメリットが強く出てしまったわけだ。
「村長さんはどうするつもりなんだろうね」
『基本方針は変わらないだろうけれど、今までの外部依存の比率は変えるだけのインパクトはあるはずだよ』
今回の件は魔獣という今までの襲撃ではなかった内容だっただろうことは、イネちゃんが突入時に感じた村周辺を含めた様子は対人には有効だけど野生動物に対しての防御力が足りないように感じるもので、銃眼なのかのぞき穴なのかわからない程の隙間が空いている。
人間相手であればこのくらいの隙間が空いていても破壊されるまでには時間がかかるし、なんだったら外の畑をいくらか無断で収穫されてまともに脱穀もしていない玄米を食べさせたり多少の販売には目をつむればそれほどの被害にはならない規模の農作面積をしているためか村長さんや自警団員と会話していると外の畑にはそういった緩衝材の役割も持たせていることが伝わってきたくらいだ。
その分食料を求めていない魔獣のような存在に襲撃された場合はこれほどに脆弱な防備しかないということでもあるので村は体制の変更を余儀なくされているのだが被害状況の確認などの指示を出した時の会話では最前線である自警団員からもその手の話題が出てきていないことからそのあたりの構想はイネちゃんから提案する形でないと再構築も難しいかもしれない。
「なぁ、ちょっといいか?」
「安全の最終確認が取れてないから中断する可能性があってもいいなら」
先ほど説教じみた感じのことをした少年が思いつめるような表情で 話しかけてきた。
状況としてはイネちゃんの感知も村の全域プラス周辺地域にまで広げているので襲撃してきた魔獣の残党は既に村周辺地域から少なくとも数㎞半径から遠ざかっている可能性が高いのでかなり余裕は出てきてはいる。
しかし突入時に発生した魔獣の動きを考慮すると樹木を利用して潜伏されている可能性も否定できないからこその言葉選びだけど、少年はこの言葉回しに対してやはりというか先ほどと同じような不快であるという感情が態度に見えていた。
「あんたは、強いんだよな」
「唐突だね、正直に言えば自分を強いと自称はしたくないんだけど……とりあえず魔獣と戦える程度には強いね」
イネちゃんは自分で強いとかやるのは慢心を生むだけだと思ってるから相手を選ぶスタイルだけど……少年の態度と瞳の奥に感じる覚悟から少し挑発するような形にした。
少年はイネちゃんから見る限りではそれなりに幼さを感じさせる顔つきながら体格はそこそこ良く、身長の低いイネちゃんは見上げる形になる程度の身長で筋肉の付き方は農村出身で男手ということもあり基礎的な筋肉はついているようではあるものの鍛え方がダメだったのか戦闘向けの筋肉の付き方が甘く、イネちゃんが指導するとなると筋肉の付け方の調整から始めないといけないかもしれないか。
「言い方は気になるけどよ……ジュリや自警団が手も足も出なかった魔獣を1人で、それも2匹も倒したのは目の前で見ちまったから、飲み込む」
意外な答えが返ってきたと思いもしたが、助けた直後に突っかかってきた少年に対して放ったイネちゃんの選択した言葉を考えると少年なりの覚悟を持って話しかけてきたのだろうから多少は謙虚にもなるか。
「だから……俺を魔獣を倒せるくらいに強くしてくれ!」
「それは無理」
少年の決意に脊髄反射の速度で否定の言葉を返してしまった。
「なんでだよ!」
「あぁごめんね。ただ無理っていうのは恐らく君が考えているような期間ではどうやっても不可能だってこと。君さ、ひと月かそこらで魔獣を倒せるようになると考えてない?」
「それは……」
やはり考えていたようだ。
実際凡人と呼ばれるような人でも一つの道を究めるレベルにまで訓練を積めば1対1の状況であれば対抗できなくはないとイネちゃんは踏んでいる。
しかしそれはやはり一つの道を究めるレベルにまで努力をする物理的な時間が必須であるということでもあるためひと月どころか年単位で見ても場合によっては数十年レベルの、血のにじむ努力が前提条件なのだ。
天才、神童と呼ばれるような才能を持っていればまだ数年くらいに縮めることも出来るとも思うものの、この少年にそれがあるとも思えない。
「才能のある、それこそ天才って呼ばれるような人間が血のにじむ努力を四六時中行えば短く見積もって数年で魔獣と対等に渡り合うことは出来るとは思うよ。才能がない人の場合は更に努力を積み重ねなければその領域に立つことすら難しい」
「でもあんたは!」
「特殊だからなぁ……それに実戦経験の数も含めての芸当。そこに十数年の多角的努力っていう土台があって出来ることなんだよ」
「多角……?」
「1つの戦闘術じゃなく、この体格でも大型相手に立ち回って打ち倒せるようにより多くの戦闘術の訓練と戦術や戦略と言った知識も叩き込んだってこと。技の1つ1つはそれぞれの戦闘術だと言えるけどそれを組み合わせた動きは完全に別物にまで形を変えてる」
イネちゃんは元々自分より大きい人型を絶滅させるっていう復讐心が原動力があった上で、イーアもいたからこそできた努力。
更にヌーリエ様の加護と大陸人特有の身体能力と環境を用意してくれたお父さんたちがいたからこその結果であり他の世界の人間が同じ訓練課程が出来るかと聞かれたらよほどの例外でもない限り不可能だと即答できる。
「じゃあ……どうあがいても無理だって言うのかよ」
「いや、1人であるのならそこまでの長期間における努力が必須だというだけだよ。元々対魔獣の戦術はチームでの陣形戦略での対処だし……単独で倒そうと思わなければそれなりの戦闘訓練をすれば十分可能」
「そういうことじゃ!」
「君の気持ちはわからないでもないけどね」
少年を決意させたのはイネちゃんの言葉ではなくジュリと呼ばれた彼を助けていた女性の仇、復讐心に近い感情から来ているものだろうことは今の彼の表情と声で判断できる。
「でもね、そうやって1人でって突っ走った結果が今なんじゃない?そりゃ最低限自分の身を守れるだけの訓練をつけてあげるのはやぶさかではないし、むしろ今の会話からも必須かなと思ってる。でもそこで慢心してしまうような訓練はしたくない」
「慢心……?」
「……こればかりは一度体験してみるのがいいかな。対魔獣を1人でやるにはどのくらいの実力が最低限で必要なのかって」
そうつぶやきながら、イネちゃんはマントや仕込み籠手、ショートソード等の装備を外して足元に置いていく。
「何を……」
「一度組手をしようか。奇襲でも砂かけでも……何だったら槍や剣と言った武器の使用も許可するから、私に当てれるかどうかの組手」
イーアと連携している状態の私に対して攻撃をかすらせることすら不可能なら魔獣に有効打は不可能。
装備を外して両手のひらを見せていつでもどうぞというジェスチャーを示した。
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