第18話 黄金の草原 - 1

 街道から見えた煙の方向へと進むと防壁の一部が破壊された村にたどり着いた。

 丸太で作られた壁、そこの破壊された場所を抜ける際に丸太を確認した感じではこの世界に来てから2回しか戦ったことのない魔獣の仕業であろうことは推測出来たものの、そうであるとした場合この村は既に魔獣の襲撃を受けて場合によっては地獄絵図になっている可能性が高い。

 その覚悟をしながら村を進み、バリケードが構築されていただろう残骸を抜けると大きい広場に出た……と同時に顔を潰された男と広場の奥に向かって睨んでいる数人の男性、そして中央に頭部を無くしながらも立っている女性とそのそばに複数の負傷者とあどけなさが目立つ少年らしき風貌の人間が腰を抜かして立ち上がれないのか叫んでいた。

 バリケード近くに居た人間が突入してきたイネちゃんに気付くと。

「あんたは!?」

「深緑の方から来たんだけど、お取込み中?」

「魔獣が……」

「了解、それだけで理解したよ」

 予想した通りイネちゃんとあの大型魔獣の戦いを遠巻きに見ていた魔獣の群れが一部この村を襲ったということだろう。

 改めて広場を観察すると、負傷者が寝かされている広場中央の噴水を挟んだ逆サイドに1匹の魔獣の姿を確認することが出来るし、村の中で獲物を探しているのか他の魔獣の気配を2つ程確認できる。

「とりあえずは目の前の1匹かな」

「え、あんた危ないぞ!」

「正直に言えば、アレが所属していた群れのボスをイネちゃんが倒したから発生した事案のような気がしてね……罪滅ぼし感覚で駆除させてもらう」

「は、今なんて……」

 男性の言葉を待たずにイネちゃんは魔獣に向けて走り出す。

 対魔獣の戦い方は2回の経験で概ね構築は出来ているし、あの大型と比べたら知能は高いかもしれないけれど肉体的な強さは劣っているだろう目の前の魔獣相手にイネちゃんが負ける要素はあまりない。

 敢えて負けるパターンを想定するのであれば、イネちゃんが今よりも慢心して村の中にいるだろう他の魔獣がタイミングを合わせこの広場に突入してきてこの場を守っていた人達と負傷者全員を食い殺されるパターンではあるので、出来るだけ素早く広場の1匹は絶命させておきたい。

 しかしながら魔獣側はイネちゃんのことを把握しているようで遠吠えらしき鳴き声を1度だけして広場からの逃走しようとする動きが視界に入り、イネちゃんの進路上にあるヘルメットと思われる残骸を走る動きを少し調整して魔獣へと蹴りだす。

 その際に勇者の力を少し使い、軽く電磁加速させつつ形状を貫通力のある形に蹴った直後に変形させる。

 魔獣にかわされたとしても今逃げようとしている方向にも攻撃が届くことをわからせることが出来ればこちらに向かってきてくれるかもしれない……最も直撃してくれたら一番だし貫通しなかった場合でも衝撃で魔獣の頭部にある心臓にダメージが入るだろうし、胴体にしても脊髄付近に脳と思われる器官がある魔獣であれば相応の衝撃を加えればしっかりとしたダメージを与えることは不可能ではない。

 ましてかなり弱めとはいえこの世界に存在するか怪しい電磁加速による運動エネルギーならダメージは入るだろうというのがイネちゃんの経験則である。

 イネちゃんが蹴りだした疑似的な亜音速まで加速させた弾丸は逃げようとした魔獣に直撃し、魔獣が酸の血液を軽くまき散らしつつも土煙を上げながら倒れてのたうちまわる。

「やった!」

 魔獣と戦っていたであろう村人はそれを見て喜びの声を上げるものの、どうにも気配としては他の魔獣がこの広場に近づいてきているのがわかるし、村の外の方に待機する形になっていただろうイネちゃんを監視する役割を持った人達が村に入りつつも外に向けて陣形を整えているような気配も認識できる辺り外にいたであろう他の魔獣も近づいてきているようである。

「油断しない!」

 イネちゃんの叫びに合わせるようにして近くの建物の中から魔獣が1匹、イネちゃん目掛け大きな口を開きながら飛び掛かってきた。

 こちらに来てくれる分にはむしろうれしい展開ではあるものの、村の中に感じていた気配は減っていない……。

『木材の上で気配消しされたね』

「こっちの能力を完全把握したわけではないだろうけれど、打開策を用いてきた辺り意識共有能力もあるのかもね」

『生態が詳しくわかっているわけでもないけど、群れ単位での意識共有はあり得るか』

 デカ物との戦闘で相手が発勁を把握していなかったことから最初に戦ったあのはぐれと群れは別で意識共有が出来ていなかったと考えた方が矛盾もなくしっくりする。

『その納得で今はいいけれど』

「わかってる、違った場合でもすぐに切り替えるから」

 飛び掛かってきている魔獣を仕込み籠手のシールドを展開して魔獣をいなす形で投げ飛ばしつつ改めて状況を確認。

 先ほど攻撃を当てた魔獣はのたうち回りつつも立ち上がろうとしているし、今投げ飛ばした魔獣は猫のように体をひねり着地しようとしている。

 状況としては1対2の状況ではあるけれど更に悪化する可能性の方が高く、材木の上を移動されたりすれば音と視覚、後は気流で判断しないといけないものの地面や金属に接地してくれていれば把握しやすいのだけれど、野生動物の生存本能を相手にそれを期待するのは危険すぎるので気合を入れ直す。

 とはいえ多少の余裕を残しておかないと今以上に状況が悪化した時に対応が難しくなるので勇者の力の運用はさけつつ思考と反射に特化して自分の技術の延長で対応する。

 最悪を想定すると対象を指定する形でのレーザー辺りで蒸発させるのが一番無難だけど……村の中で、更に負傷者がいる環境で素早く動く相手を狙うのはリスクが高すぎてやりたくない。

「うあぁぁぁぁぁ!」

 状況を整理しつつ次の動きを私と魔獣がうかがっていると、突然頭部を失った女性の側にいた少年が叫びながら私がダメージを与えた魔獣に向かって駆け出した。

「あー……クソ」

 久しぶりに悪態を声に出しながらも他の魔獣に対して隙を見せることになりながらも少年の方へと走りながら仕込み籠手のワイヤーを魔獣の顔面に向けて飛ばして牽制しつつ、魔獣が回避したタイミングでその先にある建造物にワイヤーをひっかけると同時に勇者の力で地面をジャンプ台にして空中に飛び出しワイヤーを強く巻き上げて勢いよく現場に駆け付ける。

 こちらの世界に来て初めて使う機能だったこともあり、魔獣の野生の勘をしっかりと上回ったようで少年を攻撃させる前に間に入ることが出来た……のはいいが錯乱状態にある少年が私が割り込んだこともお構いなしに突撃を仕掛けようとしているので手早く終わらせないと犠牲者が1人増えることになるためワイヤーを戻した時の反動を利用して少年の腹部に一発叩き込みつつ同時に右手でショートソードを抜刀して高周波振動させる。

 刃の振動で空気が大音量で震えると少年も頭と腹を抑えながら膝から崩れ落ちたので、高周波振動の音で動きが多少鈍った魔獣の首をそのまま切断し、頭部を人のいない場所に向けて渾身の力を籠めて蹴り飛ばし、胴体に関しても人にかからないよう踏み台に使いつつ押し倒し、広場に居たもう1匹の魔獣の方へと再び跳ぶ。

『あの子大丈夫かな』

「魔獣に突撃するよりは大丈夫、ダメージ負うのが危険なポイントは避けたし」

『いや鼓膜とか』

「治癒魔法関係はあるらしいから大丈夫じゃないかな。最悪リリアにお願いして医療班を回してもらうよ、再生治療関係は地球基準でも大丈夫だろうし」

『まぁそれはそうだけど……』

 イーアが少年を心配してはいるものの現時点で魔獣はまだ残っていてそのうちの1匹はこの広場で遠吠えをしている辺り撤退を指示したのか襲撃を指示したのかわからないので今はあの少年に気をかけている余裕はない。

 とりあえずどちらにしても広場に居るこの1匹に対しては暴れたり逃げたりする前に仕留めておきたい。

 幸いあの巨大な魔獣を解体したおかげでどこをどう攻撃すれば大ダメージになるかを把握できているので打撃でも斬撃でも問題なく楽に倒すことは出来る。

 遠吠えをしている魔獣は逃げる動きもせずに再び遠吠えを始めていたのでこれ以上の援軍を防ぐためにも発声器官と脚部を切断してから魔獣の顎関節部分を発勁で砕き生け捕りの形にしてから気配を探す。

『……多分だけど、魔獣は村から離れて行ってるね』

「建物の中にも獣臭というか、そういった気配を感じない。村を守るために戦っていた人達には悪いけど村を探してもらうかな」

 ひとまず安全を確保できたことを確認してからイネちゃんはため息を1回してから生け捕りにした魔獣の動きを更に封じる束縛を始めたのだった。

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