第17話 深緑の場所 - 17
巨大魔獣の細切れを撮影し、リリアたちに送信してから改めて周囲に集中力を向ける。
『残っているのは3匹、コレの解体で概ね臓器の位置は把握したから徒手空拳で十分だと思うけど』
「同時に来られた時のリスクを考えるとあまり素手にはしたくないかな。迅速な処理が必要になるのは間違いないし、ショートソードの振動で返り血散らしているように見せてるから万が一を考えるとね」
『動脈と思われる血管が多かったけど、酸の返り血はごまかすの面倒だから最小限の出血で仕留められないかな』
「余程上手いこと流れないと流石に無理かな。もうちょっと詰める練習すればできる範疇ではあるけど今は実力不足だしね」
正直に言えば割と技術的な意味で体が鈍っている。
武器術に関しては今までも刃物を含めて運用していたこともあって問題ないのだけれど、素手の格闘術となると極端に使用頻度が下がっていたので思考に肉体が追い付かないタイミングが何度かあった。
秒単位どころかコンマ秒の世界ではあるけれど命のやり取りの最中のコンマ秒となると致命的すぎて訓練しなおすまで過信したくない。
そもそも過信をするなという所ではあるものの、監視者などに余裕があるように見せるという点では過信や慢心という本来マイナスのものは割とプラスに働いてくれるので、今回は総合してみればプラスになり得るので可能であるのならちょっと油断しても大丈夫なように訓練をし直したいわけだ。
心臓が頭部にあって脳に該当すると思われる器官が脊髄に沿うようにあったのは驚いたものの場所が判ればとりあえず体躯がこれより小さい魔獣なら武器使用で迅速な駆除も可能ということはわかったのでこちらの気持ち的には余裕を持てる感じにはなった……ただ問題としては群れる知能を持ち合わせ、ボスが決闘を行うのも理解し、その血統の最中介入せず待機して殿を残して撤退することが出来るだけの知恵を持ち合わせている魔獣がこの後も私を狙って攻撃を仕掛けてくるかという懸念がある。
当初の予定では街道を通る時に遭遇した魔獣を駆除していく算段だったわけだけどボスを倒しても群れが統制を失っていないことから単純に私を避けるだけで商隊が襲われる危険性は多少減ってはいるものの未だ高いリスクがある状況であることは殆ど変わらない。
今の状態で個人の憶測だけで判断できることではないものの、この状況を生み出したのは間違いなく私なので責任感というものを必要が無くても感じてしまう。
『どうするにしてもとりあえず街道を踏破しないと』
「野営は最悪のパターンで想定してはいたけれど、監視者の人達からすれば現状はむしろ最良に見えている可能性もあるからなぁ」
『わかってるなら歩くよ、目的地に着いてから懸念を伝えればいいだけ』
イーアの言う通りでもある。
ここで野営をしたところで今こちらを見ている魔獣は襲い掛かってくる可能性は低いし留まるのはあまり好ましくはない。
目的地に到着して監視者に報告をしたうえで群れの駆除を改めて依頼された時に考えるしかない状況でもあるので武器を構えながら改めて、しかし今度は歩く速度は少し早めにして移動を再開する。
案の定後ろの監視者以外にも森の中から視線を感じる。
ただ森の中からの視線に殺意や攻撃的な気配を感じることはないので攻撃してこないことは理解できる……問題としては魔獣の知能はかなり高い証明にもなっていることで、あの巨大な魔獣はボスだったとしても周囲を囲んでいたであろう姿を見せなかった魔獣の群れについてはイネちゃんを監視している3匹を残して撤退、今残っているのは実質的に斥候的な役割と考えると間違いなく役割分担を個体ごとに割り振って活動できる高度な社会性を持ち合わせていることになるため、今後イネちゃん以外の人間を襲撃したり、ボスの仇討ちを実行するためにどこまでも追いかけてきて滞在中の村や町を襲ってくる可能性も否定できないのは割といただけない。
その後の道中にしても見た目だけなら穏やかなものではあったものの周囲の風景が森から山、草原に差し掛かる辺りまで魔獣の気配があったので魔獣が何かしらの思惑を持って行動していたのは間違いなく、距離を離す必要のなくなった監視役の人が近づいてきたが会話を行うことはないまま目的地となる場所が肉眼で確認できるようになってきた。
周囲の風景が草原になってから2時間程度進んだところで一面を覆う稲穂、小麦、大麦と言った穀物が生育していて差し詰め黄金、風が吹いた時には揺れて海原を想起させることから黄金の海原と表現してもいい。
そしてイネちゃんにしてみればこの黄金の海原は自分の出身世界を思い出す光景でノスタルジー的なものを感じ、まだお仕事の最中にも関わらずいくつか写真を撮ってリリアに送信してしまうくらいには落ち着く光景で少し浮かれてしまった。
そんな浮かれ具合のイネちゃんの歩幅で更に10分程度歩いていると正面方向、つまり目的地となる村の方角から煙が上がっているのが確認でき、更に大きな音も聞こえてきた。
収穫祭……とも一瞬思ったもののそれにしては音は不規則だし煙も一部黒煙が混じっていることから異常事態であることは確実で。
「収穫祭とかで、あんな黒煙が出ますかね」
思わず監視者にそんな言葉を投げかけていた。
「いえ……少なくとも交流があった時期では一度も」
「了解、突入しますけどあなたたちは監視ではなく人命救助最優先でお願いします」
監視者の人の表情からも非常事態であることを理解したイネちゃんは、それだけを伝えて村へと駆け出した。
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