第16話 深緑の場所 - 16

 先日の個体もその体躯は巨大だったが、今突進してきている相手はあくまで私の個人的な感覚ながらも以前戦った魔獣と比べて3倍ほどの大きさで迫力や威圧感というものは間違いなく増している。

 ただでさえ魔獣の体躯は狼などと比べかなり大きいものだったことを考えると既に大型の熊どころかサイやカバ、目の前の個体に関してはゾウと言ってもいいくらいかもしれない。

 最もそれでも森に隠れられるのでゾウは少し言い過ぎかもしれないが、この近辺の森は少し背が高く針葉樹と広葉樹が共生する形での植生が形成されていて地球で樹海と評するような森林と比べれば大型動物でも活動はしやすい方だとは思う。

 しかしそれは草食獣の話であって肉食と思われる魔獣が大量にいると言うのはなかなか想像しずらい。

 攻撃となる突進をされているにも関わらず何故か魔獣の生態についてあれこれ考えてしまっているが、実際のところここまで大型となるといくら私が対大型、対多数を想定して鍛えていたとは言っても限度を超えている。

 幸い相手の体躯と比べれば私は小動物の領域になる程度には小柄なので体力を消耗しない形で回避と打撃を加えてはいるものの全くと言ってこの巨体には致命傷にはならない。

 戦闘開始前に考えた高周波振動による切断もナイフの質量ではかすり傷程度のものになるし、ショートソード程になるとあちらも警戒して突進中にも関わらず蹴りで合わせられるためまともに切断することもできずにいる。

 今までならば遠距離から相手が反応できないであろう光速、つまり即着弾のレーザー兵器で蒸発させたりするのだがそういった文明水準が産業革命前のこの世界で運用するのは私の活動がしにくくなる以外にも万が一私の生成したレーザー兵器を回収されて解析、ないとは思うがコピー品が出回ってしまった場合取り返しのつかない影響をこの世界に与えることになるため本当に最終手段的にしか使いたくない。

 現時点で最悪の最終手段案件なのではと思う人もこの報告書を呼んだ人の中にはいるかもしれないけれど、このくらいならまだ勇者の力を発動していれば余裕の範疇であるし、何よりこの群れのボスっぽい個体との戦闘ノウハウを確立させるのに戦闘をわざと長引かせて何が有効で何がそうでないかの選別をしておくことはこの世界の住人だけではなく今後私以外にこの世界で活動する可能性があるこちら側の人間の手助けにもなるからだ。

 そういった人達は基本勇者の力のようなチート能力は運用できないため可能な限り格闘術や近接武器での有効打を見つけておきたい……のだけれど、残念なことに通常打撃はもちろん斬撃に刺突もナイフと剣の刃では有効打にならず体内に直接攻撃する発勁にしても手ごたえがないのはもう純粋に私の体重と技量が足りていないのではないかと思えてきて自信が無くなってしまう。

『質量、操作する?』

「ビームよりはマシだけどもうちょっと調査するよ。正直なところタタラさんなら真正面から殴り飛ばせるだろうしココロさんなら極まった棒術で両断も刺突も有効打にしちゃうだろうから、ある程度訓練を受けた格闘術の範囲で調べておきたい」

『体格差で足払いは不可能、なまじ巨体すぎて細かな攻撃はほぼ無意味、武器に関しても通常技量では弾かれて終わり。他に出来る可能性ってビームコーティングや爆発物になると思うけど』

「まぁ他にも口から入って体内からダメージ与えるって手段もあるけど」

『それは勇者の力で絶対防御があるのが前提だから却下』

「じゃ、危険承知で突進に合わせて眼球目掛けての発勁でいくよ」

 私の習得している格闘術は対人をベースに自身より体格の大きい相手を想定したアレンジを加えたものになっているためジャイアントキリングという点では一般的な格闘術と比べればむしろこの手の相手には向いている。

 しかし向いているとは言っても私が想定していた巨大な相手というのはせいぜい2mクラスの人型生物であった以上は目の前の四足生物である魔獣に対してどこまで有効を取れるのかで考えたらイーアとの会話でもあるように殆ど役に立たない。

 その中でも有効打になるだろう発勁、中国武術や日本古武術に存在している気による攻撃を打ち込む場所さえ選べば有効打になる可能性はある。

 最も、先ほどから打ち込んでいた気の攻撃はまともなダメージを与えるに至っていなかったので眼球に発勁を叩き込んで脳や他の神経に対してダメージを与えられるのかはあまり期待できるものでもないが。

 ちなみに何度かすれ違う間に胡椒と唐辛子を半々にした刺激の強い小袋を魔獣の顔面にたたきつけたものの効果が得られなかったので魔獣は嗅覚と言った点が鈍いどころかほぼないのか、嗅覚を必要に応じて使わないように切り替えることが出来る能力を持っていると思われるが……その認識が正しいのかを判別するには魔獣を生きたまま捉えて調査するか、いくつかの検体を用意して解剖研究をするという私の専門外の内容をやらないといけないので今は目の前で発生した事実のみで判断して魔獣を攻略しなければいけない。

 そもそも私は魔獣の内臓器官がどの位置にあるのか、似た動物と同じ場所に存在しているのかすら知らないのだからこの辺は仕方ない……いや最初に倒した時約束の時間を気にせずに調べればよかったと言えばそれまでだけど、約束を反故にしたと思われる危険性とライスちゃんに危害が及ぶことを考えたら無茶をすることは出来なかった。

『次の突進に合わせるよ』

 イーアの言葉の直後に魔獣は再び地面を蹴り加速しながら直線の動きで私に対して突進をしてくる。

 私が考えるのは発勁の打ち込みタイミングとその後の回避。

 魔獣の動きが変則した場合はイーアが対応してくれるものの、正直に言ってしまえば私のように1人で連携が取れるような特殊性質でもないと難しい戦法ではあるが……それはそれで突進を受け止める人間と攻撃をする人間で役割分担すればいいだけの話なので発勁の効果がなさそうなら次は真正面から受け止めて背負い投げの要領で魔獣の体重と突進スピードをその身で受けてもらおう。

 次の動きを想定しながら不規則に動く魔獣の頭部、そこで直接神経に繋がるだろう眼球に対して拳を当て発勁を叩き込む。

 先日戦った魔獣の時もそうだったけれど、その3倍近く大きい魔獣の眼球は水晶というよりは硬度を高めたクリスタルかショットガンやスナイパーを想定した強化ガラス並の硬さを感じたものの、発勁による攻撃に関しては今回はしっかりと手ごたえを感じた。

 しかし魔獣はそのはっきりとしたダメージを受けたことにより大きくのたうちまわるような形になったため上手く衝撃を逃がせずにこちらもダメージを受けてしまった……最も軽い打ち身程度で動くのに支障は全くないが、想定外だったとは言え攻撃を喰らったこと自体に自分の未熟さを感じざるを得ない。

 ともあれ大型魔獣相手でも急所に該当する場所に当てることが出来れば発勁は有効であることがわかったのは幸い……と言いたいところだけど、致命傷どころか同じ打撃を加えても決定打になるのか怪しい程に魔獣は体力を残しており意識レベルにしてもはっきり私を目視して再び攻撃姿勢を取ろうとしていた。

『どうする』

「高周波振動から試す。ただこの世界の文明レベルで魔獣を倒せないわけではないから今回乗り切った後はこちらの世界で運用されてる魔獣駆除の手段をしっかり学ぶかな」

『了解、今回は仕方ないね』

 イーアと話し合い持ち込んでいた外宇宙航行艦の装甲材と同じ合金のショートソードと、こちらの世界に滞在中世間話という情報収集のために購入したロングソードを鞘から抜き構え、勇者の力で刀身部分を超高速で振動させる。

 この際発生する高周波音と空気振動はこの場に舞っている土埃を利用して生成した架空金属粒子によるフィールドを形成して監視者に届かないようにしてから魔獣がどう飛び掛かってきても大丈夫なように持ち手を調整し、構え直す。

 私が武器を取り出したことで発勁が来ないと認識した魔獣は口角をこちらにもわかる程に上げてから再び突進をしてきたが、先ほどとは違い明らかにフェイントを織り交ぜる蛇行の形で突っ込んできた。

 丁度視界に監視者と思われる人間の姿が遠目ながら確認できたがいつでも町の方へと走りだせるような姿勢をしている辺りこの世界の普通であればこういう状況になった場合絶望を感じるのだろう。

 ただ直進ではなく蛇行してきているということはそれだけ速度も落ちているということでもあるので私にしてみればカウンターを入れやすくむしろありがたい展開になったので接触するタイミングを逃さないように集中する。

 魔獣も状況を判断し先ほどの発勁で実力を認識したのか何度も繰り返していた体当たりの突進ではなく、こちらの側面に着地して後頭部に向けてその爪を振り下ろしてきた……が、それはこの展開なら十分想定できる動きだったので高周波音などを封じていたフィールドを解除してロングソードを槍を担ぐような形で構えて相手の肉球に刃を突き立てて放し唐突な高周波音で悶えている魔獣の喉首をショートソードで切断。

 ロングソードの方は1回で刃がボロボロになっているのでそのままにし、ショートソードをそのまま高周波振動をさせながら今度は首を斬り落とす。

 この時の返り血はフィールド形成に使っていた架空金属粒子を利用して防ぎ酸によるダメージを回避しながら黙々と解体作業を進め首と四肢と胴体に切り分けてから周囲の、他の魔獣の気配を探る。

『いくつか気配は残っているけれど、どうする?』

「次のボスが出来るまでは大人しくするとは思うし、ここで襲ってこないのならスルーするよ。それよりこいつの臓器配置をここで把握しておきたいしリリアたちに情報として報告したい」

『警戒はしておく、グロは任せた』

 イーアとの役割分担を決めてから残骸となった巨大な魔獣を撮影しつつ解体を始めた。

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