第15話 深緑の場所 - 15

 翌日、こちらの世界の人里でも問題なく活動できる種族の人を中心にヌーカベ車を使って数トンにも上る穀物類を運び込んだことでイネちゃんも出発できることになった。

 宿に関しては議会側が用意していたこともあり代金は既に議会の人が払っていたため問題はなかったが、同時にあの子供が結局のところ町の孤児院等には入れなかったため議会側の承認を得た上でパラススさんと共にこちら預かりとなり穀物を運んできた人に預けることになった……別れる時に泣かれたものの流石に魔獣と戦う前提の旅に連れていくことは流石にできない。

 その代わりと言うべきかわからないけれど、名前の無かったあの子にネームセンスの無いイネちゃんが名付け親になるという妥協点を提示されてしまったので頑張って絞り出した結果『ライス』という名前になってしまった……本人は喜んでいたけど正直周囲の視線は痛かったよね。

 ともあれこれでイネちゃんがここで懸念になっていることは概ね引継ぎが出来たので心置きなく出発することが出来る。

 最も元々議会との交渉や短期交易計画は全てリリアが対応するものだし、イネちゃんの懸念はあの子供と壁の外にあるバラックで生活している人々の安全確保のための基礎保証だったのでこちらのバックとなる大陸、ヌーリエ教会が関われる状態になればそこは一気に解決するのでそれほど杞憂もしていなかったけど。

「それじゃあ、最初に私が単独でここから東にある穀倉地域に向けて多少荒れてはいるものの人工的な街道を進みます。その際進む速度は牛歩程度にするため時間はかかりますがその分魔獣に遭遇する確率は上がりますので遭遇次第駆除していきますね」

「お願いします」

 正直、こちらがしっかり仕事を果たすのかを確認するため監視だけをする人員が数人ついてくることだろうし実弾銃は一般人がいない前提でなら使用してもいいかもしれないものの架空金属粒子を利用したビーム兵器は使えないことには変わらないので対複数匹の戦術は歩きながら考えておくしかない。

 先日倒した魔獣は通常生物であるのなら不便でしかない弱点関節部の硬質化、酸の血液に狼よりも大きい体に拳を打ち込んだり投げ飛ばしたりしたときの感覚で体重も大型の熊並にはあったため対複数となると位置関係を常時把握しながら相手の体重を利用して魔獣同士をぶつけることも視野に入れるべきか。

 武器を使う場合は刃物でまともに切断できるだけの技量はイネちゃんには足りない可能性が否定できない以上鞘に納めた状態で打撃武器として運用するか、その辺の岩を利用して口を抑えたり、なんだったら手持ちの香辛料で相手の鼻を殺してやるのも1つの手か。

 実際遭遇しなければとも思いはするが、その可能性を想定した上で議会側がかなりすんなりと首を縦に振った時点で遭遇しないという可能性は限りなく低いくらいには魔獣の生息数が多いと思われるし、絶対数がそれほど多くなかったとしても人間のコミュニティを分断するような生息分布をしていることはこの世界の住人で生活どころか生死が関わっている議会側の人間が把握していないわけがない。

 いつ遭遇するのかという警戒が解けない状態が長時間続くのは疲れるので出てくるならさっさと出てきて欲しいものだけど……野生動物に該当するであろう魔獣にそれを期待するのはお門違いだし、最悪群れで行動している上に囮や消耗戦を仕掛けるだけの知能があった場合は自分の身を守るために禁止として封印しているビーム兵器を使わないと行けなくなる。

 現時点でイネちゃんが察知出来ている監視役の数はおよそ5人程度なので、イネちゃんが圧倒されるだけの数、魔獣が出てきた場合はその5人も魔獣にやられる可能性は否定できないので彼らの命を担保に口止めしてお墓の中まで持っていってもらおう。

 出発してイネちゃんの持っている端末に表示されている時間はおよそ2時間程度経った頃、ようやくと言うべきか牛歩速度で2時間程度の距離に活動圏が存在していることに対して危機感を抱くべきか、こちらの心境等はお構いなしに森の中から殺気と遠吠えがこちらに向かって飛んできた。

『ここから縄張りっていう警告かな』

「だろうね、立ち止まってる状態で殺気に変化はないしそこまでここに居たら死ぬっていう感覚は無い」

 となるとあちらさんにはそれが出来るだけの知能もあるし、群れるだけの社会性も持ち合わせていることの証明を今されているわけだ。

 恐らく1歩前に進めば今こちらに向けられている殺気が一斉に襲い掛かってくるだろうし、数自体は現時点で把握しきれていないので意識を防御に集中しながら踏み出すしかないのだけれど……無策で前に出るのはあまりやりたくはないんだよなぁ。

『最悪数匹を後ろの監視役に流すのも有りじゃないかな』

「確かに監視とは言え危険地帯に送り出される実力者だろうし、生き延びる術は高いだろうけれど不意になるし、基本戦術は集団での少数討伐だからあの人たちだと自分の身を守るってのも高難易度だと思う」

『そうは言ってもこっちも余裕はない』

「最悪近接武器だけ高周波振動なりビームコーティングなりで対応する。達人って思われてもこちらの世界にはそういった道具もあるって言い訳はできるからね」

 宇宙文明との共同研究で扱う専門技量は必要ながらレーザーに近いバッテリー式のビーム兵装は試験運用中だし、高周波ブレードに該当する武器なら地球の技術で既に実用化状態である以上嘘は言っていないし監視者に対しての言い訳できるからね、リリアにはいろいろと負荷をかけることになるけれどイネちゃんが対応するよりははるかにマシになる。

 ともあれ最悪を想定して高周波振動まで使う覚悟を決めたのであれば後はやるだけなので1歩前に足を踏み出す。

 一斉に飛び出してくることを想定していたが、先日の魔獣と比較した感覚ではおよそ3倍程の大きさでどう考えても四足で支えるにしてもそれだけの巨体を支え切れるように見えない足の構造、異形という単語がしっくりくるような見た目の魔獣がゆっくりと道を遮るように姿を現した。

 群れのボス……というわけではないだろうけれど可能性としては否定できないし、他にも気配があるにも関わらず単独で出てきた以上は魔獣は魔獣なりの都合ってやつがあるんだろうとは思う。

 とはいえ言語を介することが出来ず、意思の疎通手段が全く存在していない状態の相手の都合を汲む程にこちらに余裕があるのかと言われるとそんなものはないし、意思疎通出来たとしても生物としての構造が違いすぎて社会性はありますと言われたところで存在してるだけで他の生物の生存が軒並み怪しくなりそうな存在は世界的に見れば害獣でしかないので流石に数を減らさせてもらうのが最初になるわけだ。

 それに関してはあちらも同様のようで社会性が存在している以上仲間が殺されたのであれば何かしらの報復は必要になるが、今現在その仲間を殺した存在が1人で歩いているのだから格好のタイミングというわけでこんな決闘のような構図になったわけか。

 そして私が状況を整理していると巨大な魔獣は遠吠えとも咆哮とも捉えられる行動をしてから私に向かって走り始めると同時に街道に接している森から一斉に遠吠えが始まり音による認識がし難くなる。

『音での判断はいっそ切り捨てる』

「気流を読むなんてことはできないから代わりお願い」

 イーアに聴覚以外で戦闘相手の情報を判断するのをお願いして突進してくる魔獣に対して真正面から相手の運動エネルギーを利用したカウンターを叩き込もうと地面を強く踏みしめて打撃と投げ、どちらにでも動けるような構えを取って迎えうつ。

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