第27話 黄金の草原 - 10

「収穫祭かぁ」

 イネちゃんは村の外周で収穫された稲穂を見ながら呟いた。

 イネちゃんの世界でも収穫祭を手伝ったことはあったものの、あの時は襲撃を受けてそれの対応をすることになったことを思い出していた。

 最も畑も襲撃も規模はこの村のものと比較するものではないものの一次産業が中心である自分の出身世界を思い出すには十分な原風景だった。

『義理まではないにしても、守りたいね』

「この世界の魔獣はイネちゃんにとってのゴブリンみたいなもんだからね。収穫祭が終わった後もある程度は滞在して防壁だけじゃなく防衛要綱の草案辺りは作っておいた方がいいかもしれない」

 道具を使う多種多様な種類が存在していたゴブリンと、種類は存在するものの最大個体を想定した場合不便が強くなるためバランスも考えないといけないし……成り行きでできた弟子2人の強さ的にはどちらもまだ対魔獣戦では自警団長の下について指示通りに動ける程度にまでしか仕上がっておらず、辛うじて対人戦が出来るかのレベル。

 これに関しては彼らのやる気と覚悟の問題なので仕方ないが、その2つだけが先行しているルスカ少年がある程度仕上がってくれたのは助かった。

 イネちゃんから指示を出さなくても自警団長さんの言葉を理解して動ける程度には育ってくれているのは安心できるところ……でもあるけれど、対魔獣の戦略、戦術に関しては単体相手ならまだしも群れでこられた場合には非戦闘員が隠れるための時間稼ぎにしかならないためそこの解決策をある程度見いだせないと村全体に対してイネちゃん個人の感情として安心しにくい。

 一応石材が到着次第少しづつではあるものの村を囲んでいる防壁のアップグレードをしてはいるけど……村全体を覆うにはどうしても資材の絶対数が足りなさすぎる。

 イネちゃんの力を使って強引に作ることは簡単ではあるけれど、そういった特別な力を持ち合わせていることを知られないように活動しているため使いたくても使えない。

 そもそもこの世界に来た目的は色んな世界に迷惑をかけた連中の捜索なので追手がかかっていることを悟られる以前にこちらが喧伝するわけにはいかないからね、面倒でも足りなくてもそこは自重しなきゃいけないわけだ。

『いるかどうかもわからない相手を考慮に入れないといけないってのも面倒だよね』

「まぁ、この世界に逃げ込んでた場合は面倒が増えるだけだからね。それならこの世界における上澄み冒険者の立場でいた方が警戒されにくいし動きやすいから」

 イーアの言うこともわかるものの、この世界にイネちゃんが来た目的が面倒で複雑化するのは避けたいからね、仕方ない必要経費。

 防壁に関しては壁の組み立て方と補修のやり方を教える形にして、イネちゃんが滞在中に実演して見せることで村の人が自力で建造と補修が出来るようになってもらう形がやっぱり無難なところで、石材の供給量を鑑みるといろいろと同時並行で進めないとイネちゃんの滞在期間が下手すれば年単位になりかねない。

 イネちゃん的に1番いい展開は収穫祭で訪れた各国所属の商団の人達が本国に伝達した上で支援を要請して大量の石工や傭兵等が村に来て体勢が整うまで滞在することだけど……正直そこまでして居座った上で領土扱いしない権力者はいないので妄想の域を出ないのが悲しいところ。

 ただ大きな軍事力を持った複数の勢力相手に中立を維持し続けていた村長さんの政治力を考えれば、イネちゃんのその辺の考えは杞憂の範疇か。

 収穫祭初日に間に合わせるために石壁にイネちゃんが丸太のまま持ってきた資材を組みわせた門扉を作り1人で操作できるようにいくつかの滑車を使った簡易装置もイネちゃんが作りはしたものの基本的な設計等は一応この世界にも存在していたものだったのでその手の知識に詳しい旅人認定を受けたが、何とか間に合った。

 とりあえず収穫祭の間はイネちゃんにも祭りを楽しんで欲しいという村長さんの提案で時間が出来たのはいいのだけれど、さっきから自警団詰め所前が少し騒がしい。

 いろんな場所から魔獣を恐れず食料の仕入れに来るような人達なのだからそれなりに荒くれ物だったり胆力の凄い商人なのだろうし多少は当然なのだけれど、あまりに騒がしいとイネちゃんがゆっくり休む場所も限られてくるし、トラブルが多く鳴れば対魔獣に割いている監視員もトラブル対策に駆り出される形になる可能性は十分考えられるので口を出した方がいいかとも思えてきてため息が出る。

『どうする?』

「まぁ……収穫祭の間は客人扱いで重大な有事が発生した時に限り対応するって約束にしたからね。自警団の手腕もだけどルスカとロイの初仕事みたいなところあるから指導した身としては見守るかな」

 ルスカとロイがそれなりの実力を身に着けた上で村に残るのか、旅に出るのかの選択をするにしてもトラブル対応能力の訓練はしておいて損はしないし、経験する機会を奪ってしまわないようにイネちゃんは見守るのが無難だろう。

「ともあれ騒がしくなりそうだし、物見やぐらの上は一応自警団員がいるから邪魔しちゃ悪い……宿も行商人とその護衛用に貸し切り状態」

 寝泊まりしている場所も自警団詰め所の空き部屋を利用させてもらっているため収穫祭の間は常時騒々しい上に現在進行形で騒動が起きているため近寄ってルスカ達に頼られるのは大変よろしくない。

 となれば現時点のこの村で1番静かになるだろう収穫後の畑で、脱穀の終わって乾燥中の藁の上で横になるのがいいかもしれない。

 外から魔獣が近寄ってきたとしても門扉が開いている都合手薄になっている部分に対して即応可能になるという点においてもメリットがあるので個人的な手間という意味合いでも楽が出来るか。

 人同士の騒動を横目に門扉付近で監視している自警団員に一言二言だけ告げてイネちゃんは畑に積まれている乾燥中の藁へと足を進めた。

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