第10話 深緑の場所 - 10

 街……いや防壁自体はそれなりに立派なものであったものの、全体的な規模は町といった程度のものだった。

 防壁は町全体を囲う石造りのもので、出入口に立っていた監視の衛兵の言葉からは魔獣から守るために建造されているとのこと。

 何せ服装の基準とかを考えれば明らかに不審者に当たるだろうイネちゃんのことを旅人扱いな上にマントを掴んでいた子供のことも知っていたようでそちらの件で少し警戒されたものの持っていた手紙を見せて偉い人に及ばれしているっぽいことを伝えたところ簡単な持ち物検査をしただけで簡単に入壁することが出来た。

 町の様子というと建造物は基本が木材で構成されているのは単純に森の存在からこの町の特産物や産業が木工、製材に特化しているものと考えられることから主要道路に当たる場所から見える範囲は産業のプロモーションも含めて作られているだろう。

 防壁付近は本来ならば繁華街の側面も持っているだろうが、魔獣出没の看板が掲示されていることを考えると今イネちゃんが見ている光景に関しては活気というものがかなり少ないように思える。

 いくつかの飲食店は店を開けているものの土産や調度品のようなものを販売しているだろう店舗に関してはカーテンを閉めて回転していないことを示しているか、開店していても店員が頬杖をついて舟をこいでいたり雑談をつまらなそうにしているので開店休業状態だろうというのが現在の感想で、繁華街における人の数とは言えない程寂しい感じなのだから仕方ない。

 それと同時に歩いている時に確認できる路地裏には今イネちゃんのマントを掴んでいる子供と似たような子供や、それ以外にも路上生活者らしき姿も確認できるので魔獣の出没だけではない程にこの町にはいろいろと問題を抱えているだろうこともわかる。

 優先順位がちぐはぐになっているだけで最低限の治世は出来ているし、もしかしたら議会の中で勢力争いが活発に行われていて本当に必要な政策が動かせていないとか施策が必要な場所がどこなのかわかっていないってことは起きていそうか。

 ともあれ現時点ではあくまでイネちゃんの個人的な感想でしかないのでお呼ばれしているのだから直接当人たちに聞いてみればいい。

 人通りが少なく感じる主要道路をまっすぐに歩き、周囲を確認して後ろと横の死角を減らしてから子供を自分の前に立ってもらい地図を確認する。

 防壁で荷物検査をした際に衛兵の人に確認したところ町の地図であることは間違いないし待ち合わせ場所が町の中心である議会場の辺りであることも聞いていて、この道をまっすぐ進めば到着するとは言われていたもののイネちゃんには土地勘がなく一目見ればわかると説明されたがどうしても本当にあっているのかという不安感はなくならない。

 地図にはイネちゃんが文字に関してあまり明るくないことを伝えた上でいくつか印を入れてもらったし、目印となる店舗などもちゃんと示して口頭説明してくれたので現在地と照らして間違っていないことを確認してから地図を閉じて移動を再開する。

 町に入ってからは議会の人間ではない気配を消すことすら出来ていない視線がずっとまとわりついているのである程度警戒して地図を見ていたけれど、明らかにこちらと距離を詰めてきていて今地図を入れた辺りを観察しているっぽい視線だったので物盗りなのだろうと思うのだが、どうにもその数がやたらと多い。

 旅人相手にそういうことをやるチンピラや子供は地球にも存在するが、危機感という感じの気配を相手から感じていないのはやりなれていないか、既に何度もやっていて全部成功している状態かのどちらかだとは思うもののイネちゃんの感覚では後者である。

 どういう経緯でそういうことに手を染めているかにもよるけれど、イネちゃんについてきている子供のような浮浪孤児が存在しているということは社会問題として常にそういったものが存在していると考えた方が自然に思える。

 その上で住人に損害を与えず旅人への行為も度が過ぎなければ衛兵もあまり問題にせず多少なり保証は必要になるだろうもののイネちゃんの見ていた地図が羊皮紙だったものの封蝋がされていたことからその印や蝋自体に価値があるため狙われるのは容易に想像できる。

 社会構造と治世の安定具合、本来の姿はどうなっていたのかといろいろと想像をしておくとある程度の最低を想定してことに挑めるし、その勝手な想像よりも良かった場合は得した気分になれるので精神衛生の面で無意識にやっていることではあるものの流石に監視と興味以外に害意の少ない悪意を向けられればそこを考えていなくても理解させられるだけでもあるが。

 窃盗を企んでいる子供は一定距離でつかず離れずを保っている辺り本格的に常習性があるなと思いながら歩いていると、進行方向に周囲の木材メインの建造物の中にして異質に感じてしまう石材で作られた少し大きめの建物が視界に入ってきた。

 直線で歩いてきていて結構近くにまで来ないと視認できなかったのは単純に道路がある程度の坂路が繰り返しになっていたためで、イネちゃんの勝手な想像ではあるものの下手に道を複雑にして防御のみを考えた場合迎撃をするにしても少数で当たらなければならなくなる都合相手の方が単独戦闘能力、つまり質が圧倒的に上だった場合には不利になる要因ともなるし、どうにも防壁を含めて対人想定の優先順位はかなり低いものになっている気がしているため、緩やかな坂路ながらも高低差がそこそこあるのは魔獣相手にも有効な移動妨害をしつつ迎撃もしやすくした都合上と考えることが出来る。

 あくまでイネちゃんの想像でしかないものの、物資輸送回りを多少なり犠牲にしてでも坂路と高低差を採用する理由としてはそのあたりしかイネちゃんには思い至らない。

 最も単純に土木技術がそれほど高くなく既存地形を変更するのが難しくそのまま利用しているだけという線も在り得るのでこれ以上道路の高低差などに関しては考えないようにして対話の時に余裕があれば直接聞けばいい。

 ともあれ町に入って手に入った情報からも懸念がいくつか頭の片隅にこびりつくようになってしまったものの現時点では方針を決めることは難しいので結局のところ議会でこの町を統治している人たちに会わなければイネちゃんを含めて大陸の人間がどういう風にかかわっていいのかが決めることは不可能なんだよねぇ、いくつかの会話方針を決めるくらいはリリアならやれるだろうけれど少なくともイネちゃんにはその手の駆け引きは苦手とするところなのでいい加減この辺りの駆け引きを多少なり勉強した方がいいのかもしれない。

 自分の交渉スキルの偏り具合にイネちゃん本人が残念に感じながらも待ち合わせ場所に到着すると同時にイネちゃんに向けていくつかの視線が向けられてきた。

 もはや隠すつもりがないそれはどれも建物の内部から向けられてきているので恐らくはイネちゃんを呼び出した議会の人達とは思うものの向けられている気配が多種多様すぎてなんとも言えない感覚になる。

 とりあえず待ち合わせを指定してきたのだからイネちゃんはここから動かない方がいいのは間違いないし、こちらに土地勘がないことはあちらも把握しているはず……していない場合はかなり面倒に発展するけれどイネちゃんが異世界から訪問してきていることまで把握しているのはあちらの監視が居たことからそこは確定なのでこちらの儀礼、礼儀に関しての知識がないことを想定していないとは思いたくない。

 そしてここまでイネちゃんが考えていた不安要素は、ひとまず杞憂であったようで先日からずっと監視役としてついていた人が近くの路地から姿を現して近づいてきた。

「ここからは直接ご案内いたします」

「到着から間があった理由、聞かせてもらえるのかな」

「ここでは……」

 なるほど、政治的な駆け引きがあれこれ絡んでいるようなのは理解できた。

 イネちゃんたちだって異世界から急に訪れた戦闘能力の高い人間がうろついていたら相応に警戒するし政治的な要件の有無や個人的思考などについて確認作業は挟まるからね、大陸に関してはムーンラビットさんのような相手の思考が丸見えで対応が出来る人がいるからまだいいけれど他の世界ではそうもいかないし、地球的な対応と考えてもむしろ優しいくらいなのでこの場は納得しておく。

 恐らくこの町で1番の貧乏くじを引いていたであろう監視役の人に案内されながら、イネちゃんはいつでもリリアと通信をつなげて映像投影できるように準備しておくのだった。

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