第11話 深緑の場所 - 11

 案内されて通された場所は、イネちゃんのイメージしていた議場や会議室と言うよりはどうにも異端審問や弾劾などを行うための頑丈で強固なつくりと思われる石室のような場所であった。

 一応はここでそれなりの人数が会話可能なところを見る辺り有事の際地上施設が破壊、占拠されたとしてもここで最終決断を議論することが出来るとは思える程度の場所ではあるので、現時点でイネちゃんの存在を公にしたくはないという意図があるのだろうか。

 そうと言うのもイネちゃんを出迎えた人数はこれまた議会と言うには人数が少なく代表者のみの秘匿性を高めた最少人数と言った印象で選出されたであろう人材もそれぞれの勢力でトップという印象はなく全員地味な服装で人の上に立つ指導者が持っているだろうオーラというものを感じることが出来なかったのだ。

「失礼かと思いもしましたが、あなたがあの場所から現れて大柄な熊だけではなく魔獣を相手に素手で無力化したという報告を受けたため万が一を想定してのもので、ご理解いただきたい」

 最初に口を開いたのは真正面に立っていたそれなりにいい生地で仕立てられてはいるのだろうけれど目立つことが無いように作られたスーツを身にまとった初老の男性だった。

「……私は魔獣がどの程度の危険生物かはまだ把握できていませんが、それ相応の脅威を持った存在だろうことは対峙したので理解はできるつもりです。それをまともな武器もなく魔術を用いることもないまま無力化したとなれば相応の警戒があって当然だということはわかります」

 魔獣の身体能力と戦闘特化の進化具合を考えればむしろ安く見ている程だとは思いつつも、こちらの実力を安く見積もられずに相手を下げ過ぎないようイネちゃんの少ない語彙力から頑張って言葉を選んでいく。

「統治をする以上把握しなければいけない情報のために本日は呼び出したわけですが……」

「単刀直入に聴けばよかろう、侵略の意図があるのか、ないのか」

「その意図があれば既に何かしらの不利益が我々に生じていると思いますがな」

「申し訳ありませんがお二方は今しばらく静かにしていてくださいませ。……しかしながら既に我が方の共通見解として最初に確認し、その弁が真実かそうでないかに関わらずこちらへの害意を知りたいと思っているのは確か、聴かせてもらえればそれなりに安心する者も増えます故」

 なんともまぁわかりやすい。

 要点をさっさと聞けと言い出したのは服装から察するにこの世界、この町の宗教関係者で、それに対して正論をぶつけた人は目立たない程度に最低限の宝飾品を身に着けている人が商人かなとの第一印象。

 最も相手側がそういうことを悟られたくないと衣装交換をしていたりすれば違ってくるため確定事項ではないので確定ではないものの立ち振る舞いの言動での印象もそれに近いものであったので大きく外れていないとは思う。

「あなた方がどういう人物なのかはわかりませんが、今の質問の答えでしたらその予定は想定していませんよ。こちらはこの世界がどういう世界なのかを調査しに来ていますので」

「調査とは?」

「自立していて他の世界に迷惑をかけない形になっているか、かけるにしてもそれなりの理由があるかどうかですね」

「迷惑の基準がわからん」

「侵略したり拉致誘拐を行ったりしていないかどうかが主な基準になります。詳しいことはこちらの担当者から聞くことが出来ますよ」

 いろいろと想定していたおかげで大陸の基本的な方針を答える程度は出来たものの、他に突っ込んだ質問をされた場合に備えて後方に控えているサポーターにつなげる。

 イネちゃんが端末を操作し、端末から一定距離の空中にエアスクリーンへと映像を投影すると石室内に居た人たちからどよめきが聞こえた。

 パラススさんの言動から魔術は存在しているし、魔力必須ではあるが通信技術も存在していると認識していたのでちょっと驚いた……統治者側の関係者、しかも異世界からの訪問者とファーストコンタクトを行うために選出された面々がそういった技術を知らない可能性が出てきたからだ。

 一応書記や必要があれば伝令を担当するだろう入口付近に立っていた人は少し険しい表情をした辺り警戒される行為だったと認識できるが交渉を先に進めるのであればこちらにとって必要な行動なので早まらないで欲しいところではあるものの、ここまで経験した少ない情報からするとそれを期待するのはちょっと贅沢な気もしているので統治者である議会からの代表者の皆さんが聡明であることを願うしかない。

 何せ今イネちゃんは何故か止められることが無かった子供をそのまま連れてきているので脅威認定された上で警告なしでの攻撃をされた場合、対応が遅れるとこの子の安全を確保するために手段を選んでいられなくなる。

 とはいえあちらが攻撃的な行動を起こしていないにも関わらず手を隠すような行動は言い訳できなくなるので反射的に動きそうになるのを耐えて通信が繋がるのを待つ。

『はい……状況としては確認できたので少々お待ちいただけますか、こちらがそちらの世界と違いある程度の意思疎通が既に行われていることの証明が出来る方をここに連れてきますので』

 通信に出たのはリリアだった。

 ただ通信で繋がると同時にこちらの状況があちらにも映像として送信されていたため察しの良いリリアは状況をより簡潔にするために移民を申し出てきた賢人であるパラススさんを通信に出させることに下ようだ。

「既に意思疎通を……森を根城にしている犯罪者とかではないのか?」

「疑う気持ちはわかりますが、そこまでの疑いの考えだと判断を間違える可能性が出てくると思いますよ」

 宗教家っぽい人は頭から疑う前提で話してきているので改めて対等な対話相手であることを伝える言葉選び……をしたつもりではあるもののやはりイネちゃんの語彙力だとこれが正解なのかすらちょっと自信が持てない。

「我々としてはこの、今視界に入っている出来事自体に信じるのは難しい状態であるのは事実」

「だが客人の言うように全てを疑ってしまえば利益を得る機会の損失にも繋がるのも事実だ」

『全く、やはりおぬしらは自分たちの足場しか見れておらんようだな』

 通信映像にパラススさんが現れて言葉を発したことでこの場にいる全員が何かしらの反応を示す。

 言葉を詰まらせる代表3人、どよめく取り巻きと言った形ではあったものの嘘やまやかしだと反応する人間がいないことからパラススさんなら積極的に異世界と関わっていても不思議ではないという共通認識があちらにはあるようだ。

『出会いは全くの偶然じゃったが、そこの娘が言うように今わしがいる世界の今の主は侵略なぞ考えておらんよ』

「パラスス卿、あなたが変人であることは理解しておりますが本人である証明はどうなさるおつもりか」

『ほう、わしすら疑うかなまぐさ坊主の子飼いでしかないわっぱも偉くなったのぉ』

「その物言いは真似をするにしても……」

「言葉の抑揚とふてぶてしさが証明になるというのも、お変わりないようで」

『わしは変化を好むが、変化を拒む若者への態度は常に同じにするのもわかっておるじゃろうに。とりあえずお主らが懸念していそうな内容に関してだけ率直に伝えるが食料に関してはむしろそちらにメリットしかないぞ。この者らが持っておる技術は食料生産において突出しておってな、面白いぞぉ、しかも美味い』

「必要もない主観を交えるのは確かにパラスス卿の特徴ではありましたが……」

『えぇい、そこまで疑うのであれば何故確認のために人を使わん。お主らはいつも自分たちで判断をしなければならん時にせず必要のない時だけは無駄に早いのはいい加減見直せ』

「飽きたと言って去った人に言われたくはない!」

 なんかいい争いが始まった。

 しかしながら商人風の容姿をしている代表が隣にいた人間に指示を出して入口付近に待機していた伝令役と思われる人間に羊皮紙ではなく植物繊維で作られただろう紙を短時間ではあるものの横目で確認できたので人を使い慣れている上に恐らくは高級品であろう紙を使っての指示となると優先順位や重要度が高いものとされるだろうしゲートに人を調査に向かわせるのだろう。

 そしてパラススさんは飽きたで社会的地位を簡単に捨てられる自由人だったのか、いや印象的には自由人なのはあの短い間でも伝わってくるものだったし、長いことパラススさんを頼っていたこの町の人にしてみれば自由人ではあるが嘘をつくような人間ではないという信頼を持っていた学者肌の賢人だったことは間違いなさそうである。

 ここから今の指示を出された人が通信に出ているパラススさんの所に到着して画像に姿を現すまで双方の低レベルな言い争いを見させられることになったイネちゃんは、大人の残念な部分を子供に見せてよかったのかなと心配になるつつ待つことになったのだった。

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