第8話 深緑の場所 - 8

 最初に動いたのは、イネちゃん。

 バラック小屋の近くで戦いたくなかったからではあるものの、相手の硬さがどの程度か想像できなかったのでこちらから仕掛ける形でどの程度のものかを能動的に確かめたかったという個人的な思いも少なくない。

 この選択のデメリットとすれば右手に持っている簡易松明の交換とかが難しくなるのと、異形の怪物がイネちゃんを無視してバラック小屋に直進した場合反応が遅れる可能性があるくらいなので、子供を戦闘に巻き込む可能性が減るというメリットの方が個人的にはありがたいのだ。

 そして幸い異形の怪物はイネちゃんを目視すると同時に威嚇をする形で吠えてきたのでイーアと連携しながら一気に加速して口の中に松明の火を突っ込んだ。

 大抵の生物はこれで大ダメージ、口内の水分量や被膜次第ではあるけれど人間の場合特殊な訓練や修行でもしていない限り口内やけどだし、野生動物ならそもそも火を嫌がるのは生命の危険に直結するものであることを本能で感じ取っているから。

 だからこの攻撃はかなり有効だろうと考えていたのだけれど……突っ込んだ松明をかみ砕かれたので急いで右手を引き、かみ砕いた瞬間首を下げてくれたので左手のナイフで眉間を狙い刃を振り下ろして……弾かれた。

「かった……」

 弾かれた勢いで左手が反射で引き戻しの動作になったのに合わせて体をひねり鋼鉄靴で喉を狙って右足で蹴り上げるものの、ガキンと言った金属同士が強くたたき合う音が響いたので、左半身で地面を踏ん張るようにして右半身で怪物を投げ飛ばして距離を取る。

 今のやり取りでなんとなく感じたことは、この異形の怪物は普通の動物であれば弱点であり鍛えるのはかなり難しい部位でも進化の過程で純粋な身体能力を用いて防御が出来るようになっていると感じた。

 何せ眉間を狙った攻撃と喉を狙った攻撃の勢いは狼くらいであれば頭蓋を砕くのに十分なだけの技術を使っていたので、正直スレッジハンマーのような個人携行の破城槌でも使わないとこの防御の上から物理的手段で強引に叩き潰すのは骨が折れそう。

 ただそう言った武器が今ここにあってもイネちゃんの体格では直撃は取れても体重が足りない気がする。

 140cmで60kg程度の体重と女性としてはかなり重い部類になる基礎体重に装備重量で合計100kg、スレッジハンマーの重さを加味して全重量130kgくらいの重さを野生動物の頭頂部に直撃させる前提の運動エネルギーを加えたとして私の知っている動物であればなんとかなる範囲だとは思う。

 問題は目の前の怪物が私の知識範囲の外にいる生物であるということで、正直なところ運動エネルギーという点では先ほど強引に蹴りで投げ飛ばした時のその一撃で狼くらいなら絶命に持っていくことができる威力だったのでもしスレッジハンマーがここにあったとしても有効打にはならない可能性の方が高い。

 それにこの怪物は火を怖がらない。

 これが割と危険で、昨晩襲われなかったのは幸運だったと言える。

 打撃以外の手段の1つが無力化されているということになるため、今の私に取れる対抗手段は発勁などで体内から破壊することだけど……もしかしたら内臓まで防御が硬いとなった場合は手段を選んでいられなくなってくる。

 そうならないで欲しいと思いながら、怪物がこちらに大振りで右前足の爪を使って覆いかぶさる形での攻撃を加えてきたので熊にやったのと同じ動作で怪物の下に潜り込んで腹部に拳を当てて発勁を叩き込む。

 怪物にダメージはしっかり入った手ごたえはあったものの、直撃の有効打の感触であっても相手はまだ元気に動いているし、私の直感が危険を感じ取っているので急いで柔道の技術で怪物を投げ飛ばして再び距離を取り状況の確認を行う。

 私の叩き込んだ発勁は明確に有効打になっているのがわかる程度にはダメージになっているらしく、先ほどはうまく体をひねって着地していた怪物が体を地面にぶつける形に落ちていて立ち上がる足も少し震えているので後数回程叩き込めば立ち上がれなくなるかもしれないとは思うものの、流石に野生動物よりも身体能力が高い怪物に対してそう楽観的な戦略を組みたくはない。

 生物の急所に当たる場所に他の生物ではほぼ見ないような器官が存在している上に2回投げ飛ばして反撃も受けてはいないものの、2回目の投げ飛ばしの時点で既に刃になっている尻尾が私の顔付近のギリギリをかすめていたので次は間違いなくあの尻尾は私を縦に切断するコースをたどるか、そもそも懐を攻勢防御する形でそこに尻尾を設置することだろう。

 となるとこちらの戦術はかなり限られてくる。

 最悪左手のナイフにビームの被膜をして強引に突破する手段があるので飛び道具を使わなくても倒せるだろうけれど、監視の視線がある状態で超科学であるビームを使いたくはない。

 そうなると私が出来ることはもうほぼほぼ限られてくるから選べるだけ選択肢は存在していないので深く呼吸をして覚悟を決める。

「斧じゃなくハンマーにすべきだったかな……」

 左手の仕込み籠手を更に大きく展開させて小盾の大きさから更に大きく、しかしながら腕を振り回しやすい大きさで止めつつ構えの体勢を改めて更に右半身を深く後ろに下げて待ち構える。

 正直ハンマーだけではなくナックルダスターのような装備も持ってきていた方が良かったかもしれないと後悔しつつ、監視の視線から隠れるようにマントのポケットに右手を突っ込んでから私の持っている力を使って地面の鉱物資源を操作、自分の体内を経由する形で右手にメリケンサックを生成して装備する。

 生成する際には宇宙文明で主流の宇宙戦艦装甲材と同様の分子組成をした金属に固定して生成したのでこの世界の人工物ではまず破損しない程の硬度と軟性で攻撃できるものの……シールドバッシュと連携させる形での戦闘はかなりテクニカルで私の実力を低く見積もらせる思惑は諦めるしかないか。

 刃物や無手での打撃が効果が薄いことを認識した上でどういう戦い方に帰るのかというのを監視している連中は知りたがっているだろうし、私の格闘術の簡単なレベルは教えておくのは必要経費と考えておこう。

 とは言っても今の状況ではあくまで怪物を迎撃するスタイルでないと私の体重で考えたら割と大変になってしまうので、できる限り労力を減らして今日の活動……特に交渉という私の苦手としている予定に備えておきたいので盾を構えながらサックを軽く握る形で右手を腰の辺りに据えて怪物の攻撃を待つ。

 ただ2回ほどとびかかりで私に対して軽くあしらわれていたどころか確実に急所を狙って攻撃をしてきていたのは野生動物の勘と言ったところで警戒して唸る形でこちらを威嚇しつつ私を中心に回り始めた。

 野生動物がこういう状態になったら一か八かでこちらの喉元、つまり急所を狙ってくるか逃亡タイミングを計っているかのどちらかなので警戒の集中力を途切れさせられないのはいつも思うことながら心身の消耗がかなり激しくなるのできつい。

「飛び掛かってきてくれよ……」

 思わずつぶやいてしまうくらいには目の前の怪物がこちらに飛び掛かってきてくれることを願う。

 最もその心配は杞憂だったようで怪物は先程まで隠していた殺気を隠すことなく、今までに比べるとスピードがまるで無いように感じる程度の動きで飛び掛かってきてくれた。

 実際にはこの飛び掛かりも相応のスピードがあったとは思うものの、集中力を研ぎ澄まして待ち構えていた私にとっては止まって見える程度のものに感じる……いや実際この後動きに合わせて攻撃を的確な場所に叩き込む際の思考時間の体感では止まっていたと言っても良いかもしれない。

 まずは右手で軽く握りこんだサックをショートアッパーの動きで怪物の顎下に、顔を支える感覚で入れてからこちらの考えていた通りに鋭利な尻尾で守るられた腹部に対し左手のシールドで尻尾を巻き込む形で、今度は裏拳の要領のように体全体で押し込む。

 ここで怪物は苦悶の鳴き声を洩らしたので顎を支えていた右手を腰の位置に添えて力を抜きながら私の体を怪物の正面となる場所に移動させて相手が顔を下げるのを待つ。

 怪物は尻尾が腹部を切り裂いたようで薄緑色の恐らくは血液を垂れ流し、頭をこちらに差し出すかのように下げたので眉間よりも少し下に右手を、今度は全身を回転するように地面と拳のインパクトの重心軸が直線になる形で強く叩き込んだ。

 今度はボクシングの動きではなく、空手の動き……とは言っても実質の正拳か右ストレートの違いだしどちらもしっかりと地面を蹴る形での重心軸を合わせた体全身で叩き込む一撃には変わりないし、宇宙文明の技術で考えられた金属合金の分子配列と各分子組成で生成したメリケンサックは怪物の顔にめり込み骨や皮膚の硬くなっている部分が砕ける感覚を感じながら右手を押し切るように振りぬいて怪物を文字通り殴り飛ばした。

 振りぬいた右手を引く動作の最中、怪物からは視線を外さずにちゃんとトドメになったのかを確認。

 手ごたえをはっきりと感じるだけの一撃だとしてもここで気を抜く奴は戦場から逃げて他の生活を手に入れた方がいいくらいに三流未満なのでできれば相手の頭をすりおろすくらいに原型を消し去りたいところだけど……それをしたらバラック小屋の子供や監視してきてる視線の主から警戒されるだろうし悩ましい。

 そうなると事後処理を丸投げするような形になるので個人的に思うところはたっぷりあるがここはずっと監視している連中に対しての責任ということで。

「監視してる連中!コレの事後処理は任せるからね!」

 そう聞こえるように叫びつつも近くの少し大きめの石……いや厳密には岩と呼んでも差し支えないくらいの手頃なものを両手で持ち上げて、砲丸投げの要領で怪物目掛けて投げてからバラック小屋へと足を向けた。

 後ろから肉が潰れる音ではなく硬いもの同士がぶつかる音が響いたので横目に確認しながらではあったが、幸いにも怪物が起き上がりこちらに向かって奇襲を狙う形での死んだ振りではなかったようで……イネちゃんはゆっくりと昨日干しておいた熊肉を一切れ取って火であぶりつつ朝食を食べることができたのだった。

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