第4話 深緑の場所 - 4

 塩と豆板醤を肉につけて焼き始めた辺りで、ようやくというかバラック小屋の中に居た子供が顔を出してくれた。

 流石に空腹に香ばしい豆板醤の辛味の利いた匂いっていうのは空腹に効くし、辛いものがダメであっても塩だけで焼いているのも数本焼いてあるので食べさせる分には大丈夫……この子が肉を食べられないとかでなければだけど。

「食べるかい?」

 声をかけると首を横に振りつつも子供のお腹から鳴き声が聞こえてくる。

「別にお金入らないし交換する物なんかもいらないよ、敢えて言うならそれは一晩同居させてもらうからこちらがこのお肉で支払うようなものだからね」

 そんな声をかけた後、イネちゃんは豆板醤を付けた方の肉を口に運ぶ。

 熊肉は元々癖が強く筋肉が多いので硬めではあるものの焼く前に肉に切り込みを少し入れて豆板醤をそこに入れておいたのと塩もつけていたのでかなり食べやすい焼き具合にはなっている……けどイネちゃん以外が食べる場合を鑑みてイネちゃんの持ってる力で久しく使っていなかった毒物浄化能力を今焼いているお肉と干しているお肉の両方に付与して焼き加減がレア気味の者はイネちゃんが食べるとして、子供に渡す分に関してはしっかりと、後で表面の焦げた部分を切り取る前提で焼いていく。

 肉串を口に咥えながら先ほど生肉を切ったナイフにアルコールを塗布してすぐに火に突っ込んで熱消毒すると子供が不思議そうな顔をして少しづつ近づいてきた。

 丁度アルコールに火が付いてナイフの刃が火に包まれると同時に子供が小さくワッと驚きの声をあげて尻もちをついた。

「大丈夫だよ、お肉を安全に食べるための作業だから」

 言葉と単語の意味はどうやら同じみたいだね、子供の反応を見る限りではあるけれど言ってみればいろいろと欲しがっている感じの子供が自分の利益を最大限にするための嘘をつく環境でもない限り素直なものが返ってくるのでデータとしては安定する。

 そういった下心が全くないかと言われると否定しかできないものの、この子がこんなバラック小屋で1人、みすぼらしい恰好でいること事態が本来異常なことなはずだし、口減らしないし孤児であるのならば社会的なセーフティネットとして孤児院とか宗教関連の施設に引き渡すのが1番いいのだろう。

 問題はこの子はそういったセーフティネットからこぼれ落ちてここにいるという事実で、最悪そういった施設から逃げ出したり、そもそも保護するだけのキャパシティがなかったりなどの事情があった場合連れていくこと事態がリスクになったりする……更に最悪が重なった場合イネちゃんが誘拐した扱いされる危険性もあるので悩ましい。

 まぁだからと言ってこのまま放置というのも気が引けるので、今晩監視の視線を外した後にあちらと連絡を取って相談するか。

 この子の処遇に関してあれこれ考えていると、イネちゃんのそばでグゥゥという典型的な空腹の自己主張の音が間近に聞こえてきた。

 子供はその音を恥ずかしがりもせずによだれを垂らしながらこちらを見ているものの、どうにも困った表情を見せる。

「食べていいんだよ」

「……教え」

「教え?」

「動物は、食べてはいけないって」

「あぁ、成程……それは旅人にも適応されたりするかな」

 子供は首を横に振る。

 つまりは宗教的な理由でこの子は肉が食べられないということだ。

 食べられないのに肉が動物であることを知っているのは旅行客や他国の人間が食べる分には問題にしないとしているからで、街にはそういった店、しかも出店とかの形で日常的に目にする場所で売られているということでもある。

 どういう街なのかという好奇心は沸いてきたが、この子に対しての食事に関しては肉ではダメになってしまったので少し考える。

 一応、ゲートをくぐる時に緊急用としてブロック栄養食をいくつか持ち込んではいるし、許可も出ていたので手持ちとしては肉食をしない人向けの非常食として有効ではるものの、調査開始1日目でいきなりその非常食を使ってしまっていいものかと少し躊躇ってしまう。

 とはいっても空き腹を抱えた子供の隣で肉串に舌鼓を打つというのも気分が悪いし、それにイネちゃんが単独で今回の調査を志願した理由を考えるとそもそも選択肢はないか。

「ならコレ、量は少ないかもしれないけれど動物関係のものは入ってないから」

 そう言いながら懐からブロック栄養食をいくつかしまった状態で開封して中身だけを取り出し子供に差し出す。

 基本的には植物性のもので作られているし栄養素も科学的な形で添付されているものなので生産過程で動物性エキスが添付される可能性はほぼない……そういったフレーバーなら在り得るくらいか。

 あえて言うなら牛乳が入ってるかもしれないけれど、幸いイネちゃんが持っていたものはその辺も意識して作られたシリーズのものだったので問題はないはず。

「でも……」

「お姉ちゃんの分はお肉があるから大丈夫」

 食物繊維とか炭水化物といった点では問題になるけれど、1食分抜いたところでと言った話でもあるため気にしなくていい。

 何だったらその辺の食用にできそうな野草で温野菜サラダなり炒め物を作ってしまえばいいだけの話だからね、問題は植生的に地球と似ているだけでその性質とかが全然違った場合ではあるけれどもこればかりは今後の調査でイネちゃんの持っている端末でその都度調べるしかないので今気にすることはしないでおく。

 そんなイネちゃんのどうでもいい葛藤はその辺に投げ捨てておくとして、とりあえずこのブロック栄養食はこの世界の人は見たことがないものだとは思うのでかなり警戒することは想定していたのだけど、どうにもその警戒をするだけの余裕がこの子にはなかったようで今度こそ大丈夫だと信じてくれたのかブロック栄養食をイネちゃんから受け取って口に運んだ。

 ちなみに味に関しては地球視点ではあまりおいしくないもので、宇宙文明であるアングロサンでも安価なサプリメント扱いされている代物……ただそれでもこの子にとっては美味しかったのか一気に頬張ってイネちゃんが差し出した分をすぐに食べつくしてしまった。

「口の中の水分が持っていかれるからこれもね」

 肉を焼くのと並行してスキットルで川の水を煮沸しておいたのでそれをプラスチックの容器に注いで差し出す。

「熱いから注意してね」

 一応冷やす工程も入れておくかとも思ったものの、木材が近くに多い場所での割と強火での調理なので川で冷やす工程を入れるとバラック小屋が全焼なんて可能性すら否定できないのであきらめて直接渡したわけである。

 受け取った瞬間にこちらの言葉からの想定以上に熱かったのか、この子は自分で川まで移動して冷やしに行くあたり賢いのかもしれない。

 ちなみに温度変化に強いプラスチック素材の容器なので熱湯を入れた直後に流水で冷やしても破損することはないので容器が破損することはない……はず、多分。

 子供が川に行くのを見守りつつ、視線を肉に戻しながらも今の短いやり取りの間に近づいてきていた気配に対して声をかける。

「さて、このタイミングで近づいてきた理由は言葉で語ってくれるのかな?」

 返事はない。

 予想はしていたけれどここまで会話拒否されるとこちらとしても判断が迫られてしまう。

 距離的には既に投げナイフでも技術を持った人間が行えば確実に急所を狙える距離にまで近づいているため、プロの暗殺者であればとっくに攻撃してきているものだろうと思うもののあちらとしてもイネちゃんの存在を判断しかねていると考えれば今の状況も理解できなくはない。

 何せ転移ゲートに関してはイネたyんたちがその存在を把握する以前から存在していたもので、それをこちらの世界の人間が把握できていないと考える方が難しい。

「そちらの判断も迷っているのであれば、あの子を巻き込まない形が取れるタイミングで対話の場を作ってくれないですか。こちらは旅人程度の立場でしかないのでそういった場を用意するのは難しいので」

 これでも態度が変わらない場合は申し訳ないけれど監視を振り切るしかなくなる。

 こちらとしては悪意を持っていないことを証明するために対話テーブルを要求する程度で、その場所の選定とかは全て相手に任せるとまで言っているのだからあちらの想像はどうあれお互い知るための機会と捉えてくれないと非常に厳しい。

「現場の判断だけではどうしようもないのであれば、あなたを使っている人間に伺い立ててきて欲しいかな。それすら難しいのであれば少しはこちらに情報を下して欲しいよ、でないとどうしてもこっちの判断を間違える可能性が高くなっていくだけだからお互いのために対話テーブルの選択肢を優先して頂戴」

 誰かの子飼いであればここまで言った以上対応することになるとは思うし、野盗の類だとしてもここまで存在がばれていて、更に言えば気配察知できる人材を敵に回すリスクってことを考えてくれるはず。

 それと対話を要求してくるってことは何かしらの組織なりに所属していて相応の権限を任されている存在である可能性をあると判断されたらベストで、ブラフと判断されたとしても子飼いであれば少しでも可能性があるのであれば飼い主に伺いを立てなければいけなくなるし、野盗であるのなら返り討ちにすればいいだけの話。

 とりあえずここまでこちらの意図を通告したのだから相手がリスクをどう判断してどう動くのかを待つだけという形にイネちゃん自身を着地させたわけなので、もう本当にずっと尾行監視している相手の判断で決まるわけである。

「了解した」

 流石に今度はその短い返答だけ残して、すぐに気配が遠目に見えていた街へと向かって遠ざかって行った。

「……子飼いだったかな?」

 この判断がどう転ぶのか不安はあるものの、自分で決めた状況なので大人しく少し焦げた肉を口に運ぶのだった。

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