第3話 深緑の場所 - 3

 PDAに送られてきた超簡易的な手書きの地図を頼りに進んでいると、30分ほど移動したところで森から抜け出すことが出来た。

 そこには通信で聞いていたとおりにバラック小屋が存在しており、遠くにいくつかの人工物らしき建造物が確認できる。

 そして森から出たことで初めてこの世界の空を見ることが出来たのだけれどそこには青空ではなく碧空と言った方が適切なくらいに緑に近い感じの空と、PDAの方位磁石で言えば北方から月らしきものが2つ登ってきていてそちらの空の色は深い青色に感じられる暗闇に思える空の色をしていた。

 緑が日中の晴れの天気で深い青がこの世界の夜の空というところだろう、そして方位的には磁場がどうなっているのか不安にはなるものの現時点では地球や大陸に居る時となんら変わらない感覚なのでそこを心配したところで杞憂にしかならないか。

 問題になりそうな電子機器に関しても問題なく稼働しているため今は目の前のバラック小屋にお邪魔するために先客の有無を確認しなければいけない。

 追跡してきていた気配は未だ存在しているので熊の毛皮を被ったままバラック小屋の扉を軽くノックする……が別に反応があるわけでもなく2分程度待ってはいたものの中に誰かいる気配も感じなかったので扉を開けると、そこには辛うじて衣服の体を維持している程度のボロを来た子供が隅で小刻みに震えながら息を殺してこちらを見つめていた。

「あぁ先客がいたのか。気配を感じなかったからごめんよ」

 明らかにこの毛皮に対して恐怖していたと考えたのでできるだけ優しい声色でそう告げると子供はぽかんという擬音が似合うように口を開けたまま、だけど警戒を解かずにこちらに視線を向け続けている。

「これは毛皮だよ……まぁ血を洗い流す時間がなかったからちょっと生臭いけど」

 別に警戒を解く必要はないものの、今晩同居することになるだろう子供に泣かれたりするといろいろと面倒になるため少しは安心させるために毛皮を地面に下してから改めて軽く笑みを見せてみる。

 そしてそんなイネちゃんを見た子供はというと……ここで気絶してしまった。

 よくよく考えたら血を洗い流していない毛皮を被ってきたのだからイネちゃん本人も血で汚れていて当然なので、血に慣れていないだろう人間が見ればこの気絶という反応は至極当然の結果である、反省。

 とはいえここできつけをしたところでまた血まみれのイネちゃんを見て気絶しかねないので、バラックがあるのであれば近くに井戸ないし川がないかを小屋から出て少し見渡す。

 幸いなことに視界には入らなかったものの近くから水の流れている音が聞こえたので水量自体はそれほど多くはないかもしれないけれど川はあるようなので、小屋の外に無造作に置かれていたバケツの中から使えそうなものを見繕って毛皮と一緒に川まで移動して血を洗い流した。

 本来ならここで熊の毛皮のなめしも行えればよかったのだけれど、そんな道具がこのバラックにあるわけもないし、イネちゃんの力で金属製の道具を生成するのも未だ監視の視線がある以上はやめた方がいいのでそのままにせざるを得なかったのは残念だったかな、明日辺り人里まで行ければこの毛皮を換金して当分の路銀にできるのだけれど、なめしていない場合は結構値切られることが想像できるため路銀にするには少々心許ない感じ。

 とはいえ現状この世界の文字について何も知らない以上は通貨を獲得できるだけでもメリットはかなり高いので背に腹は代えられないし、何より貨幣制度、商取引システムの実情、現場運用の状況を見ることが出来るのが一番の収穫になるからね、そこは勉強代扱いでもいい。

 最悪のパターンは野生動物の狩りが違法だった場合だけど……そこは旅人で詳しい内容を知らなかったとか、あの男性が元々貴族に仕えていたことを踏まえて彼の紹介だと言って熊はその時彼を助けるために仕方なく殺してしまったということにすればいい。

 まぁそもそも人を襲うほどの猛獣が、森を抜ける間に感じた気配だけでも相当数いるのを感じたのでそのうち餌を取り損ねた猛獣が大挙して人里に降りてきてもそれは自業自得になるだけだと思うので、正直逃げるのも有りだと思っているんだけどね。

 血を洗い流す間にそんなことを考えて、今晩使うための水も組み上げてバラック小屋に戻ると、気絶していた子供がきょろきょろしながらイネちゃんを探している様子が確認できた。

「驚かしたね、ごはん食べるけど……一晩同居させてもらう代金として一緒に食べる?」

 血を洗い流した熊の肉を見せながらやはりできるだけ優しい声色を意識して子供に声をかける。

 しかしながら子供は未だ警戒を解かずにバラック小屋に姿を隠してしまう。

「困ったな……」

 幸いながら空模様は雨雲らしきものは見当たらない感じだし、バラック小屋にひさしを作るだけの資材は横に山積みになっていたことからイネちゃんでも簡単に拠点造営感覚でこのバラック小屋の補強や足りないものの増設はできそうなのが救いか。

 バラック小屋の中に隠れてしまった子供ももしかしたら肉の焼ける匂いにつられて出てきてくれるかもしれないし、日が落ちる前に造営してからかまどを作って火起こしをしないといけないのでずっと話しかけているわけにもいかないため肉を皮袋に入れてバラック小屋の扉付近においてから作業を始める。

 イネちゃんが訓練していた時は原木から強引に造営していたこともあり、多少朽ちている感じはあるものの調整すれば使える材木を利用しての作業はかなり楽で10分程度で今存在しているバラック小屋の半分の規模程度ではあるけれど睡眠を取るには申し分のない雨風が除けられるものを作り、同時進行的にかまどとまな板も作っておいたのでまずはかまどの上にまな板を置いてかまどに火をつける。

 イネちゃんがいつも持っているファイアスターターはこの世界の技術水準からしたら高度に見えるかもしれないので、火打石とスターターで枯草に向かって火種を起こす流れで実行していると今まで感じていた視線の気配が近づいてきた。

「近づいてくるのはいいけどこちらを害そうというなら反撃するし、食料を奪おうというのであればさっきの洞窟に熊の肉がそれなりに残っていたはずだからそっちに行って」

 言葉だけで引いてくれるのであれば森の奥からずっとストーキングをしてきているわけはないので何かしらの意図を持っていることは確実で、その理由がわからない限りイネちゃんとしては下手にアクションを起こすことが出来ない。

 現時点でできることと言えばこうして存在を気づいていることを知らせる程度のことくらいなので実行しては見たけれど……聞こえたのかどうか読めない、全くの無反応という結果が返ってきてしまったのでなんともやりにくい。

 まぁこちらの思惑には乗らないって時点で相応の実力、経験を持っているか知識として尾行相手に気づかれたとしても気のせいだったと思わせる手法がなくはないのでそういったマニュアルを持った面々という可能性もなくはないので勝負は今晩、こちらが睡眠を取ろうとした時から夜更けから日が昇る直前くらいに動いてきてくれれば対応できるのでそれを期待するしかない。

 ともあれ火起こしはちゃんとできたので、まずはまな板になる木材をあぶっていく。

 これをやるかやらないかだけでも十二分に衛生面での違いが出てくるし、表面仕上げを綺麗にすることが出来るので使い勝手もよくなるため野営、野宿をする場合調理の必要がある場合はこの手段が使えるとムツキお父さんから教えてもらったことがある。

 ただムツキお父さん自身は潜伏、潜入任務が多かったこともあってこれをやることはほぼなかったらしい……炊事専用車両もある組織に所属しているからそれもそうだよねって納得したけど、それでもそれが使えないタイミングで火を使える野営の場合の技術というものの訓練までしてくれたお父さんたちには感謝しかない。

 木の焦げる匂いにむせそうになりながらも表面加工と滅菌……とまではいかないまでも消毒はできたので隣に積んでおいた石のテーブルにまな板を置き袋から熊肉を取り出してまな板の上において改めて肉を確認する。

 視線を警戒しながら可食部を雑に切り取ったこともあって寄生虫とかそういったものの処理は出来ていなかったのでまずはその確認をしないといけない。

 大陸出身者なら寄生虫や毒とかに対しての耐性は持ち合わせているけれど、今回はバラック小屋の子供にもおすそ分けする前提だし、何より今後の保存食としての干し肉にするのに寄生虫がついていると袋や他の食物に影響を与えかねないのでしっかり確認した上でトリミングもしていかないといけないのだ。

 トリミングに関しては寄生虫ではないけれど雑菌排除という意味では日本の標準的な衛星基準のものだし宇宙文明でも可食できるかを調査する機械を使った上で行うべきというマニュアルがあるくらいなのだからその有効性は十二分に証明されていることだろう。

 最も文明の水準次第では無駄で贅沢にしか見えないだろうけれど……それを判断するにも利用できるのでアレコレ言われても大丈夫な胆力があれば今後もやっていこうかな、調査の最中今回のように他人に料理を振る舞う機会があると思うし。

 そんなことを考えながらもサバイバルナイフで肉を小分けに切り分けていくつか針金で干しながら鉄串を使って肉を焼き始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る