第3話 労基局との確執

「じゃあ、店舗は必要ないですね」

 店舗より工場の方が必要になるだろう。小鶴井こづるいはそう考えたのだが……


 しかし、悪魔はバツの悪そうな顔で答える。

「それが…… 実は、1年間のテナント契約を結んでしまったのだ」

「違約金を支払えばいいのでは?」


「なんだと! 契約をたがえる悪魔など、どこにいると言うのだ!」

「知りませんよ…… 私、悪魔さんと会うの、今日が初めてだし」


「なんという恐ろしいことを言うヤツだ…… さてはキサマ、天使の使いか?」

「天使さんに失礼ですよ、たぶん。私、天使さんに会ったことないけど」


 面倒くさい悪魔だ。仕方ない。小鶴井こづるいは、新しいアイデアを提案することにした。

「じゃあ、この場所での業務も続けるのであれば…… 何か付加価値をつけるというのはどうでしょう」


「付加価値とは?」

「そうですね。心地の良い睡眠は、御社が開発・販売される安眠グッズに任せるとして…… そうだ、睡眠中に素敵な夢を見せてあげるというのはどうでしょう? あっ、でもそんなこと可能ですかね……」


「まあ、我が眷族には『夢魔むま』と呼ばれるサキュバスもいるので、の者らを使えば可能であると言えるな。それに我が眷族なら、給料も払わなくて済むしな」


 そういうことだったんだな…… このドケチ悪魔め。

 眷属になど絶対にならないからな、と固く心に誓う小鶴井こづるいであった。


「で、夢とはいったいどういうことだ?」

 興味津々といった様子で、悪魔が尋ねてくる。


「自分が女の子にモテモテになってハーレムを作る夢とか、大金持ちになってウハウハ生活を送る夢とか……」


「性欲に物欲か…… でもそれは夢ではなくて、吾輩と契約すれば実現可能だぞ?」

 ……でも、お高いんでしょ?


 小鶴井こづるいは対価について尋ねた。


「いやいや、たかだか命のふたつみっつで、叶えてやることが可能だが?」

「自分のよこしまな欲望のために、家族とか友人の命まで差し出す人なんて、そうそういませんよ……」


「そうか、見解の相違というヤツだな」

「じゃあ…… やっぱりイイ夢を見させるだけでも、結構な金額が必要になるんですか?」


「おい、吾輩をバカにするなと言ったはずだ! 夢を見させるだけなら、別にタダでもいいぐらいだ。まあ、手間賃としてこの地域の最低賃金…… えっと、1000円ぐらいだっけ? まあ、そのぐらいはいただくことになるだろうが」


「……細かいんですね」

「取り決めは守らねばならないからな。労基局が来たら困るだろ?」


「……あなた、ホントに悪魔なんですか?」

「いや、以前、労基局の連中とモメちゃったことがあってさ」

 それはきっと、アンタが眷族にタダ働きさせたからだよ……


「……今度はちゃんと、サキュバスさんにも給料払ってあげて下さいよ?」

「ああ、もちろんだ。それなら吾輩とサキュバスの時間給と、このテナントの賃借料も加算して——」


「……設定金額は、おいおい決めるとしましょうよ」

 そんなに急がなくても大丈夫だと思うのだが。まだ1時間も経ってないし。

 悪魔って契約に厳しいのでなく、単にケチなだけなのかも知れない。

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