こんこんと降り、こんこんとしゃべる。
中靍 水雲
こんこんこんの音がする
じゅわり、とした独特の甘みが口の中に広がる。ふかふかの大きなお揚げを噛みしめる。
今日も変わらぬ、カツオと昆布の出汁がきいた安心の味だ。
ずず、とスープをすすっていると、じいっとこちらを見つめる視線に気づいた。
黄金色の瞳に、三角の耳。ほうきのようなシッポが尻からすらりと伸びている。
すっかり冬毛になったキツネがぼくのほうを恨めしそうににらみつけていた。
どうも、ぼくばかりがおいしい思いをしているので、納得がいかないようすだ。
しかし、カップ麺をキツネに食べさせるわけにはいかない。いくらキツネが雑食性とは言え、そんなことをしてしまえばまたたくまに、動物愛護団体に怒られてしまいそうだ。
「飼い主さん。おれっちのぶんは」
このキツネは、よくしゃべる。
お揚げのようなふかふかの毛なみは、ぼくが今まさに食べているそれとそっくりの色合いだ。
「いや、キツネのぶんはないよ。いくらきみでも、これはカップ麺だから食べさせてあげられないな」
「こんなおいしそうなニオイなのに、ダメだなんて……飼い主さんの人でなし! このあいだ、おれっちがカタツムリを食べていたとき……おれっちは飼い主さんに〝いりますか〟って、ちゃあんと声をかけたって言うのに!」
「お、おお。ごめんな。ほんっとうに、いらなかったんだ、カタツムリは。ごめん、ほんっとうに、今後もいらないからな。それは……」
さめざめと空のカップ麺を見つめるキツネの頭をぼくはぽんぽんとなでてやる。
しかし、すぐに手のひらに違和感を感じ、ぱちぱちとまばたきをする。
そして、ようやく気づいた。
確かになでてやっていたはずのキツネが、いつのまにか業務用天かす一キロの袋に成り代わっていたのだ。
今日もまた、ぼくはキツネにつままれる。
「おーい、キツネってば。ほら、ジャスコで買った鶏肉あげるから」
「やあーだあー。おれっちはそのカップ麺が食ってみたいんだよお」
「わがままだなあ。今日は最高級地鶏の名古屋コーチンなのに」
「ええっ。なにそれ。うまいものの名前?」
「うまい肉ってことだよ」
「えええっ……うまいもののことなのか……」
「ほら。これ、手羽先にしてあげるから。ねっ、食べるでしょ」
「うん。それはもちろん食べたいよッ!」
今日のぼくのおつまみ。
手羽先をおいしそうにムシャムシャと食べるキツネ。
この幸せそうな顔を見ているだけで、グビグビとビールがすすむ。
そして、ついでに緑色のパッケージを開け、熱湯三分。
出来上がったそばの上に、パリパリの天ぷらを乗せる。
お皿いっぱいに乗った手羽先にむさぼりついているキツネを見ながら、それを食べていると。
ずずずっ、と言う音を聞きつけ、キツネがついに振り返った。
そして、ぼくが食べているものをじっと見つめる。黄金色の瞳がまん丸の満月のように見開かれた。
ううーん。また食べたいとか言い出すかなあ。
「浮気者」
「え?」
「浮気者ーっ! それって、たぬきって書いてあるんでしょ。おれっち、知ってんだからな!」
「いや、そうだけどさ」
「これだから飼い主さんは! キツネに小豆飯とは……このことだよ!」
いや、お前がそれを言うのか。
「そうだよね。お揚げよりも、天ぷらのほうが歯ごたえがあるよね。飼い主さんは、ぬれせんべいよりも八百津せんべいのほうが好きだもんね」
「そんなことないぞ。ぼくは、伏見稲荷のキツネせんべいが一番好きだよ」
「ウワ~ン! 本当に飼い主さんは、昔から! キツネを馬に乗せたよう! おれっちと言うものがありながら! 他のキツネを褒めるなんて!」
「きみさあ。ぼくにどうしろっていうんだよ」
「……許してほしい?」
くりっくりの丸い目で、こちらを見つめてくるキツネ。
こりゃあ、何かよからぬことを考えているときの目だなあ。
キツネはイタズラっぽく目を細め、ぼくの見上げてくる。
「そりゃあ、キツネに許してほしいよ」
「じゃあ、カップ麺」
「ん?」
「カップ麺、ちょーだい。おれっちも食べてみたい」
「……だめ」
「飼い主さん、おれっちを化かしてるんでしょ!」
「はあ?」
「おれっちこそが、正真正銘のキツネ! なのに〝赤いきつね〟を食べちゃダメなんて、そんなおかしい話あるもんか! おれっちをだましてるんだ! 説明書、読んだッ? スマホの買い替えの時もいつも苦戦してるもんね! 飼い主さんは、そういういい加減なところがあるから!」
「きみねえ」
「なんだよっ」
「しゃべるキツネは一般的なキツネじゃない。きみは〝化けギツネ〟じゃないか」
「それってつまり……どういうこと?」
ぽけっと、首を傾げるキツネ。
「つまりその言い分で言うとだよ……普通のキツネじゃないきみは〝赤いきつね〟ではなく……〝赤い化けぎつね〟が出たら食べられるということにならないかな?」
「お、鬼いいいいい!」
「鬼だったら、イカスミスパゲッティ熱湯十分の〝黒いおに〟かな。出してくれるかな、東洋水産さん」
「知るかあああああっ!」
キツネはぷんぷんと怒りながら、また手羽先をむさぼりはじめた。
キツネがバリバリと手羽先を食べる音と、ぼくのそばをすする音が部屋に響いている。
そばの蒸気が部屋をあたためていく。
こんこんと、冬が深まっていくのを肌で感じていた。
おわり
こんこんと降り、こんこんとしゃべる。 中靍 水雲 @iwashiwaiwai
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