第12話 人生。生きるには小さい事が色々ある。

 主人公、中島義行は、村瀬めぐみ、笹江マリ、飯田の4人で次の引っ越し先となる物件の下見に来ていた。


 不動産屋の人が、丁寧に各部屋の説明をしてくれている。


 そして飯田が楽しそうに色々見て回っている。


「ほう、この部屋は…。ほうほう、なるほど…。うーむ。いいな」


 何故この男が一番楽しそうなんだろう……。


「飯田よ。お主、今更ながら、何故ついてきておるのだ?」


「この前、俺の部屋の片づけを手伝ってくれただろう? そのお返しがしたくてさ。お返しに、引っ越しの時に手伝ってあげようと思ってな。ほんで、新しい家の間取り? とか、事前に知っておけば、役に立つだろうと思って」


「それは、分かったが。随分と楽しそうだな……」


「ああ、それは! 単純に! こういうのを! 見るのが好きだからだ! あ、あ、勘違いしないでくれ。一人の絵描きとして、家屋風景を見るのも参考になるんだ」


 それを聞いた私は「ああ。なるほどね」と返事をする。


 私の友人は少し変わった所はあるが、根はいいやつだ。その上で、自分の好きな絵を描くことに人生を捧げられるのだから、そういった所は尊敬している。


 別の部屋を見て回ってきた村瀬さんと、マリが戻ってきた。


《なるほど、大体把握しました。現在のアパートの荷物や家具を計算に入れると、十分な広さであると認識します》


 それを聞いて横の村瀬さんが「ンッンッ!」と咳払いをする。


《ッ! えーと、結構広くて、良い所ですね♪》


 マリの屈託のない笑顔が周りを和ませる。とても人間らしい仕草で、ゴーレムとは思えないほどだ。


 おっとぉ、飯田の顔がテレッテレだぞ。テレッテレ。あ、そうか。こやつ、さては普段モテナイから、ここで少しでも女性と交流したいんだな? いや、止めはしないが。


 飯田が澄ました顔で「ええ、気にいってくれて良かったですよ」とマリのほうへ絡みに行く。


 飯田は、根はいいやつで、うん。ちょっと変わっている所もあるけど、うん。そう。とにかく良いヤツなんだ。


 不動産屋の人が「他に何か質問とかはございませんか」と、部屋の資料を片手に話題を振ってくれている。それに対して村瀬さんと私は、細かい所を聞きながら、一通りの下見は無事に終了。

 引っ越し先はここで決まりだ。後は契約を結んで、荷物の引っ越しの手配などもしないとなぁ。やる事は色々あるぞ。とりあえず、我々は現在の自宅となるアパートに戻って来て、飯田とも別れた。

 アパートに到着後、私はとりあえず、不動産屋の人から貰った物件の資料を整理したり、荷物の梱包の準備など、手始めにできそうな所から手を付け始め、その日は一日が終わってしまった。


 次の日、異世界に送り返した異物の件で、この世界で活動している異世界の仲間たちからスマホに連絡が来た。と、村瀬さんが言い出した。

その結果報告を聞くために、とある場所まで行かないといけないんだそうだ。そういえば、私は異世界の事に関して、深くは聞いていなかったなと思い、村瀬さんに聞いてみた。


「そういえば、異物を異世界に送るときは魔法で、どこにいても送れるのに、連絡とかはどこでも出来ないんですね」


「そうね。というのも、私の世界の人たち(異世界側の人たち)はスマートフォンなんて便利なものは持っていないし、向こうの世界では使えないですから。勿論、向こうの世界とこちらの世界を魔法で通信する事はどこでもできるのよ? でも、あちらこちらで簡単に通信ができてしまうと、もしも何も知らない人たちに目撃でもされたら、私たち異世界の人間が、こちらの世界で活動するに当たって色々と不都合が出てきてしまうから……。あっそうそう。田中さんのケースは例外よ? あの時は中島さんが、田中さんに異物の事を説明してしまったから、田中さんを納得させるために目の前で魔法を使って異物を異世界に送り返しましたが……。本来は内緒にしておいてほしかったんだけどっ」


 ウッ、そうだったのか。頬を膨らませながら話す彼女に可愛らしさを見出しつつも、申し訳ない気持ちになってしまった。私は素直に「スミマセン」と謝罪をする。


「でも、そういう、他人に対して素直な所が中島さんの良い所でもあるんだけどね」


 村瀬さんはフフンッ。という顔で続けて返事をしてくれた。


「さて、私はそういう理由で出かけてきますので、中島さんと、マリは留守番よろしく。あ、出かけててもいいわよ。その時はスマホに連絡を頂戴」


《了解です……。あ、えーと。分かったわ。いってらっしゃいませです》


 マリはまだ言葉の使い分けが慣れないようだ。私も村瀬さんに返事を返す。


「分かりました。いってらっしゃい」


 村瀬さんは出かけてしまった。さて、私も生活のために仕事をしなくてはならない。


「マリ、私はパソコンで仕事をするので、何もなくて申し訳ないがくつろいでいてくれないか。漫画とかくらいならあるから……。読めるかな?」


《了解です。邪魔はいたしません》


 マリはそう言うと、私が集めた漫画が置いてある本棚に手を出し、どれかの漫画を適当に一冊選び、読み始めた。私はそれを横目にパソコンに向かい合い。仕事を進める。


 ………。


《中島さん。質問です。この漫画の主人公の男の子は、どうして戦っているのですか?》


 マリが手に持っているのは、少年漫画のひとつで、所謂いわゆる、バトルもので巨悪な敵を倒す王道ストーリーの漫画だ。

「あー。えーと。それは確か……。幼い頃に、自分の村が悪いやつらに破壊されて、死んでしまった両親のために敵討ちに行ったんだったかな」


《なるほど、動機は復讐ですか。復讐は何も生みません》


「あ、そうなんだけど。そうじゃなくて、なんというか。主人公の男の子は、自分の両親のような犠牲者を出さないために。えーと、ようするに、自分と同じ悲しい思いをする人を増やさないためだよ」


《なるほど、自己の防衛。いては種族を守るためという事ですね》


「あー。そう。そうなんだが……。目的……というより、こころざし……かな」


《志とは。何ですか》


「ちょ、ちょっと待ってね」


 私は言葉に詰まってしまった。両腕を組み、頭を悩ませる。


「えーと……。志とは、信念。というのかな。自分が『こうしたい。こうありたい』っていう思い。その漫画の主人公はね、困っている人たちを助けたいっていう思いから、巨悪な敵と戦う事ができない人や、戦う手段を持たない人の代わりに、自分が悪と戦って行くことを決めたんだ」


《信念……》


 マリは、その後、無言で漫画の続きを読み始めた。

 私は横でパソコンに再び向かい合い、仕事を再開した。


 マリは、笑っている。


 悲しい顔をしている。


 悔しい顔もしている。


 時にはムスっとした表情もしている。


 無言で、食い入るように漫画を見つめている。


 真剣な表情で、漫画を。その続きを、次々と読んでいく。


 最後の巻を読み終えた時、口角が少し上がるように。そして目を閉じながら、その漫画を両手で持っている。

 私も仕事がひと段落した。気づけば夜になっており。玄関からインターホンの音がなる。村瀬さんが帰ってきたようだ。


「ただいま~。いや~時間かかっちゃって、ごめんねぇ~」


《おかえり》


 マリは、村瀬さんに対してにこやかに返事をした。


 その表情は作られたものではない。


 彼女が、村瀬さんに対して、相手に対する思いやりの心から来る、本物の笑顔だった。

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