第3話 拝啓〜白ヤギさんと黒ヤギさん〜

 早朝、四時。配達のバイクの音が聞こえると彼女はポストへと走っていく。

勢いよくポストを開けると今日も黒色の便箋に包まれた手紙が入っていて、彼女の頬から笑みが溢れる。


 高鳴る足取りで彼女は早朝から机に向かった。

『白ヤギさん。おはようございます。』

白ヤギとは彼女のことを指す。所謂ハンドルネームのようなものだ。

『白ヤギさん。おはようございます。先日教えて頂いたパンケーキのレシピ。非常に美味しかったです。弟達も嬉しそうにしていました。宜しければまた何か教えて頂ければ幸いです。黒ヤギより。』

読み終えた後の彼女の頬は綻んでいる。

『PS 最近観た〈軍艦少年〉という映画。オススメですので是非観てみてください。』

彼女はすぐさま白い便箋を用意して返事を書き始めた。

 時代遅れの手紙のやり取り。所謂文通。

これが二人の距離感。決まってしまって縮められない物理的で精神的な距離感。


 始まりは偶然だった。

なんとなしに拾った風船についていた手紙。

日本語で『文通しましょう』と書かれていたから何となく手紙を書いてみたら返事がきた。

気付いたときにはそれが日々の楽しみになっていた。

 「できたっ!」

彼女は白の便箋を閉じてポスト向けて駆けた。

今回はスイートポテトについて綴ってみた。

喜んでくれるだろうか。

 彼は映画が好きらしく、公開中の映画や古い昔の映画を教えてくれる。

だから趣味のお菓子作りのレシピを彼女は教える。

日々の小さな嫌な事を言い合ったり嬉しかった事を一枚の紙に収まるように綴り合う。

合言葉は『白ヤギさん。』と『黒ヤギさん。』。

会いたいと言うのが怖くなるほどに、二人の距離は縮まり互いを知っていった。


 嫌な事があった。誰かに聞いてほしかった。

他でもない彼に聞いてほしかったのだ。

それ程に心が寂しく感じた。

だから手紙に一言だけを綴って送った。

『黒ヤギさん。会いたいです。白ヤギより。』

返事はいつもよりも早くきた。

『白ヤギさん。僕も会いたいです。黒ヤギより。』

越えちゃいけないと思っていた。

会いたいのは自分だけだったらどうしよう。

そんな想いを消し去る一言の返事。

彼女は一歩、踏み出した。


 その後のことは書かずともわかることに思う。

実った恋の話をするのは無粋だ。

それにきっと二人は、今も手紙を書き続けているだろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編いろいろ アチャレッド @AchaRed

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ